表参道とHI-Cアップルのあの夏 その3
いくらなんでも3缶目。断られても、不思議はない。
私は、葉っぱの影が揺れる表参道で、真剣に考えた。
「もし、断られても、この渇きのまま歩くのはつらすぎるから、一人でも飲んじゃお」
これも、決心が必要。一人で何かをすることは、とてつもなくレアケースなのだ。教室で休み時間に一人で本を読んでいたり、下校時も単独で帰ったり。そういうことができる子のことを、陰口叩いたりはしなかったけれど、
「私たちとは、違う人」
というカテゴリーに入れて、決して交わろうとはしなかった。
私は、時々そうしたい気分の時もあったから、内心彼女たちを尊敬していた。今こそ私は、彼女たちのように一人でも行動するべきでは? 心のどこかでそんなふうに思っていた。
それで。
3缶目は、どうなったかと言うと。
「いいよー」
比呂ちゃんは、いとも簡単に受け入れてくれ、またしてもHI-Cアップルのボタンを押して、2人で飲み干したのだった。
合わせて750ml。欲していなければ、かなりの量だ。
よくぞつきあってくれたものだ。今更ながらに、比呂ちゃんに感謝。私は、きっとリアルタイムできちんとお礼は言えていなかったはず。
比呂ちゃんとは、今でも仲の良い友達だ。「HI-Cアップル3缶事件」のことは、5,6年前に言ってみた。あの時は、3缶もつきあってくれて本当に嬉しかった、と。
比呂ちゃんは。
全然、まったく覚えていなかった。
「くみちゃんの記憶力は相変わらずすごいね」
とほめてくれつつ、私が、
「でも、すごい量飲んでくれたから」
とつけ加えると、
「私もその時同じくらいに、喉渇いてたんじゃないの?」
と比呂ちゃん。
あくまでも、推測。どこまでも、憶測。
そう、あの夏は、遠い。キディランドは、場所を移転したこともあったけれど、今はまた表参道に。
あの時影を落とした街路樹は、順調に成長して、年輪を重ね、今も揺れている。
拓郎の「夏休み」という曲は、やっぱり私の大好きな拓郎節が奏でられているけれど、いつ聴いても8月31日に宿題をまとめてやっていたあの頃を思い出してしまう。宿題をやって行かなくても、先生に怒られるだけで済んだあの頃は、ずいぶんと責任がなかったんだな~、と思うけれど、先生に叱られるのは、あの時少女だった私たちにとっては一大事だったね。
今年も「夏休み」が流れる。HI-Cアップルはペットボトルで販売されて、今も健在。たぶん、何度もレシピを変えて、今の時代に合う味にととのえられているはず。それが、生き残りの大切なポイントだから。
はたして今私は、3本飲めるのだろうか。あの暑くっていとおしい中学2年の夏のように。
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