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サングラスを買っただけなのに

この日差しには、もう耐えられない。

今までは丸いフレームに黄色のレンズのサングラスを愛用していたが、パリピと言われ続けた上に遮光のみだった。
仕方なく普段使いにも使える度入りのサングラスを買うため街に出た。

颯爽と出迎えてくれたスタッフは、四角いフレームが誠実さを表したスタイリッシュなメガネニスタだった。
だが、そのメガネの奥では百戦錬磨オーラが自信となってチラチラと私を煽る。

手練れだな。

私の我儘に相槌を打ちながら、手際よく3個のサングラスを選び前に置く。

*普段使いをしたい
*外国の強い日差しに耐えたい(来月インドに行く)
*屋内スポーツの観戦で照明も避けたい

叶うかどうかより、どこまで寄せてくれるか?に賭けた

まず勧めてくれたのは、見た目は普通の透明なレンズだが、光のあたり具合で色が出て遮光するレンズだった。
サングラスに抵抗がある日本人にもお勧め。などのマニュアル通りの接客が始まる。
これは様子見といったところだろう。
会社に言われているイチオシの紹介だな。
バスケなら1Q、相手の出方を探っている。

「インドの陽射しに耐えれますかね?」
「でしたら色が濃いほど遮光しますので、こちらのブラウンはいかがでしょう?肌も綺麗に見せる効果もある、今年のトレンドです」

ほう、そうきたか
私は見た目よりも使い勝手を優先する女。その日のデートが山と言われるとスニーカーどころか4WDまで視野に入れるディフエンス力もある。

「となると、夜は危ないですよね」
「そうですね、夜に濃い色のレンズは見辛いですね」
「屋内スポーツの観戦もするので、照明で目が疲れるんですよね。それも対応できればと思うのですが」

私は奇襲をかけた
「2種類買う気はない」空気を出しつつどう考えても彼の提案を裏返す質問。
決して意地悪ではない。
お金を出すのだから、妥協できるラインまで我が儘を叶えたかったのだ。
メガネニスタは顎に指をかけ、コンマ1秒考えた。

「そうですよね、集中すると目も疲れます。因みにですが何を観戦しますか?」

観戦するスポーツで選ぶのか・・・?

綺麗に並んだ色とりどりのサングラスから視線を上げると、メガネニスタは「まかせろ」とばかりにクイっと四角い眼鏡を右手であげた。

「バスケです。あとは格闘技ですね」
「バスケ。アリーナの明るい照明では色が濃いレンズの方が目が疲れにくさはありますが、体育館だと照明が暗く見辛い可能性もある。ボールやユニフォームの色を損ねると支障も出ますね・・・。
ちょっと、今の眼鏡を拝借してよろしいでしょうか?ついでにデータも確認させていただきますね」
「どうぞ」

さぁ、どうくるメガネニスタ・・・
さらに上をいくインドの陽射しの問題もあるし、私は普段も使いたい。

「お待たせいたしました、なみさま。以前購入いただいたデータの確認と、度数をお調べしました。
視力自体はそこまで下がっておられないのですが、乱視の補正もされてますか?」
「はい、なので明るいと余計に疲れるです」
「それは大変ご不便でしたね。
お話を聞いていて思ったのですが、レンズのお色を中間色より少し明るい青系にするのはいかがでしょうか?少し夜は見辛いですが、黒やブラウンより優しく、目元も見えるので顔の印象も良いです。
ユニフォームの色も損ねず、目の疲れも軽減されるかと思います」

2Qは完全にメガネニスタの圧勝だった。
私は彼のチョイスのサングラスをかけつつ、満足しかけている。
そう、私は案外ちょろいのだ

「なみさま、先にお話ししておきたいのですが、ニュースでも話題になっていたのでご存知かと思われますが・・・」

ガラス会社のサーバーが止まっている影響で、一部のレンズの注文が止まり、他の会社に注文が殺到する皺寄せがきている。
そのせいで通常よりお渡しに時間がかかってしまうとの事。

それを承知で来店していたので「これからよく売れる時期なのにそちらの方が大変ですよね」とねぎらい、承諾する。

「お時間を2週間程頂いておりますがご予定には差し支えないでしょうか?」
「インドに間に合えば問題ないですよ」
「でも、試合はいつですか?」

自分も接客をしていたので分かる。
注文を承った際に1週間で仕上がる場合でも2週間と含みを持たせる。
予定より早く仕上がると注文した側は得した気分になるし、遅れても期間内であれば問題ない。
だが、サングラスは眼鏡と違い、度数のレンズの在庫があれば即日できる代物ではない。
無茶だ、メガネニスタ・・・1週間では。
どんなにパスを回しても、このゾーンディフェンスに穴はない。
どちらに転んでもタフショット(無理なシュート)だ、早く打たなきゃバイオレーションを取られるぞ!

「17日です」
「17日。いけるか・・・難しいな」
カレンダーを見つめて頭を抱える。
「来月に間に合えば私は構いませんから!」

ブザーが鳴ってターンオーバー。
拮抗したまま私達はラストクオーターに入る。


「どちらの試合を観戦予定ですか?」

私が2つのサングラスで悩んでいる姿をニコニコ見ていたメガネニスタが、スティール(ボールを相手から奪う)し、切り込んできた。

「あ、17日はちょうど難波で・・・」
「やっぱり!エヴェッサ戦ですよね!私、大阪エヴェッサのブースターなんです!」

ごめん、その日の対戦相手だわ、私。

の、空気を一瞬で読んだメガネニスタは、切り替えるために空気をひと吸いし、吐き出した。

了解、しました

何を?

メガネニスタは「まかせろ」とばかりにクイっと四角い眼鏡を右手であげた。

「最初はパープルも入ったこちらかと思いましたが、グレーかかった青のこちらもどうでしょう?明るい照明も陽射しにもある程度対応します。
少し暗いので、遅くなる時は今ご使用の眼鏡と変えていただくと夜道も安全ですし、観戦中のユニフォームの色をそこまで邪魔しにくいと思います」
「お、すごい見やすいし可愛い」
「今日のようなデニムスタイルにもよく合いますし、シンプルでかっこいい印象。普段使いでも差し支えないですし、表情もよく見えます」
「あなたのお見立てで満足です、こちらでお願いします」

これは完全に彼の勝利だ
だが、会計を済ませて予約表を準備しながら、メガネニスタは今日初めて眼鏡を曇らせた。

「私はその日、仕事で観戦には行けませんが楽しんできてください」
「ありがとうございます」
「連勝中のドルフィンズならきっと地区優勝しますよ」
「・・・!ありがとうございます」

「勢いのあるチームですもの!・・・ですがエヴェッサは・・・」

鉄壁のメガネニスタから、ただのブースターの素直な唸りが小さく漏れた。
ここでまさかのオーバータイム(延長戦)突入。
だが、生半可な言葉をかけてはならない
捨て犬に餌をやることと一緒で、中途半端な同情は優しさなんかではないからだ。

「地区優勝して、チャンピオンシップもいくから」
「当たり前ですよ」

謎のグータッチ。

「また受け取り日にお待ちしております」
「そういえば、なんで私のサングラス。あの色だと思ったんですか?」

メガネニスタは右手でクイっと眼鏡をあげた。
「格闘技を観戦されるとおっしゃいましたよね。だからきっと、須田選手がお好きだと思ったんです。ボクサーのような筋肉ですから」

全く曇りのない眼鏡は全てを見透かす。

「プライベートではデニムスタイルがお似合いですし、眼鏡のフレームは丸みがある透明の遮光レンズか、青のレンズを愛用されてるのを今年はお見かけします。
だからきっとなみさまも気に入られると思いました」

冒頭の会話をちゃんと加味した完璧な選択!そこからの予想、そして推しと私のファッションセンスが被っている事まで見抜くだと?!

惚れてまうやろ!!

素晴らしい接客に完敗でした。


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