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高卒就職問題 一人一社制の見直しと複数応募制導入の議論への結論と提言

 高卒就職問題研究のtransactorlabです。問題解消のため研究と提言を行っております。

 前回は厚生労働省労働局所管の「高卒就職情報WEB提供サービス」の情報提供のあり方が様々な問題の発生源となっていると述べました。

 今回は一人一社制と複数応募制の議論について述べたいと思います。

  この問題の概説はManagy Powered by MSNの解説が秀逸だと思いますのでまるごと引用させていただきます。

見直しでどうなる?高卒者の就職慣行「1人1社制」(Manegy Powered by MSN )より引用  政府の規制改革推進会議は、高卒者の就職慣行となっている「1人1社制」の見直しに向けた検討を進めている。この「1人1社制」は、高校が就職希望の生徒1人に1社を斡旋するというものだが、秋田県と沖縄県以外の都道府県では、暗黙のルールとして定着しているものだ。高卒で就職する割合は18%弱と、約30年前40%と比べると大幅に減少しているだけに、長年、卒業生を受け入れてきた地場企業にとっては、安定した人材確保策でもある。また、卒業生を送り出す高校側にとっても、確実な就職先を斡旋することができ、また生徒にとっても就職活動の負担が少なくなることから、こうした暗黙のルールが根付いてきたようだ。ところが、高校と信頼関係の深い地場有力企業にとっては有利なこのルールも、立地して日の浅い企業にとっては不利になるという指摘も持ち上がっている。地方都市に進出した企業が、地元の高校から採用しようと思っても、採用実績がないことから、なかなか高校側の推薦を受けにくいというのが実情のようだ。また、年々減少傾向にある高卒の地元企業への就職希望者は、地域経済の担い手として重要な存在でもあるだけに、このルールがなくなると、地方の若年労働力が流出してしまうといった懸念も、地元には根強くあるようだ。こうした事情を踏まえ、内閣府は、生徒がより主体性をもって職業を選ぶことができるように、「1人1社制」の見直しを進める方針だ。高校側には就職を担当する教員への研修機会の確保、企業側には高卒者が働きやすい環境整備や情報提供方法の改善などを促す構えで、今後、厚生労働省や文部科学省などの関係省庁での調整を進めていくという。地方都市での採用担当者にとっては、見直しがどうなるか、今後の行方が気になるところだ。https://www.manegy.com/news/detail/1278

 次の記事も非常にわかりやすい解説です。

https://www.manegy.com/news/detail/726 空前の売り手市場 高卒生の就活にはどのような影響が?

 一人一社制と複数応募制、それぞれがどういうものなのかは、大学等の受験における「専願」と「併願」に例えるとわかりやすいかと思います。一人一社制を専願とすれば、複数応募制は併願です。

 「専願」とは、合格した場合は必ずそこに行きますという約束を前提にしたの出願のこと。「推薦」してもらうわけですから論理的に専願が一般的になるわけです。

 反対に「併願」は、複数受験し、結果次第で行くかどうか後で決めますのスタンスで出観すること。募集側と受験者双方でそのような合意のもとで行われます。推薦方式でもごく一部で併願可とするところもありますが99%は専願です。大学等の一般受験はほぼ100%併願。あたりまえですね。

 大学等の受験における「推薦」とは厳密に言うと、校長による推薦のことです。推薦にも指定校推薦と公募制推薦がありますが、どちらも校長の推薦である点は同じです。仮に、この校長推薦の専願で合格したが何らかの事情により入学しないという事態が発生した場合、大変なことになります。

 大学側に損害を与える以上に、結果的に虚偽の推薦をしてしまったことになるからです。受験の必要書類として学校長が発行する書類は全て公文書であり証明書でもありますので非常に重いもの。いかなる事情があったにせよ、結果的にそれが虚偽となってしまったことに対して校長は重い責任を負わねばなりません。よって、専願での受験では生徒及び保護者に合格したら必ず入学する旨の誓約書の提出を義務づけるのも一般的ですし、そもそも応募書類自体が誓約書の意味を含みます。しかしそれでも生徒側から入学辞退の申し出があった場合は、まあ、大変ですね。謝罪は当然ですし、最悪の場合、損害賠償まで覚悟しなければならなくなります。だから専願での推薦は併願の何倍も重いのです。


校長による推薦、つまり専願が高卒就職の枠組みの根幹

 高校就職のルールのひとつに「縁故(コネ)による就職以外は学校長の推薦による」というものがあります。これは数あるルールの中で最も根幹的ななもので、高卒就職の枠組みは全てこれを前提に成り立っていると言っても過言ではありません。必ず添付することになっている調査書も推薦書を兼ねる形式になっています。

 また、高校文化においては推薦イコール専願ですので、就職の場合、内定通知をもらったら必ずそこに就職させなければならない。内定辞退なんて許されないこと、もしあれば謝罪その他で大変なことになる・・・そのような意識が高校には深く根付いています。

専願を前提にできあがっている枠組みに併願可を無理矢理ねじ込んだ

 複数応募制導入に至るまでの議論では、それが高卒就職の根幹をなしている「校長の推薦による」というルールとの矛盾がほとんど考慮されていなかったと私は見ています。つまり、高卒就職のたくさんのルールや日程、求人情報の取扱い、応募書類の形式等、「校長の推薦による」ことを前提にできあがっている枠組みの中に「併願出願を可とする」とするという文言を無理矢理ねじ込んだ形です。

 この複数応募制が現状どれぐらい活用されているかというと、初回からの複数応募を可としているのが秋田、沖縄、和歌山の3県(和歌山県は2021年度から)、他のほとんど地域では10月以降から、あるいは2回目や3回目の応募からというような条件付きで導入しています。ただし、これは表向きの話です。実際に複数の民間企業に同時応募・受験したという話は私は聞いたことがありません。複数応募がどれぐらい行われたかの数字を厚労省は月イチで調査しているのでつかんでいるはずですが、統計報告は一度も見たことがありません。出してほしいとは思うのですが出ないですね。出せないのでしょうか。

複数応募が一般化しない理由

 複数応募が表向き可というルールが追加されたのに一般化しない、いわば画に描いた餅の状態になっている理由は次の4つだと思います。私も散々考えていますが、今のところ4つ目が一番大きな理由だろうと考えています。

(1)制度の矛盾に対する高校側の拒否感

 前述のとおり、高卒就職の枠組みは「縁故による就職以外は校長の推薦による」を根幹にできあがっています。推薦イコール専願です。専願でない者を推薦するのは非合理的です。その根幹ルールと複数応募制は矛盾します。

 高校側としては、推薦している以上、複数応募は後に内定辞退と謝罪を必ず伴います。よって拒否感が生まれ、以下に続く要素と相まって前向きになれないのです。

(2)物理的に無理

 高校生の就活は非常にタイトな日程で進みます。求人票公開から試験解禁まで2ヶ月半です。2ヶ月半といっても、その間に様々な行事がある上に、お盆休みも入ります。応募前職場見学を行うのが一般化してからは7月半ばぐらいまでには見学先、つまり志願先候補をいくつか選ばないといけません。何千枚もある求人票の紙の山から2つか3つ選び、見学希望を学校に提出、先生にアポを取ってもらって見学に行き、志願先が決まったら履歴書や志望理由書の作成、面接練習・・・こんなことを夏休み中ずっとやらなければいけませんし、支援する教員は「させなければ」いけないのです。一人一社応募させるだけでも大変で、複数の準備をするなんてことは物理的に無理なのです。

 ただし、日程が詰まっているは1回の応募で内定を勝ち取ろうとする場合のみです。

(3)複数応募する必要がない

 平成27~28年ごろから高卒求人倍率は給上昇し、3倍前後の高止まり状態になっています。今年(2021年)も私の在所では9月21日現在3.57倍の高さです。これだけの売り手市場ですので高校現場では複数応募をする必要性は全く感じていません。初回残念な結果だったとしても求人はあり余るほどあるわけですから。

 就職は大学等の入試と違って、試験日程やその後の手続きの日程があらかじめ決まっているわけではありません。今回ダメでもまた次を探して頑張ればいいのです。

(4)区分けなしの募集枠にわざわざ不利な応募をするわけがない

 大学等の推薦入試ではその方式ごとに募集定員が定まっているのが普通です。これは専願なら専願の応募者だけ、併願なら併願の応募者だけの競争になるように厳密な区分けがあるということです。よって、同一の募集枠の中で専願者と併願者を競わせることはまずありません。もしあったとしても、そこに併願で応募する人はいないでしょう。専願の方が有利になることが自明だからです。それは高卒就職においても同じです。専願と併願は募集定員の区分けがあって意味をもつわけで、その区分けのない高卒就職にお題目だけ複数応募をねじ込んでも一般化しないのは当然の帰結だと言えます。

しかし、複数応募制が悪いわけではない 導入するならば根本からの制度改革が必要

 私は複数応募制そのものを否定しているのではなく、制度設計の拙速を指摘しているのです。生徒の主体性を尊重し、選択の幅を広げるという理念は素晴らしいものだと思います。私はむしろ、付け加え的な導入ではなく、それを基軸として枠組み全体を根本から再構築するべきだと考えています。

 それにはまず、「縁故以外の就職は校長の推薦による」という基幹ルールを除外する必要があります。それは就職あっせん業務への高校の関与を薄め、イニシアチブを求職主体である生徒に預けていく方向の改革になります。

 現在の枠組みは、言葉が少々過ぎるかもしれませんが「高校丸抱え方式」です。これは、校長の推薦を必須とするというルールと求人情報がまず高校に預けられるという枠組みによって作られています。これにより、求人情報の取り次ぎから、照会や諸々の手続きもや指導など、就職に関する業務のほぼ全てを高校教員が丸抱えする状態が作られています。

 私はずっと高卒就職者の待遇が上がらないのは市場が不健全だから、そしてそれは相場情報が市場に不足しているからだとの主張を続けていますが、実はこの「高校丸抱え方式」にも責任の一端があると考えています。高校が求人情報を握っていることが、我が国の労働市場におけるある種のブラックボックスを形成していることは否めません。

 教員の多忙や働き方改革の観点からも現在の枠組みの見直しは必要だと思います。前述のとおり、就職支援にあたる教員の負担は非常に大きくなります。夏休みも盆休みも返上で生徒に付き添います。手書きの履歴書の清書が完成するまで8時9時、なんてことは普通です。

 また、高校の教育活動の圧迫を軽減するという観点からも必要だと思います。授業をつぶして書類を書かせたり、面接練習をしたりといったことが常態化している高校も少ないのも事実です。「高校丸抱え方式」が生む甘えの構造と言いますか・・・残念ことです。

<結論と提言> 複数応募制の理念自体は支持すべきだが、現実に一般化させるには大きな枠組みの改革が必要

 結論を申し上げます。高卒就職への複数応募制導入の理念それ自体は素晴らしいが、実効あるものにするには制度全体の再構築が必要です。実現すれば生徒の主体性を伸ばすことや、教育現場の負担の軽減だけでなく、市場の健全化にも効果が期待できます。

 複数応募制の一般化のためには、まず高校側の心理的負担を軽くすることが必要です。策の一つとしては「複数応募での応募の内定辞退に関しては、入社手続きを期限内に行わないことで十分とし、その他の手続きや謝罪などは不要とする」を申し合わせ事項に加えることが考えられます。

 次に募集枠の区分けです。前述のとおり、専願者と併願者が入り交じった場合、併願者が不利になるのではないかとの不安がある限り複数応募は一般化しえません。求人事業者に対し、複数応募可といった曖昧な表現ではなく、専願者用の枠と併願者用の枠を分けた選考を行うようにさせることも必要です。でも、徹底は難しいでしょうね。

 将来的には「校長の推薦による」の基幹ルールを除外し、大きな枠組みの変更が必要になります。それは「高校丸抱え方式」との決別を意味します。推薦書を兼ねた調査書は、当該生徒の学業成績や出席状況、賞罰や所有資格など客観的な情報の証明(提示)に限ったもので十分となります。たったこれだけでも高校現場の負担は大幅に軽減できます。 

 高卒就職情報提供WEBサービスの改善も必須要件です。提供する情報をもっと充実し公開度を拡大することにより、民間情報企業の参入を促され、生徒の志望先選びが格段にスピードアップします。さらに、求人事業者側に相場情報が行き渡り市場が健全化、求人倍率に応じた待遇の向上が起きるでしょう。そしてその効果は一般労働者の賃金体系や最低賃金上昇にも波及します。さらにその先の・・・ここから先は前回、前々回の記事の繰り返しになります。 

おわりに

 こんなに長々と書いてしまいました。ここまでお読みくださりありがとうございます。

 この一人一社制の見直しと複数応募について、様々なところで取り上げてくださっていますが、どれも本質を捉えていないように思われます。結論のところでも述べましたが、複数応募制の理念自体は否定できるものではないのです。しかし、導入に至るまでの議論に制度全体の理解及び高校で生徒の支援に携わってきた教員の心理や文化への配慮が決定的に欠けていた。私はそう考えています。

 最後にこんなことを書いては身もフタもないですが、高卒就職問題、問題は本質は一人一社制にではなく、情報のあり方と流れの形にあるのでありますよ。




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