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教育プログラムや現物支給より、現金給付がいいのはなぜか?:隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働

『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』 を読んでいます。


まだ全部読み終わっていないので(というか全部読み終わるかどうかはわからないので)、巻末の日本語版編集部の解説をまとめさせていただいてこの本で語られていることの大枠を紹介しますと、こんな感じです。

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・今日の世界には、「1970年代までは順調だった労働時間の減少が止まってしまった(国によっては上昇しているところもある)」「労働生産性が上がった一方、貧富の差がかつてないほど拡大している」という状況がある。

・この状況を救う方法として、「ベーシックインカム」「一日三時間労働」「国境線の開放」がある。

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このうち、特に知りたかった「ベーシックインカム」関連の章、目から鱗がぼろぼろ落ちて面白かったので、そこだけでも皆さんにご紹介したくこの記事を書く次第です。思い込みから解放される内容がいろいろ書いてありました。ということで、ここからはQ&A方式で進めてみます。

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疑問1)ベーシックインカムを実施したら、どんないいことがあるのか?

この本によると、以下のようなメリットが、世界各地で行われた研究により明らかになっている。

■犯罪・小児死亡率・栄養失調・十代の妊娠・無断欠席の減少

■男女平等の改善
・マンチェスター大学の研究者らの著書『貧者には金を与えよ』によれば、マラウイのフリーマネーの成功事例として、少女と女性の就学率が40%向上したことが報告されている。

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この本の中では、シアトルでのベーシックインカム実験で、離婚率が50%向上したと報告されて、「その他の好ましい結果の影が薄くなった」、と書いてあるんだけど(つまり離婚率の向上は好ましいと思われてなかったってこと。のちに統計の誤りがあったことが判明して、離婚率は変わっていなかったとわかったそうだけど)、経済的な余裕ができることで「積極的な離婚」ができるようになることは、メリットだと思う

ちきりんさんのブログでも指摘されてたんだけど、経済的な理由で離婚を我慢していた女性が、積極的に離婚することになりそう。(逆に「この妻とやってくの無理…」って男性の方もいると思うんだけど、今の日本の社会構造的に、我慢してる人には女性が多いだろうな…)
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■学校の成績の向上
・貧しい状況は、人を不安にさせ、気を散らせて、分別のない判断をさせる(疑問4でも関連する実験を紹介します)。

■経済成長

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(疑問1全体について)

ベーシックインカム、「環境にいいもの」「体にいいもの」「社会にいいもの」を選ぶチャンスが得られるっていうこともメリットだと思ってる。

例えば安い鶏肉を買うときに「これだけ安いってことは、あんまり鶏にとっていい環境で飼育されてこなかったんだろうなー…」って思う。でも、そうじゃない鶏肉を買うって選択肢は、余裕がないと採れない。フェアトレードの製品とか、あとはフェムテックの製品とか、高いものが多い。そっちを買ったほうがいいとわかっても、買えないことが多い。

もしベーシックインカムが導入されたら、安くするために削られているものを、大事にできるようになるかもしれない。

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疑問2)無条件のベーシックインカムを実施したら、「もらった税金を娯楽のために使って、働かずに遊んで暮らす人」が増えちゃうんじゃないか?

この本によると、答えはNO

・世界銀行が行った研究によると、フリーマネー(すべての人に権利として与えられるお金。「生きている」という条件さえ満たせばもらえる)の全事例の82%で、アルコールとタバコの消費量が減少した

・リベリアでは、スラムから集められたアルコール中毒者・麻薬中毒者・軽犯罪者に200ドルを配る実験が行われた。3年後にわかったそれらのお金の使い道は、食料、衣服、内服薬、小規模ビジネスだった。

・2009年にイギリスで13人のホームレスを対象に3000ポンド(当時1ポンドは約150円)を給付する実験が行われた。使い道は指定なし(相談したい場合にはアドバイザーと話し合うことができる)。彼らが購入したものは、電話や辞書や補聴器などだった。1年後の調査で、彼らは給付された金額のうち、平均で800ポンドしか使っていないこともわかった。

・カナダで1974年から4年間行われたベーシックインカム実験「ミンカム」では、全労働時間は男性で1%、既婚女性で3%、未婚女性で5%下がっただけだった

・1960年代にアメリカで8500人以上を対象に行われたベーシックインカム実験でも、労働時間の減少は1世帯あたり9%を下回った(シアトルの報告書には「減少した賃金労働時間は明らかに、より良い仕事探しや家庭での労働といった、有益な活動に充てられていた」と記録されている)。

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疑問3)ただお金を配るよりも、使い道を厳しく監視していたほうがいいんじゃないか?あるいは、食料品と交換する券を配ったり、よりよい仕事に就くための教育プログラムを実施したりする方がいいんじゃないか?

この本によると、条件なしでお金を配ったほうがいい

ベーシックインカムの長所の一つは、それによって貧しい人々が福祉の罠から自由になり、成長と昇進の機会がある仕事を、積極的に求められるところにある。ベーシックインカムは、稼げる仕事に就いても取り消されたり減額されたりしないので、彼らの状況は上向きになっていく一方なのだ。
(『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』より引用。太字はけそによるもの)
それ(けそ注:福祉システム)は支配と屈辱というベヒモス(怪物)を貧しい人々に負わせる。役人はフェイスブックを通して支援対象者を監視し、お金を無駄遣いしていないかどうかをチェックしている。そして、認められていないボランティアの仕事をしようとする人がいれば、天罰を下す。生活保護では、受給資格審査、申請、認可、返還といった煩雑な手続きのジャングルの案内人として、社会福祉課の人員を大勢、必要とする。それが終わると今度は、検査官の軍団が、書類仕事のために動員される。 社会保障制度は、本来、人々の安心感と誇りを促進すべきものだが、現状は疑念と屈辱のシステムに成り下がっている
(『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』より引用。太字はけそによるもの)


→厳しい監視のためには人件費がかかる。また、支援対象者は屈辱にさらされ、行動が制限される。

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私、自営業の開業届けを出す前にハローワークに何回か行ったんだけど、そこでのいろんな手続きを見て感じたことに通じるところがある。

「不正利用をさせないぞ!」と意気込んでルールを細かく・厳しくしていくと、支援者側は手段が目的化するし(ルールを守ってない人をはじくことに重きが置かれるようになっていく)、支援対象者側はルール下で一番損しない方法を考えるのにエネルギーを使わないといけなくなる(ハローワークで配られる書類は不親切で煩雑すぎて読むのがとっても大変だった…(途中から読むの諦めた)。試されてるって感じだった)。いろんなケースが出る中で、ルール上OK・NGを毎回ジャッジすることに熱中しちゃうのは、人件費的にも時間的にも精神的にも消耗が激しくなって無駄だと思う(し、著者が「屈辱」って言葉で表現しているように、人間には「上と下、支配する側と支配される側、賢い側と愚かな側がいる」って考えに基づいたやり方だなって思う…)。

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(本書の内容に戻る)

・お金ではなく物資を支給する方法は、真に支援対象者のためにならない場合がある。
たとえば、援助団体と政府が牛を1頭届けたとする。ルワンダの研究によれば、1頭の多産の牛を飼うのには3000ドルの費用がいる。これはルワンダ人にとって5年分の賃金にあたる(=結局支援される側の負担が大きくなってしまう)。

・教育プログラムは無駄ではないが、既に多くの処理すべき問題を抱えている真に貧しい人にとっては、わずかな手助けにしかならない(疑問4で詳述)。まず貧困から抜け出すことこそ必要。

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疑問4)お金を配るなら、「本当に困ってる人を選んで」実施したほうがいいんじゃないか?

この本によると、答えはNO

・計画、貸付、所得比例給付のすべてをきっちり管理するというのは左派に浸透した考え方だが、それは逆効果

一九九〇年代後期に発表され、今ではよく知られるようになった論文で、二人のスウェーデンの社会学者は、幅広い層を対象とするプログラムを持つ国ほど、貧困の削減に成功していることを示した。基本的に人は、恩恵が自分にも及ぶ場合に協力的になる。その社会保障制度によって、自分や家族や友人が得る利益が大きいほど、それに貢献したいと思うのだ。
(『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』より引用。太字はけそによるもの)

「自分に関係ない」と思う人が多い政策やプログラムは、うまくいかない。

・お金をもらうために複雑な規則や事務手続きが必要だと、ほんとうに必要な人には届かなくなる。プリンストン大の心理学者、エルダー・シャファーは「奨学金の中には、資格のある人の30%しか申し込まないものがある」という。

新型のコンピュータに、一〇の重いプログラムを並行処理させることを想像してみよう。動きはだんだん遅くなり、エラーが発生し、ついにはフリーズしてしまう。貧しい人々の状況もそれによく似ている。彼らが愚かな判断をするのは、愚かだからではない。愚かな判断に追い込まれる環境で暮らしているからだ。
(『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』より引用。太字はけそによるもの)

・シャファーはインドのビルプラム地区とティルバンナーマライ地区のサトウキビ農家で実験を行った。彼らは年間収入の60%を収穫直後に受け取る(つまり1年のある時期には金銭的に豊かに・ある時期には貧しくなる)。豊かな時期と貧しい時期に、同じ人々を対象に認識力テストを行ったところ、貧しい時期の点数はかなり下がった。知能が下がったからではなく、貧しいことで差し迫った不安によって気が散り、上の空になってしまっている。

→ほんとうに困っている人は日々の悩みに思考力を奪われているため、複雑な手続きを伴う救済策に手を伸ばすことができない。

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同じ人も、富めるときとそうじゃないときで認識力に違いが出るという結果は興味深い。個人を追い詰めて極端な行動に走らせるのは、必ずしも「その人の性質」じゃなくて「環境」かもしれないって発想は、とても大切だと思う。

犯罪者を減らすために「厳罰化」を訴える人が時々いるけれど、たぶんそれは犯罪率のめざましい減少にはつながらないと思う。もちろん原因って複合的なだと思うけれど、「その人がその犯罪をしないといけなかったのはなぜなのか?」を考え続けないといけないと思う。

日本と台湾の中高生と、台湾のデジタル担当大臣・オードリー・タンさんの対話イベントが行われた際、日本の生徒が「万引き監視システム」のアイデアをタンさんに話したそう。
それに対してタンさんは、「人は必要に迫られて万引きをする場合と、興味本位で万引きをする場合がある。必要に迫られて万引きをする場合は、社会システムを改善して貧困を無くせばいい。でも面白がってやる人は、監視システムを導入したら一層やりがいを感じてしまうかも。そういう人はホワイトハッカーになるようにした方が良い。万引きではなく、社会課題解決にチャレンジするように社会が促せばよいと思う」とコメントしたとのこと。

↑詳しい内容はこちらの記事をご覧ください。『パラサイト』でも、能力はあるのにそれを活かす環境がない家族のことが描かれてましたよね。知性を柔らかくつかっている方だから、オードリー・タンさん…好き…!

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疑問5)ベーシックインカムを実施するのには、税金がかかりすぎちゃって現実的じゃないんじゃないか?

この本によれば、たしかにお金はかかるが、十分採算はとれる

・カリフォルニア大学ロサンゼルス校の経済学者ランダル・アキ―は、貧困がなくなると犯罪、療養施設の利用、学校での留年がすべて減るため、最終的に支出を削減すると結論づけた。

・カリフォルニア大のグレッグダンカン教授は、一つのアメリカ人家庭を貧困から脱出させるのには年間に約4500ドルかかると算出。この投資により、子ども一人あたり「勉強時間は12.5%増」「福祉費用の年間3000ドルの節約」「生涯賃金の5~10万ドル向上」「州の税収の1万~2万ドル向上」が見込まれ、子どもたちが中年になるまでに採算がとれる、と結論づけている。

・イギリスで行われたホームレス13人に3000ポンドを給付する実験では、ソーシャル・ワーカーの賃金も含めて年間5万ポンドほどがかかった。これまで、彼らに関連する警備費・訴訟費用・社会福祉費等々で毎年40万ポンド以上の公金が使われていたため、かなりのコストが削減できたことがわかる。

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日本でベーシックインカムが実施された場合に心配なことは、「削ったコストの分が政治家の懐に入る」という事態に陥りそうだよなー…ということです。政治について考えるのってめんどくさいし難しいけど、できる範囲でも諦めないで考えていくことが大切だと思ってます。だってそれって、小さな節約をするよりもずっと大きく家計に影響してくることだと思うから…!もっと言えば、その土地での生きやすさにも影響してくることだと思うから。

明日は富山市議の不正を追ったドキュメンタリー映画『はりぼて』を観に行くよ!

※この映画は、TBSラジオ『たまむすび』の10月6日の放送で町山智浩さん(映画評論家)が紹介されてて興味を持ちました。町山さんによれば、日本の地方議会では2000票あれば当選出来て、ほとんど仕事しなくても年収1000万円とかもらえるとのこと(もちろんちゃんと仕事しようとしてる人もいるはず…と信じたいけど)。市民はみんな政治に興味がないから、好き放題やっても気づかれない。だから今、地方議会には、私欲を追求しまくる議員があふれている、とのこと。まっとうな志を持ってる人が政治家になる世の中って、どうやったら実現するんだろうね…?(まずは、関心を持って働きかけていけば、社会はちゃんと変わる、ってみんなが実感できるようになってくことが大事かなあ…)

↑もしかすると音声は10月13日までしか聴けないかもしれない?んだけど、貼っておきます

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…ということで。結構ボリュームありますが興味深い本なので、ご関心のある方はぜひ読んでみてください!

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おまけ:今日の記事に関連するおすすめの紹介

■ちきりんさんのブログ記事「ベーシックインカムの世界」
社会派ブロガーのちきりんさんが、「ベーシックインカムが実現した世の中はどうなるか?」を想像して書かれた記事。

・会社の経営者はたぶん社員をクビにしやすくなる→経済的に困らなくても、純粋に「役に立たない」と言われるということ。それって結構つらい世の中になるってことじゃない?

・”まじめないい人”より(相対的に)”ちゃらんぽらんだが面白い人”が、恋愛市場だけじゃなく結婚市場でもモテるようになる?

等々、興味深い観点が挙げられています。

■ヒオカさんのnote記事「私が"普通"と違った50のこと〜貧困とは、選択肢が持てないということ〜」

たしか瀧波ユカリさんがおすすめされていたので、読みました。

外国で書かれた貧困についての本を読んでると、「でも日本にあてはまるとはいえないんじゃない?」って思っちゃいそうになるけど、全然そんなことないんですよね…。

長い目で見ればコスパが良いのは、多少、値が張っても質の良いものだろう。そんなの、わかり切っている。

ただ、初期投資するお金がないのだ。必然的に値段の安い粗悪品を買わざるを得ず、すぐに買い替えが必要となり、結果損をする。
仕事を詰め過ぎたり、住環境に投資できずに体調を崩して医療費ががかる、など
正直何のために働いているのかわからなくなる。
(「私が"普通"と違った50のこと〜貧困とは、選択肢が持てないということ〜」より引用。太字は、原文ママ)

自己責任論を支持している人に、ぜひ読んでほしい記事です…。

■井上純一さんのマンガ『キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編』

こちらの本(マンガ)も今読み途中なのですが、「誰かの貧困を他人事だと思ってる人。実はそうじゃないよ…そこから発生した波はあなたのところにも確実に届くよ…」って話が出てきていたので、紹介します。

まずは、各社会問題を「個人のこと」「私以外の誰かのこと」って思いこんじゃうところから脱さないといけないですな…。

■柏木ハルコさんのマンガ『健康で文化的な最低限度の生活』

新卒公務員の義経えみるが配属されたのは福祉事務所。

えみるはここでケースワーカーという
生活保護に関わる仕事に就くことになったのだが、
そこで生活に困窮した人々の暮らしを目の当たりにして――
(Amazonの商品紹介より引用)

生活保護を利用する人たちと、その人たちを担当する公務員との物語。

一時期、芸能人の家族の不正受給等が話題になった生活保護。
実際には、「生活保護に頼るのは恥ずかしい」「生活保護にお世話になっていて情けない」と後ろめたく思いながら利用している方のほうが多いのではないか…?と、物語を読み進めるうちに感じました(この物語はフィクションなのですが、作者さんは2年も関係者に取材を重ね、実際のケースワーカーさんに聞いたエピソードなどをもとに作品を書いているそうです)。突然病気等になる可能性は誰にでもあるもの。生活保護を使うことが「よくないこと」「後ろめたいこと」だと考える風潮は、いつか自分の首も絞めてしまうかもしれません。

また、2巻には意図せず不正受給してしまったエピソードも出てきます。
えみるたちケースワーカーは、細かな法律等書いてある分厚い手引きを読み込んで生活保護を受けている人たちに制度の案内をするのですが、1人が100世帯以上担当することもあるとのことで、「限られた人件費で、十分に制度の説明をすることは不可能なのではないか?」とも思いました。

私はこのマンガを読んでますます、「ベーシックインカムをぜひ導入してほしい…」と思うようになりました。

こちらから第一話を試し読みすることもできます。第一話がまず衝撃的で、胸にずしんと残るので、ぜひそちらだけでも読んでみてください。

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