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1-7 ずる休み

 その日の夜、家族でご飯を食べている間、僕は部屋に籠った。とはいえ、部屋でゲームをしたり本を読んだりということではなく、ただ部屋にいた。

「はぁ」

と、浅いため息なのかただの呼吸なのか分からないけど、自分の中の二酸化炭素を吐き出した。リビングからはくぐもった家族の声と、テレビのバラエティー番組が混ざり、賑やかな19時を演出している。とても混ざる気になれない。たった10時間前に〈あなたは不要〉という烙印を押されたばかりだからだ。

何をするにも手につかない。意識があちらこちらに飛んでいき、集中できない。頭の中ではいくつかの光景が永遠と繰り返される。


『えーーー』っと言われた状況。

バツの悪そうな表情と、あたしは関係ないという表情。

ダラリと垂れ下がったテーブルクロス。

僕を見ながら、僕の向こう側を見ているような冷たい目線。


 考えても仕方ないと前向きな気持ちに切り替えた刹那、後ろ向きな気持ちが一瞬で支配する。レベル差のあるオセロのようで勝てる気がしない

 自分の部屋でご飯を食べるために、僕はリビングへ行く。賑やかな雰囲気も今の僕には騒音でしかない。

『あんた、ご飯食べんの?』

母親が話しかけてくる。

「自分の部屋で食べる」

と言い、ご飯とおかずを両手で持って部屋に戻る。

『どうしたの?なんかあった?』

僕は、それを完全無視して部屋に戻った。


 食べたい気持ちは少しもないのにお腹は空くんだなぁと、人間の謎に触れながら味気ないご飯を一人で落ち着いて食べた。
 一人で、家で、そしてさらに自分の部屋ということで本当に久しぶりにご飯をゆっくりと食べることができた。これは良い。何か新しい発見をしたような気がして嬉しい。あとはお風呂にダッシュで入れば完璧だ。

うん。

お風呂へと続く廊下には人の気配はない。猫の気配はする。これはチャンス!と思ったが。シャワーの音が聞こえてきた。なんかいつも運がない。
もう諦めよう。もう寝よう。もう寝てしまえばいい。

秋中旬の冷え込む夜、僕は急いでTシャツだけを変えて、冷たいベッドに逃げ込んだ。ベッドの中が暖まるまでは時間が掛かりそうだ

ベッドに横になり天井を見上げる。


 あの日以来、電気を消して寝ることはなくなった。

恥ずかしいけど、怖いからだ。電気を消して寝ようとすると、天井に同級生達の顔がぎっしりと現れ、僕をニヤニヤ笑ってくる


『あいつ?』「そ、あいつ」

『クスクス』「弱いの?」

『弱虫らしいよ』「なにそれ」

『ウケるでしょ』「くすくす」

『ださっ』


笑うな


僕に構うな



夢と現実の狭間になるとそのようなことが起きるので、電気を煌々と点けて寝る。眠りに落ちてはすぐに目が覚めるを繰り返して時間が過ぎていく。

もうほっといてくれ


 カーテンから朝日が溢れては揺れている。チッと舌打ちをして布団の奥底まで潜る。もう嫌だ。

何もかもが嫌だった。

輝かしい朝日も、静かに起こす小鳥のさえずりも、希望の未来へと動いている時計の秒針も、楽しみだった文化祭も運動会も

全てが苦痛。

その苦痛で目が覚める。


僕はずる休みをすることにした。

母親に言う。

「体調悪いから、休むって学校に電話しといて」

母親は、

『熱あんの?風邪?』

と問いかける。

僕はまた、無視をして部屋へと戻る。内心はドキドキしていた。もしかしてバレたら先生にもきっと怒られるし、親にも怒鳴られるだろう。家を追い出されるかもしれない。そんな気持ちを悟られないように、部屋へと体調悪そうに歩きながら急いだ。


罪悪感が僕を包んだ。
お前は悪い子だ。嘘つきだ。
何をしても出来ないやつだ。逃げるやつだ。
くだらない男だ。情けない男だ。
駄目な人間だ。不要な人間だ。



そんな声が聞こえる。




でも、僕は今日、傷つかない。


今日だけは傷つかない


明るい朝日の中、僕は眠りに落ちた。


おやすみなさい


そう自分につぶやいた。





*ずる休みについて思うこと(今回は本当にただの感想)

今の仕事柄、人の心を読まなくてはいけない場面もあり、嘘をついている時はだいたい分かる。熟練度の高い”嘘つき”いわゆる”大人”になればなるほど、見抜き難くなるものの、いくつかの質問でそれは判断できる。
(自慢できることではない。その類の本を読めば誰でもある程度は出来てしまう。僕の見抜きレベルもそんなようなものだ。取り立ててすごくはない)

なのでずる休みをする人が世の中にこんなに多いのかと感動すらした。自分のずる休み初体験なんて子供のお遊びだ。きっとバレていたんだろう。まぁそれはそれで良い。もうはるかに時効だ。

きっと世の中の親御さんは自分の子供さんが嘘をついているのはすぐ見抜けるんだろうと思います。その表面で怒らないでいただきたい。内面をみていただきたい。なぜ子供がそのように思ったか、なぜ子供の中の絞首刑に当たる重罪の”ずる休み”という犯行を犯したのかを親身になって考えていただきたい。

親身になる。。。難しいか。

なら、今日、ずる休みをしてみたらいい

あのドキドキを思い出すかもしれない。

そうして、その体験を一緒に話してみてはいかがだろうか。

少しは笑える話題にはなる。

本心から”大人のずる休み”をするんだ。

不登校の情報はインターネットですぐ手に入る。情報過多の時代だ。

だからこそ、体験が必要だ。疑似体験はあるが、自己体験は己しかできない。今すぐスマホを取り出し、ずる休み計画を発動してくれ。

なお、すべて自己責任でお願いいたします。そのせいで仕事を解雇になったと言われても困るので。もう一度言う自己責任な。

ほら、ドキドキするやろ?






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