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フランス人のブルノーさん

2008年、初めてフランスという国に足を踏み入れた。

音大生だった私は、密かに憧れていた先輩が夏に行われるフランスのポワチエという街でサクソフォン講習会に参加しているというのを知っていた。

音大生の生活は、練習し、レッスンを受け、授業に出て、バイトに行く、そんな生活を送っていた。

そんな他愛のない日常で、東京の有名な先生から連絡があった。

「再来週、フランス行かない?」

突然のことだったが、「えっえっえっ!行きます!!」と二つ返事をした気がするが、念を押されるように「あまり迷っている暇はない。」と言われた記憶がある。

事情は、講習会の参加者にキャンセルが出たからだった。ウェイティングリストの一番目の状態である。
別に私が特別に選ばれた訳ではない。

すぐに親と相談(行く)意思を伝え、それから超格安の便の手配を知り合いに手配してもらい、トントン拍子というのだろうか、あれよあれよとフランス行きが決まった。すごいスピード感だった。

この旅行の重要な点といえば、私の元師匠の高校生のお弟子さん、つまり未成年を連れて行くことが条件だった。

格安チケットは乗り換えや待ち時間があったがパリ行きの飛行機に乗り夜を過ごすことができた。すると、隣のフランス人のおじさんが話しかけてきた。

「旅行ですか?」

英語もフランス語も全く話せなかった私は、高校生のお弟子さんを思いっきり頼りにしていた。彼女はすごく感じのいい素敵な女の子で多くのアレルギーを持つ体質だったため、辞書やその関連の書類などをクリアファイルに丁寧に整理して、小さく収納されていたのを記憶している。

その時、あることに気付いた。

私は地図を持っていない。
これからどうやって、ホテルへ、電車へ、講習会へ、どうやっていくのだろう。


話しかけてきたおじさんはブルノーさんという。
30代か40代くらいだったと思う。今思えばお兄さんだ。

韓国に旅行してきたという話で飛行機の後ろの方で韓国語(当時外国語で唯一少し話せる)で会話をしたりして過ごしたのを覚えている。

彼は「僕もホテルをまだとっていないんだ。君たちのホテルの近く、モンパルナスあたりまで一緒に行くよ。」と言い、私たちは彼の後をついていった。

モンパルナス駅の地上に着くとブルアワーが丁度終わったパリの夜は今まで見たことない景色が広がっていた。

アラブ屋の前に並ぶ果物にも感動した。
夜のブラッスリーカフェに灯されている暖色のライトの下で沢山の人々が賑わっていた。
これは今も変わらず大好きな光景だ。

ブルノーさんは、「お腹空いたね。ディナーでもしよう。」と言うので、近くのブラッスリーに入った。何を食べたのかは覚えてない。

ふと、隣の席をみると、ワインが半分以上残っているボトルがあった。

ブルノーさんが「これ、いい?」と店員さんにきき、自分たちのテーブルに置いた。

ワインボトルがテーブルにあると、それはそれは立派な眺めだなぁと思った。立ち食いそばで感動する外国人みたいな、そんな気持ちなのだろうか。めっちゃ外国っぽい〜!と思った。

食べ終えると、ブルノーさんは私たちをホテルまで送ってくれた。次の朝、プチデジュネをする約束をして別れた。「Bonne nuit 」というフランス語を今夜は学んだ。それだけでも、良かった。

どっと疲れた身体にホテルのベッドの心地良さなど関係なかった。明日は講習会行きの電車まで時間がある。プチデジュネ。楽しみだ。

翌朝、ホテルの近くのカフェで待ち合わせをした。もちろん道案内は未成年の彼女だ。彼女はとてもしっかりしている。

たっぷりのカフェオレとフレッシュなオレンジジュース、クロワッサンとバゲットパンのトーストと色違いのジャム。

三人分のプチデジュネが、テーブルいっぱいに並ぶとそれも昨日のディナーと同じように幸せな気持ちになった。

ブルノーさんはバゲットにバターをたっぷりのせて、それをカフェオレに浸して食べた。とても驚いたけれど、私達もブルノーさんの真似をして食べた。

「ポワチエ行きの電車まで時間はある?」
「観光案内をするよ」と言う。

もちろんだが、エッフェル塔をリクエストした。

カラッとしたフランスの夏は日本に比べるととても気持ちが良かった。初めてみたエッフェル塔に興奮して携帯電話で沢山写真を撮った。現在その写真は一枚も手元には残っていない。

ブルノーさんはボルドーへ行くらしい。
(ボルドーワインで有名な事を知らなかった私は特にピンと来なかったのが悔やまれる。今なら沢山ボルドーワインについて沢山話せるのに。)

彼はポワチエ経由の同じTGVに一緒に乗るという。  

電車の中はとても快適で都会の風景から田園風景に変わっていく。

ポワチエに着く前に連絡先を交換することになった。フランス流の、ビス(頬に音を立てるだけのキス)をして電車を降りた。

もう16年前の話だが、ブルノーさんに出会っていなかったらと思うと、今頃私はフランスにいないかもしれないなと思う。

偶然に飛行機で出会い、ディナーをして、観光をして、同じ電車に乗り、旅をしたブルノーさん。

友人や家族にこの話をすると、変な人じゃなくて良かったね。とか、準備ちゃんとしときなよ!と言われるのだが。まぁ、おっしゃる通りである。

けれども、ブルノーさんはとてもやさしかった。

エッフェル塔に連れていってくれるところ。カフェオレにバゲットパンを浸すところもブラッスリーで隣の人が飲み終えなかったワインをもらったりするところも。困っている人がいたら放って置けないところも。

顔は思い出せないくらい時が経ってしまったけれど、

ブルノーさんはやさしかった。 

ブルノーさんはすごくブルノーさんらしく私達に関わってくれたなぁと思う。

あの時はありがとうブルノーさん!
Bonne nuit!

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