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右翼とターフが社会を滅ぼす

右翼とターフの主張は基本的に同じである。

世の中には男と女が存在し男と女というものは違い男と女はセクシャルとして役割が違い男と女はジェンダーとして役割が違いそれ以外のものはこの世に存在してはならないという事だ。

「この基準に乗った男と女はセクシャル的に真っ当でジェンダー的に真っ当で、男は統率性があり女は包容性が奔放である。」というアルティメットミソジニーソーシャリズムが形成されます。

ある程度そういう部分はあるかもしれません。
しかしこれをそのまま受容すると右翼スピカルトに直行です。家父長と母性信仰というミソジニーに吸収されてしまいます。

逆にいえば勝手に前提を設けて差別したいというだけですね。

神道にはこんな考えはないので近代日本の家父長主義や西欧のラディカルな一神教主義を持ってきて右翼やターフは差別を加速化させるのです。ここに親学やスピやヤマギシズムや陰謀論や歴史修正主義が付随し肥大化したジャポニズムが社会に牙を向くのです。

構造的には右翼とターフというのは本人が無自覚であっても家父長の担い手になるんですね。という事は連中が活動すればするほど社会中核を縮小し公共性を破壊するんですね。ターフも結局権威リベラルかつ右翼の仲間です。

表現の自由戦士も同じです。結局彼らはマグナカルタや権利の章典を破壊し、専制業界権威主義者になるのです。

すなわち立憲主義は右翼、ターフ、表現の自由戦士にあらゆる方向から攻められ悉く破壊されるのです。

そして連中は「多様性を認めろー!言論弾圧をやめろー!」と言いながら社会のコアを蝕んでいくのです。

私は寛容のパラドックスゆえに多様性を尊重しようという立場には立ちません。右翼とターフと表現の自由戦士を容認しない事が近現代市民として当然の感覚です。

学習教材(数百円)に使います。