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経済メディアはなぜ精神医療を追いかけたのか。

本人の意思を無視した長期強制入院、病院への強制移送、身体拘束、薬漬け・・・、日本の精神科病院を取り巻く現状は、世界標準からかけ離れた異常な点ばかりです。

そんな日本の精神医療の抱える現実をレポートした、東洋経済オンラインの連載「精神医療を問う」全15回に大幅加筆した書籍、『ルポ・収容所列島 ニッポンの精神医療を問う』が3月11日に弊社、東洋経済新報社から刊行されました。

このような経済メディアとしてはもちろん、日本のメディアがなかなか正面から取り上げることがなかったテーマに、なぜわれわれが取り組んだのか。著者である風間より、内輪話をお伝えしたいと思います。

我々がなすべき調査報道とはなんだろう。

同連載を担当した東洋経済調査報道部は、2019年1月に編集局の機構改革によって発足しました。私はその立ち上げから参画しています。

従来から『週刊東洋経済』の特集では、編集部員の独自の問題意識による、社会性のあるテーマでの調査報道を積極的に行ってきました。私自身も長らく雇用労働、貧困、医療といったテーマで多くの本誌特集を手掛けてきましたし、なかでも「宗教 カネと権力」「データ階層社会」など経済誌らしからぬ題材を楽しむようなところがありました。

「東洋経済オンライン」の急成長を受け、同媒体の拡散力を生かした調査報道を行うためには、独自組織を立ち上げるべきだと社が判断したと理解しています。同年10月に現職である調査報道部が発足し、私はその部長となりました。

その時に、東洋経済らしい調査報道とは何か、当時3人(私のほか、共著者の井艸恵美記者、辻麻梨子記者)だった自分たちのチームができることは何か、をつらつらと考えたのですが、私としての思いは下記の通りです。

我々がなすべき調査報道とは、いわゆる「文春砲」と称されるような目の覚めるようなスクープではない。当事者たちが声を上げにくい、ゆえに生じる「視えにくい構造問題」や「不都合な現実」を、地道な現場取材に基づいて、一つひとつ可視化していくことにつきる。そう考えています。

今、連載を終えて振り返ると、精神医療の問題というのは、まさに「なすべき」と考えたことの、ど真ん中のテーマだったと改めて痛感します。その出会いは、多くの偶然が重なってもたらされました。

取材のきっかけは1通の手紙。

2019年7月。当社の書評担当者宛に、一通の手紙が届きました。東洋経済オンラインの連載「精神病院に4年閉じ込められた彼女の壮絶体験」で紹介した米田恵子さんからです。

記事にした通り、この時米田さんは精神科病院の閉鎖病棟に強制入院させられており、主治医の指示で家族を含むいっさいの面会や電話も認められず、スマートフォンも持ち込めず、唯一許された外部との通信手段は手紙だけでした。

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弊誌書評欄に『なぜ、日本の精神医療は暴走するのか』(講談社)を執筆した佐藤光展さんの著者インタビューが掲載され、それが転載された東洋経済オンラインの記事を米田さんの友人が偶然見つけてプリントアウトして差し入れ、それで当社を知った米田さんが退院を訴える手紙を出した、という経緯です。

ちょうどこの時期に、生活困窮者を収容する「大規模無低」の問題を連続追及したり(「『大規模無低』を結局温存する福祉行政の大罪」)、児童養護施設の子どもたちが向精神薬の服用を強要されている問題(「子どもを『薬漬け』にする児童養護施設の現実」)を取材していたこともあり、精神医療についても多少の知識はあったつもりですが、詳しく調べ始めてみると衝撃の連続でした。

精神疾患により医療機関にかかっている患者数は、日本中で400万人以上。入院患者数は約28万人、精神病床は約34万床あり、これは世界の5分の1を占めるとされています。人口当たりでみても世界でダントツに多いことを背景とし、現場では人権上の問題が山積していることがわかりました。

米田さんとは何度かの手紙のやり取りを通じて信頼関係を構築していたところ、ちょうど病院側が面会制限を緩和したこともあり、彼女の「友人・知人」として閉鎖病棟に入ることができました。これまで取材では、さまざまな場所に出入りしてきましたが、井艸記者とともに向かった八王子市の山間にあるこの病院は、通常の病院とはまったく異なりました。ひと気も疎らな独特な雰囲気は今でも印象に残っています。

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その後も何度も彼女とのやり取りを繰り返し、関係者にもこまめに当たり、2020年1月に彼女の退院と合わせて、連載第1回の掲載へとこぎつけました。掲載直後から非常に広く読まれ、連載への情報提供フォームにも多くの声が寄せられました。

記事を読んだ当事者からの情報提供が、さらに次の記事につながるという好循環が生じ、長期強制入院の問題から始まり、拉致監禁まがいの「精神科移送」、死にまで至る「身体拘束」、本人の意思を無視した「薬漬け」、消極的な「情報開示」、密室化での「虐待横行」と、先進諸国とは大きく異なる日本の精神医療の闇を、次々と告発することができました。

調査報道が果たすべき役割。

計15本の連載記事は、累計で約2,700万ページビューに至り、読者からも約750件と、大変多くの反響が寄せられました。

反響は障害当事者や家族のほか、医師、看護師、精神保健福祉士など医療従事者からも多数届いています。従事者からは肯定的な評価も数多く頂いたものの、一方で否定的な声も相次ぎました。

むしろ否定的な声の内容を詳細に分析する中で、あることに気が付きました。まさに50年前、1970年3月から朝日新聞で連載された、この分野の先駆けである大熊一夫記者の「ルポ・精神病棟」(新聞記者がアルコール依存症を装って、閉鎖病棟を潜入取材!)に対する否定的な反響とその主たる内容がまるで重なるということでした。

「ごく一部のレベルの低い病院をセンセーショナルに取り上げている」「精神病院の実態は精神医療従事者だけが語る資格がある」…、など、問題の山積する実態に対し目を背け、内部のみで固まろうとする相も変らぬ姿勢こそが、明らかな人権侵害というべき数多くの事態に直結しているのではないかと考えます。

改めて思うのは、日本の精神医療に最も必要なのは、外部からの指摘を積極的に受け止め、対話し、自己変革へとつなげることのはずです。その意味で、門外漢の最たるものである経済ジャーナリズムの当媒体が、問題提起に取り組む意義はあったと思います。

風間 直樹(カザマ ナオキ)
1977年長野県生まれ。東洋経済調査報道部長。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院法学研究科修了。2001年東洋経済新報社に入社。電機、金融担当を経て、雇用労働、社会保障問題等を取材。2014年8月から2017年1月まで朝日新聞記者(特別報道部、経済部)。東洋経済に復帰後は、『週刊東洋経済』副編集長を経て、2019年1月から調査報道部、同年10月より東洋経済調査報道部長。著書に『雇用融解』『融解連鎖』(共に東洋経済新報社)、『ユニクロ 疲弊する職場』(電子書籍、同)など。

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