---記憶装置---

ゴツン

鈍い音がした。

今日もまた一日が始まる。

ベッドから起き上がって、足の裏で床の冷たさを感じる。
二面に自分の重さがかかって、「私ってこんなに重かったっけ」と思いながら洗面所に向かう。

顔を洗って歯を磨く。

カシャンと何かが足元に落ちた。
小指くらいの長さの、ピンク色の箱のようなもの。
見覚えがある。

会社で使っていたUSBだ。
なんでこんな所にあるんだろう。
そもそもこれは持ち出し厳禁なはず。

ポケットに入れて間違えて持ってきちゃったのかな。
幸い中のデータは重要なものじゃなかったはずだし、後日わざわざ届けにいくのも面倒だな。

しかし自分の記憶が間違っていないという保証はないので、とりあえずパソコンに差し込んでみる。

データなし

空っぽなら処分してしまえばいいや。結果に安堵して立ち上がったところではたと思いつく。

本当に元々何も書き込まれていなかったのだろうか。

たとえば誰かによって消されたとか、どうにかして家に運ばれる間に衝撃で消えてしまったのか。

私には分かりえない。私にとって、このUSBにはデータが入っていない、という今の状況が全てだ。

そうだとしてこのUSBは知っているのだろうか。
自分が何度書き換えられたのか、どこでデータが消えたのか。

いや、記録がないということすら認識できていないかもしれない。

所詮人間だって記憶装置なのだ。
記憶にないことは事実として認識されない。
現実の出来事ですら全てのデータが消されれば、なかったことになる。

どのようにしてUSBが家に持ち込まれたのか、覚えてないのも同様。
そうやって毎日を過ごしていても誰も気が付かない。
事実は記憶だ。

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