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我が家を幸せに彩る、週に一度の「お家のパン屋さん」

お家のパン屋さんは、子育ての一段落したお母さんが、自宅の一角で開いているパン屋さん。

週に一度、お家のパン屋さんに通う。

7年前頃に始まったそんなささやかな楽しみは、いつしか我が家にとって欠かせない習慣へと変化していた。


❏20年営業してきたおばあちゃんのパン屋さん

我が家の近所には2軒のお家のパン屋さんがある。

このうち1軒は、70代のおばあちゃんがひとりで切り盛りするお店で、20年間の営業を経てつい最近閉店した。週2回(たいていは木曜と金曜)だけ開店し、カウンターにはチーズパンやウィンナーパン、あんぱんにチョコチップスコーンなど、どこか懐かしいパン達が並ぶ。その素朴で優しい味わいは、いつもあたたかな幸せを運んできてくれる。

エコバッグがだいぶ定着した今でも、おばあちゃんは決まって店の名前が印刷された茶色の紙袋をとりだして、パンを一つひとつ大事そうに詰めてくれる。パンの入った紙袋を抱え、店を出る人々の表情は皆一様にほころんでる。

最終日に店を訪れると、扉に「本日、最終日」と書かれた紙が貼ってあった。本当に閉めちゃうんだ……と改めて感じて寂しくなる。注文して、あたたかい紙袋を受け取ったとき、思わず「素敵なパン屋さんを、ありがとうございました」と謎のお礼を口にした。するとおばあちゃんは「20年間やってきました」と笑顔で誇らしげに答えた。清々しい表情が眩しい。

店舗ここはどうされるんですか?」と尋ねると、「皆でお喋りできる集会所に改造しようかって、今お友達と考えているんです」と意外な答えが返ってきた。「でもちょっとゆっくりしてからね」と嬉しそうに付け足す。70代おばあちゃんの新たな挑戦に、私も背中を優しく押された気持ちになる。

❏息子におつかいデビューをさせてくれたパン屋さん

もう一軒は、8年前にオープンして木曜だけ開店するパン屋さん。店主の素敵な女性が「子供達が中学生と高校生になって、ようやく手がかからなくなってきたんで始めたんですよ」と、初めて店を訪れた日に教えてくれた。

自宅の壁の一角を改造してこしらえた小さなショーウィンドウには、季節ごとに考案される様々なパンが所狭しと並ぶ。酵母スコーンやベーグル各種。和栗あんぱんやシナモンロール。新じゃがのジェノベーゼピザ、あらびきソーセージパイなどのおかずパンも充実している。少し固めのパンに、注文を受けてから餡(つぶあん、こしあん、ずんだあん)とカルピス発酵バターを詰めてくれる「あんバター」は、いつも人気の一品だ。

ショーウィンドウの一番低い棚は子供の棚。星のチョコパン、ぞうさんのプレーンパン、カメさんのメロンパン、かたつむりさんのマーブルチョコパンなど、小さくてかわいい世界が広がる。

あぁ、書いているだけでお腹がすいてくる。

このパン屋さんは私たちにとって特別な思い出の場所でもある。4年前、息子が保育園の年長組に通っていた頃、おつかいデビューを果たしたのもこのお店だった。

その日は、あらかじめ息子が一人で来ることを店主さんにお伝えしておいた。買い物メモと代金の入ったジップロックを手にした息子は、足早にお家のパン屋さんへ向かう。その後を心配性の夫が尾行していたことは息子には内緒だ。

スパイ夫から「今パン屋出ました」のLINE報告が届く。玄関先でうろうろして待っていると、息子の姿が現れた。「お買い物できたよ!!」と叫びながら、全力で走ってくる。あの日パンを誇らしげに差し出した、彼の上気した顔は今でも鮮明に覚えている。

後日息子と一緒に、パン屋さんへお礼の絵とお手紙を届けたのも良い思い出。

渡す前に撮影しておいた写真。右がお家のパン屋さん、左がお買い物する息子。後ろには大きな公園がある。
だいぶ平仮名があやしい。

パン屋さんはとても喜んでくれて息子の絵を長いこと見つめていた。翌週お店へ行くと息子の絵が飾られていた。「他のお客さんに自慢しているんですよ」と笑顔の店主。息子のエピソードを聞いて、お使いデビューする子が何人か現れていることも教えてくれた。

2年間のブランク(海外滞在)を経て、先日久しぶりにこのパン屋さんを訪れた時、店主は変わらず笑顔で迎えてくれた。娘も相変わらずカメさんメロンパンを選ぶ。「味覚で昔の記憶が蘇ったりするかもしれないですね」とパン屋さんも嬉しそう。以前のままの温かい雰囲気に心が満たされた。

自分が子供の頃にあった個人商店は、ほとんど姿を消してしまった。スーパーやファーストフード店にはセルフレジが急速に普及して、便利になった一方で、他愛もない会話を交わしたり、作り手の見える買い物体験ができる店は都内ではめずらしくなってきている。

「明日はお家のパン屋さんの日だ!」と気付くとき、お店に足を運ぶとき、どのパンにしようか子供達と選んでいるとき、買ってきたパンをキッチンに並べて楽しみだねと話しているとき、翌朝に袋からパンを取り出して口の中に優しい味わいがじんわり広がるとき、美味しいねぇと子供達と確かめあうとき――ひとつひとつは小さいけれど確かなシアワセ時間がもたらされる。

お祭りみたいなビビッドな幸せもいいけれど、そんなコツコツとした幸せをじんわり味わうのが、今はしっくりくる。これからも、週に一度のお家のパン屋さん習慣で幸せな時間を重ねていきたい。

※イラストは全てCanva (Magic Studio™)のAI画像生成で試みた作品です。


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