ジュリアン

1人で生きていきたい女。口癖は「結婚したくない」です。「自分の人生、自分の為に。」 強…

ジュリアン

1人で生きていきたい女。口癖は「結婚したくない」です。「自分の人生、自分の為に。」 強引なポジティブ思考、飲まれるほどのネガティブ思考は苦手。 小難しい事をそれっぽく書いてますが何かを発見した時に備忘録的にnote書いてます。

最近の記事

他人との境界線、距離感

少し年下の女の子、Aちゃんと食事に行った。 共通の知人が何人もいる子で付き合いは数年になるものの初めて2人でご飯を食べる。 お店に歩いて向かう途中、今日は何の話をしようかと考えていた。 そこそこ遅い21時スタート、終電もあってあまりダラダラ出来ないため長丁場になりそうな話は避けたい。 が、注文したドリンクが来て乾杯をした直後に私は地雷を踏んだ。すぐさま踏んだ。それはもうスピーディに。 「私、最近Mさんに会ってないんだけど最近どう?仲良かったよね?」 このMさん、共通の友

    • 絶望の入り口へ

      私は格闘技観戦が好きなのだけど今回は11/19に開催されたONE championshipの年内最後の大きな大会について書き出そうと思う。私の中でこれは決意表明だ。新たな道を踏み出すための第一段階に来てる事を肌で感じるので記録として残したい。 今大会はアンダー、メイン共に日本人選手が5名、名前を連ねた。錚々たるレジェンドからこれからぶっ放していくであろう若手まで。ワンマッチから防衛戦まで。 この大会は半年ほど前までには国内でやるという予定があったけども採算が取れないと踏んだ

      • お久しぶり、自己肯定感。

        先週、10年振りにお会いできた友人Sくんがいた。 8個下の男性で当時とんでもない熱量の猛アタックをされていた子だった。 この子となぜ疎遠になっていたかと言うと私は猛アタックされていたにも関わらずこのSくんの友人と恋人関係になったからだ。 もちろん悪意はない、ただSくんは年が離れ過ぎていた。私が25だったらSくんは17だ。それが若い時期であればあるほど大きな壁になる。こちらが40になってしまえば相手も32でお互いおじさんおばさんで問題ないのだろうけど。 それからほどなくしてSく

        • 表現の権利と返答の義務

          先日、友人がライブをする事になり比較的近場という事もあってお邪魔させて頂き拝聴した。 友人が歌を歌う人という事は理解していたけど実際に歌っている所を見た事がなかった。 厳密に言うと映像ではあるが本人が目の前で歌った事はない。 そんな中、実は密かに楽しみにしていたという事もあり夕方開演だったにも関わらず1日休みを取ってコンディションを整えていた。 そのライブはワンマンではなく他の仲良くしているというアーティストとの共演だったのだけれど結論から言うと圧倒された。 友人は普段か

        他人との境界線、距離感

          仕事とプライベートの相互作用。

          仕事でとても嫌な事があった日。そんな日は帰宅してすぐに食事をしたら好きな映画を見たり本を読んだりする。 主に映画、特にホラーやスプラッタを主食とする私はこんな時こそ出番だと言わんばかりにマイリストに入れたハンニバルシリーズや海外のホラー映画を漁る。 もちろん作り物だとは承知の上で試聴後に安心できるから。非現実的な物語を見て自分が主人公のような人生じゃなくてよかったと。 しかし。 プライベートで嫌な事があった時は私は仕事にも救われている事に気付いた。 嫌な事からは逃げられな

          仕事とプライベートの相互作用。

          幸福度の話。

          ブータン。世界一国民の幸福度が高い国。 それがここ10年程で満足度が下がっているという話を昨夜聞いた。何故だと思う?と問われピンときた。 「SNS?」 「Yes!」 世界を知ってしまったが故に自分は幸福ではなかったと認識した層がたくさんいたと。 世界にはとんでもない金持ちやとんでもない生活をしている層がたくさんいる事を知って自分と比較してしまったのだ。 衝撃だった。そうか。 幸福の本質を見つけてるから幸せなんだと思っていたけどそうではなく世界を知らなかったから幸せだった

          幸福度の話。

          格闘技という名の宗教

          先日、お気に入りのバーへ行った。もう10年以上通ってる店だけど初めてお見かけするお客さんがいらっしゃった。この青年は初めてだなぁと思いつつ近くに席が空いていた為少しお話をすると共通の趣味があった。 格闘技ガチ勢。 私はガチ勢という程ではないけどある程度国内の格闘技は見ているためお話が凄く弾んだ。 話していくうちに昔の戦極vs DREAM対抗戦の話になった。 私はリアルタイムでは見られてないけどその時の映像で青木真也を好きになったのでその大会の話で盛り上がる。 話していくうちに

          格闘技という名の宗教

          理想論と現実社会

          公正世界信念という考え方がある。社会心理学の1つで「努力は必ず報われる」といった世界は正しく動いているという意味合いを持つものだけれどこの思想が強い人ほど弱者や少数派に対して否定的な態度を持ちやすいという意外な側面がある。 何だか分かるなぁとぼんやり考えた事があった。周りにそういう思想をお持ちの方が一定数いらっしゃる。主に年配の方、The昭和の方に多い思想だと思う。 正しい=正義ではない事は今の世の流れを見ている人は理解しているし多様性だなんだと叫ばれてもう数十年が経つ世

          理想論と現実社会

          格闘家とSNS、毎日炎上の話。

          私には応援している大好きな格闘家が何人かいる。 私が全盛期で見ていた時代は旧K-1やPRIDEだったので大好きな選手は主に海外の選手だった。特に好きだったのはサモアの怪物・マークハント。彼はパンチの出し方はかなり独特で上向きのフックで身長差のある選手をKOした試合は忘れられない。レイセフォーやミルコも強かったしアーネストホーストから繰り出されるパンチも好きだった。今の格闘技のような細かい技術はないけれどフィジカルで押し切るような荒々しい物こそ昔のヘビー級の良さだったと思ってい

          格闘家とSNS、毎日炎上の話。

          本来の質。

          本日、海外の団体に所属している日本人格闘家、堀口恭司という「最強のmade in JAPAN」を誇る選手の日本大会出場が発表されたとのニュースが朝から飛び込んできた。午後からは日本最大の格闘技興行団体、RIZINが記者会見にて堀口恭司参戦が決定したと発表。時期は9/25、それなりの相手を用意するとし会見は終わった。 Twitterでは大騒ぎ。彼は日本で1年9ヶ月ぶりの試合となる。 しかし実はその大会の主軸は彼ではない。朝倉未来という一般層にもある程度知れ渡っている格闘家と元

          本来の質。

          人生を壊されたい話。

          基本的には冷静沈着で物事を俯瞰で見る事に長けてるとは自分では思っているけれど、たまに人の人生をめちゃくちゃにするような人種に出会った事にしばらく気付かない事がある。 それは私が頻繁に言う「ネジが外れた人」ではなくただ「欲望に忠実な人」である事が多いため私には刺さらない。やっぱり人を振り回す人は民主主義のルールを遵守しない。 ネジが外れた人の定義とは…?と聞かれる事もあるんだけど、ネジが外れた人の行動なんか予測出来る訳もないからこういうタイプの人と提示できないのは非常に残念に

          人生を壊されたい話。

          潮時の話。

          「諦めたらそこで試合終了だよ」 「石の上にも3年」 「努力は必ず報われる」 忍耐や我慢といった美徳が良しとされる世の中。常に前を向き血反吐を吐く思いをしながら泥水をすすって掴んだ栄光を持つ人はさぞかし素晴らしい景色が見える事だろう。 私はそれが出来なかった。人生の途中で大きな分岐点があり自分のしたい事を諦めざるを得なかった。と言うよりそんな大袈裟な話でもないのだけれどそれだけ情熱を持てる物が人生でなかったというのが正解だと思う。 なので、私はあまりこういう系統の言葉が好き

          人それぞれの地獄の話。

          突き落とされた事は誰しもが経験あると思う。 人生から色が消えた瞬間。何かを宣告された時、大切な何かを失った時、裏切られた時。 そんな時はこの世界でたった1人にされたように感じる。天涯孤独、味方がいない。 誰から慰めの言葉をもらおうと、そんな物では決して癒される訳でもなく自分で乗り越えていくしか道はない。いずれ時間が解決すると分かっていても、頭では理解していても心が追いつかない。そんな瞬間はきっと誰しもが経験あると思う。 ある日、テレビを垂れ流していたら平原綾香のjupite

          人それぞれの地獄の話。

          耳を貸さない文章、一方的に進め。

          真意が見えない自分宛に送られた文章が怖い。 文章によるコミュニケーションは、大抵は質問だったり雑談だったりで目的は明確でいて若ければ若いほど分かりやすいものが多い。 それが大人になるにつれて、意図が分からない物が増える。これが非常に苦手。 これは良くも悪くも人の悪意を感じる事ができるようになったからだと思う。 20文字以内の文章に殺意が込められていたり。 10文字前後の文章に愛情が隠れていたり。 先日、ある文章が届いた。 ある事象の原因と考察、さらにその後の展開をSNS

          耳を貸さない文章、一方的に進め。

          推しから離れる。

          私には推しと呼ぶ方が一般人含め多数いらっしゃる。 推しの定義とはにはなってくるけど、結局の所、見ていて応援したくなる、とにかく幸あれと願う存在。 ある些細な事がキッカケで、推しの言動に矛盾が見えた。違和感。あれ?先日はこんな事を言ってらしたような…まぁ気のせいかに始まり。 ついには同日での別のメディアによる違和感。 普通に聞いていれば何ちゃない内容、ただ推しの言葉一言一句を間違いなく拾うタイプとしては聞き逃す事は出来なかった。 それまでその推しのサブスクをいくつか契約して

          推しから離れる。

          救いたい事の烏滸がましさ

          「心配してるよ」 「大丈夫?」 「救えるのなら手伝いたい」 背筋が凍る。分かってる、この中には善意のみで発せられた言葉も少なからず存在している事を。 ただ、お前は他人の人生を心配する程の余裕があるのかと、私を救えるほどの力量があるのかと切に問う。 もちろんこちらから助けて欲しい、力になって欲しいとお願いする事はあるしされる事も然り。それとはまた別の力添えの「提案」を私は非常に毛嫌いしている。 心配される事は恥ずべき事だと思う。私は私の人生を私の責任で乗り切るつもり

          救いたい事の烏滸がましさ