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六十六話「奇譚-その10-」

その1

 Oさんが小学生の頃の話。

 新年改めて親戚一同が集まるなか、曾祖父から子供らにお年玉が配られた。
 おせちも食べ終わり、つかの間の自由時間が訪れるや否や、Oさんは宛がわれた寝室に戻り、若干の厚みをもち「お年賀」と書かれている封筒を覗きこんだ。
 白熱灯の明かりのもと、スッと滑りでた紙面をみたOさんは思わず声を漏らした。すかさず中身を両手で広げると、皺ひとつなく、黄金色に輝く三枚のお札が露になった。
 その右端に書かれた『0』の数に思わず笑みが溢れたOさんだったが、突如として違和感に襲われた。

 四つ並ぶ『0』のとなり、そこに佇んでいるのは、丸眼鏡をかけたちょび髭のおじさん、つまりは新渡戸稲造だった。
 とたん、高貴な黄金色と黒で描かれた三人のちょび髭おじさんの黒目がくっとOさんを捉えると、にやぁ・・・っと厭らしい笑みを浮かべる。そしてそのまま線香の煙のように薄くなっていき、三枚の紙切れは手のひらのなかで霧散してしまった。

 目の前の出来事にショックを受けたOさんは、そのまま部屋を飛び出して両親に訴えたが、「正月早々、馬鹿なことをいうんじゃない」とあしらわれてしまった。

 結局、その年にOさんが手にしたお年玉の額は0円であったという。



その2

 お年玉というと、もうひとつこんな話がある。

 ある年明けの朝、早起きしたNさんは玄関に飛び出して郵便受けの年賀状を確認した。
 たいていは両親宛のものばかりであったが、底のほうにひときわ大きな届け物があった。

 それは豪勢な水引があしらわれ、かなり厚みのある封筒であった。表には大きく『お年賀』という文字と、その下には『Nちゃんへ』と書かれている。手に取ってみるとなかなかの重みがあり、裏返すと『○○おばあちゃんより』と祖母の名前が書かれていた。
 これは○○おばあちゃんからのお年玉に違いないと、興奮冷めやらぬNさんは封筒だけを手に自室へ引き戻った。

 早速開けてみようと思ったが、これがきちんと糊付けされている。そして、いかんせん書かれている達筆な文字や水引からして、封筒を裂いて開けるのは躊躇われた。
 そこでNさんは筆箱から定規を取り出すと、それをペーパーナイフ代わりにして封を切った。糊付けされた紙の端に綺麗な切れ目ができて、そのまま定規を慎重に向こう側へ押し込んだとき、定規が「ズッ!」と封筒のなかに引きずりこまれた。とたんに親指と人差し指の間に鋭くて熱い感覚が襲った。まるで大人が躊躇なく引き抜いたような力強さだった。

 部屋を飛び出た我が子の叫び声で、眠っていた両親も飛び起きた。
 そしてパニック状態のNさんをなんとかなだめた。その最中、子供の手の切り傷に両親はすっかり目が覚めたそうだ。


 後に部屋に戻ると、卓上にあの『お年賀』と書かれた封筒はどこにもなかった。かわりに、真っ白で四つ折り状態の葉書が、そのなかにバキバキに折れ曲がった定規が包まれて置いてあった。そして紙から飛び出て、かろうじて定規の形を保っていた部分の端っこには、濁ったNさんの血が薄くへばりついていたという。

 そしてあのとき、なぜか実の祖母のものと勘違いした、封筒に書かれた『○○おばあちゃん』という文字と読み方を、Nさんはまったく思い出せないそうだ。



その3

 Gさんには年の離れた弟がいる。

 ある年のクリスマスが終わったときのこと。
 まだ幼い弟さんが「もういくつ寝るとお正月?」と尋ねてきた。

 そこにふと悪戯心が芽生えたGさんは「しあさってだよ」と答えた。

 すると
「ちがうよ。明日だよ」
 自分の返答を掻き消すかのように、耳の後ろから老人のしわがれた声でそう囁かれた。

 驚いて振り向いたGさんだが、そこにはなにもなく、弟は「そうか明日か~」と何処かにいってしまった。
 その晩は気味が悪くて一睡もできなかったという。



 これで終わりではない。
 話はここからである。

 翌日、茶の間で家族一同がテレビをみながら談笑していたとき。
 気づけば弟の姿がない。
 声をかけるもどこからも返事がない。
 どの部屋にもいない。トイレにもいない。
 ただ玄関に靴はある。


 そしてまさかと思いきや・・・と風呂場に向かう。
 風呂場には明かり一つなく、さっき沸かしたはずなのに冷たくなった浴槽のなかで弟さんは浮かんでいた。


 それからGさんは年末を過ごすのが嫌いになった。
 ただ単に弟さんの一件が原因ではない。

 年の瀬に眠っていると、暗闇のなかで声をかけられる。

「もういくつねるとおしょうがつ?」

 あの有名な童謡がどこからともなく聞こえる。
 それが節はあっているのに、妙に抑揚のない弟さんの声で歌われるそうだ。

 そこで汗まみれになってGさんは目を覚ますという。

「どこからどこまでが夢なのか分からないけど」

 去年も弟さんの歌声を耳にした。
 毎年聞く弟さんの声は、いまも生きていればそんな感じのものになっているそうだ。

「いったい、いつまで続くんですかね」

 Gさんは力なくそう語り終えた。





奇譚-『正月』-
 各原題『消えたお年玉』『年賀筒』『もういくつねるとおしょうがつ?』