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1-4 学校恐怖症第一期

 僕以外の日本人が変わらない朝を送っている。

僕は朝から気持ち悪い。昨晩の睡眠不足もあると思うけど、考えれば考えるほどゴチャゴチャになり、学校に行きたくない気持ちが溢れてくる。

リビングでは部活に向かう弟や、そのサッカーボールにイライラしている姉の声が聞こえてくる。僕はその騒がしいリビングに自家製笑顔100%で向かう。

学校恐怖症第一期とはググればすぐ出てくるが、知らない方が意外にも多いため簡単に説明しておくとこんな感じだ。学校に行く時間になればなるほど気持ち悪くなったりイライラしてくる。そしてなぜか昼を過ぎれば元気になってくる。まるで仮病だ。(そのためなかなか信じてもらえない子供が多い。みんな、もし学校へ行きたくないならこの”恐怖症”を前面に出そう!後悔でつぶされること間違えないだろう)そのせいか親は無理やり学校へ行かせたがる。そんなんは逆効果だ。余計に心の殻は厚く堅く固くなる。先の話にもなるが学校に行かないからと言ってゲームを隠すなどもってのほかだ。アルコール依存症の人にアルコールを出さないという常識的発想(これはこれで合っている)が、このシンプルで短絡的で愚かな行為をするのだろう。これもそのうち出てくるが、逆である。むしろゲームを前面に使え。もし親が使えないのは時代錯誤も甚だしい。子供より使いこなしてみろ。そのゲームのソフトの中に”信長の野望””三国志””シムシティ””プログラミング”など織り交ぜておくがいい。勝手に子供は歴史や損益分岐点、バランスシート、Javaの勉強をするだろう。これからの時代、願ったり叶ったりではないか。

挨拶を済ませ、自分の席に座る。ボーっとしてしまう。昨日の学校のことは夢ではなかったことを、体の中のどこか奥底の痛みで思い出す。

陶器とステンレスがこすれ当たる音さえ無性に耳障りだ。

僕は静かに目立たないように朝ごはんを捨て学校に行く準備をする。何曜日かも分からないくせに適当に時間割を見ながら、適当にカバンに詰め込む。上の空だ。

いつも通りの時間になり「行ってきます」と言い家を出た。ご想像の通り足取りは重い。イリジウムより重い。それでも行かなくてはならない”学校に向かう。みんなに会ったらどんな顔をしたらいいんだろう。Mさんに会ったらどんな顔をしたらいいんだろう。給食の時間、どこにどうやって抜け出せばいいんだろう。様々な考えが頭の中をぐるぐるぐるぐると回る。

秒速1mで学校が接近してくる。

息が切れる。思い出したかのように息を吸い、吐く。

「おはよう」「おはよう」『おはよう』『おはよう』と、さわやかで素敵な清秋の空ような挨拶を交わす人たちを横目に、憂鬱な気分がより深く影を落とす

校門の前で知らない先生が『おはよう』とみんなに挨拶をしている。ゆっくりと動く地面を見つめながら校門に近づく。

「おはようございます」

ボソボソと知らない先生にそう言い、電車のレールのような校門をまたぐ。

うっ、、、気持ち悪い。

血の気が引くとはこの事だ。全身がしびれるほど冷たい。


怖い。


怖い。


指の先まで冷え切ったまま、運動靴を学校用スリッパに履き替える。1年の教室は3階だ。顔見知りの人が挨拶をしてくれる。僕は軽い会釈で返す。R君が元気な声で挨拶をしてくれる。おはよと短く返す。

階段を登り3階に到着する。

その間、R君はずっと何かを誰かに喋っていた。僕はそれどころじゃなかった。友達にもバレてはいけない。誰にも悟られてはいけない。そんな変な使命感を持っていた。

教室の前に到着する。

ガラガラと古臭い音を立ててドアを開けて中に入る。Mさんは教室内にいないようだ。ホッと一安心して自分の席へ向かう。たった10mでも今の僕にとっては難関であり苦痛だった。

あと15分ほどで授業が始まる。ということは少なくとも10分もすればMさんは現れる。心臓が割れそうなくらい不規則に脈打つ

何も知らない、何も興味ないふりをしてカバンの中から筆箱や教科書を取り出す。


そして、


Mさんが


やってきた。


僕は見ないように見ないようにと意識をしながら朝の会(朝礼)を待つ。

Mさんは何も言ってこない

僕は静かに机の木目を眺めながら。朝礼の時間を待った。
時間通りにO先生が教室に入ってくる。先生の好きな言葉は『PASSION』熱中という意味らしい。一学期は好きな言葉だったが、今の僕には酷く滑稽で重い言葉だ。凍った体に情熱を注いだら、脆く儚くヒビが入り割れてしまうだろう。そんな中学生特有の詩人的発想をしている間に、朝礼が終わった。

始まる。2日目。





*先生たちについて僕が思うこと

 僕のアカウント名は元最先端登校拒否児だ。最先端だった。当時、その中学校には登校拒否児はいなかった。もしかしたら実は居たのかも知れないが、当時は中学を騒がせた。親曰く、先生も本当に困っている、先生たちの会議でも議題になっただの言われたものだ。当時は何とも思わなかったが(それどころじゃなかったし)なかなかの有名人だな。嬉しい限りだ。今じゃ割とメジャーな地位の登校拒否、僕はその最先端を行っていたということだ。先見の明があるな。

 今の先生はもっとたくさんのどうでもいい問題(この場合のどうでもいい問題というのはモンペやクレーマーが増殖して、くだらない文句、代案もないくせに意見を言う無能)に追われていて、生徒を見れる環境ではないと思う。

実際、知り合いの教諭に伺っても、服が汚れただの、運動会の場所が取れないだの、自分の問題を他人に擦り付けてくるらしい。もともと、服は汚れるものだし(洗うのは大変だが)運動会の場所取りに至ってはそもそもお前は主役じゃない(子供が主役の会である)と思う。なにか勘違いをなさっている方が多いらしい。
 話が良く逸れるのは申し訳ない。これは自分の集中力の無さに起因するものであり、登校拒否には多分関係ない。読みにくいのはご愛嬌ということで許してやってくれませんか?

 もっと先生たちも自己研鑽して知識を入れたら良いとも思う。もちろん勉強以外で。例えば『嫌われる勇気』を読んでみたり『Factfulness』で知識をアップデートしたり。子供と遊んだり、良い喧嘩をしてみたり。
生徒のために出来ることはあるはず。たくさんの見識があれば、余裕が生まれ、心無い言葉を使うのを抑えることも可能。まして登校拒否になったばかりの生徒に「なぜあなたは学校に来ないのか?」など見当違いも甚だしい質問なんてできなくなると思います。

では自分のクラスで登校拒否児が出た場合、何をするか。

元最先端登校拒否児の僕としては、

『独りにするな。一人にしてくれ。』だ。


(まだ話は2日目なので学校に”真面目”に行っている。我ながらよくその精神で行ったものだ。今の僕なら0秒で”行かない”選択を選ぶだろう。)

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