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どこに向かえば

もうすぐ定年、なんて歳が近づくと自分の両親も、親戚のおじさん、おばさんも一斉に買い物が不自由になったり、体調を崩したりするものである。

テレビでは老老介護が問題だとしきりに言っていた事象が、身の回りで現実化し始めてくる。

子供達世帯と暮らすお年寄りは人と接し、ことばを話す機会もあり、刺激や影響を受け、自分の力で立ち上がる事もできるようだが、

新型コロナの影響もあってか、一日中テレビを見て、何をするでも無く過ごす一人暮らしの方たちの感覚は、重たい湿った心が釣瓶落としのように、凄い勢いで井戸の底に落ちてゆく様だという。

一昨年の夏、少し離れた所に住む一人暮らしをする叔母から、私のところに時々電話がくるようになった。

叔母は独身で1人暮らし。元証券レディーのキャリアウーマンだった。つい最近まで車に乗って遊びに来ては母と談笑していたのだが、80歳を越えたあたりから、運転も粗雑になり始めたころ、お年寄りが引き起こす事故のニュースが大々的に報じられれる事に戸惑いを覚えたようで、運転免許の自主返納を決意した。

この時、車を運転できなくなってしまうと言う事は、自分の行動範囲がかなり限定されると言う事に、私も叔母も気づいていなかった。

ドライブが好きだった。叔母は毎日のように海に行ったり、山に行ったり、おいしいものを食べに行ったりしていたようだが、車がなくなったことによって家から1歩も出なくなってしまったのだ。

叔母の住む家は、街の中心から少し離れているため、近くにコンビニと100均の店はあるものの、交通手段がないとなかなか欲しいものを手に入らない。
若い頃は、自転車に乗って隣町まで走っていけたのだろうが、歳をとると、近所を回るのでさえ厄介になってくる。

そんな叔母からの電話はいつも、
「ああ、間違えて電話かけちゃった」から始まる。着信履歴からすると家の固定電話からかけているようだ。
傾向からみると土曜日の夕方。
昼間は近くの友達が来て家で遊んでいたようだが、その人が家に帰ってから何やら不安を感じるのだそうだ。

最初のうちは戸締まりをしっかりしてねと助言をしていたが、次第に電話をかけてくる間隔が短くなってきた。

コロナ禍の移動自粛期間中でもあったが、休みの日に様子を見に行くこととする。

もうすぐ着くよと電話を入れると、叔母は家の前で立って待っていた。

家に入ると、とりあえずは近況報告。

聞いたところでは、生活には困っておらず、週に何回かは地域のグランドゴルフ仲間の人と体を動かしているのだという。

ひと段落つき、テレビをつけようとした時、コンセントが抜かれ、リモコンがない事に気がついた。

「テレビのリモコンはどこにあるの?」

「あれ?最近見てないねー、どこに行っちゃったんだろうね」机の下まで探したが見つからない。どこに行ったのだろう。

しばらくして、テレビのリモコンは戸棚の引き出しから新型のスマートフォンと共に見つかった。

叔母は、こんな所に誰が入れたのかと首を傾げるが、この時、俺には薄々犯人が誰であるかわかっていた。

スマートフォンは半年前から見つからなかったのだという。

引き出しあたりから出てきた書類を見回すと、新聞広告の裏に書き綴られた文字の列。通販化粧品会社からの請求書、新興宗教の冊子、よくわからない慈善団体に振り込んだ領収書。

話を聞くと、世の中には可哀想な子供達が沢山いて、先日も寄付をして喜んでもらったのだという。

なんだか怪しい

最近のスマホは使い勝手が悪く、充電器も無くなったという事で使う事も無くなったという。

うーむ、スマホは近々解約をする事を視野に入れるとしても、コンセントを全部引き抜いてしまう消灯の仕方はいただけない。

これも年寄り特有の感覚なのだろうか。
物忘れが一歩進んだ様に感じながらも、夜も更けてきたので、今日のところは帰宅した。

つづく

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