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アメリカ大統領選挙と情報戦①~アイゼンハワーのCM戦術(前編)

「フェイクニュース」や「ポスト真実」「ファクトチェック」といった用語が一般に浸透したきっかけは、2016年のアメリカ大統領選挙とイギリスのEU離脱を問う国民投票の時だった。

 この年に民主党ヒラリー・クリントンを破った共和党のドナルド・トランプは、自分に批判的な報道に「フェイクニュースだ」とレッテルを貼るなど、なりふり構わない情報発信で悪名高い。2020年の選挙はジョー・バイデンに敗れたものの、熱狂的な支持者を扇動し、競争を巻き起こしたことは記憶に新しい。

 このような大衆扇動型のリーダーが誕生してしまうほど、アメリカの民主主義は堕落してしまったのだろうか。しかし、アメリカ大統領選挙の歴史を紐解いてみると、トランプのやり口だけが特別卑劣だとも思えなくなってくる。世界最大の政治イベントであるアメリカ大統領選挙は、ずっと前から「仁義なき情報戦」だったのだ。

 当たり前の話ではあるが、民主主義国家では「普通の人々」がリーダーを選ぶので、選挙が人気取りの側面を持つのは避けられない。候補者が深く政策を議論し、有権者がそれをじっくり考えて投票するのが望ましいが、現実には「(実際はどうであれ)いいイメージ」を有権者に植え付けた方が勝ち、という勝負になってしまう。

新時代のメディアとなったテレビ

 なぜ、現代の選挙はこのような姿になってしまったのか。本テーマでは、テレビ時代にいちはやく適応したアイゼンハワーの選挙戦略から話を始めていきたい。

 ドワイト・アイゼンハワー(1890~1969)は、第二次世界大戦中にノルマンディー上陸作戦などで活躍した軍人であり、アメリカの英雄だった。
 その彼が共和党から大統領選挙に出馬したのは、1952年のことだ。対抗馬は、民主党のアドレイ・スティーブンソン(1900~65)である。


 世界恐慌・第二次世界大戦・冷戦の勃発という激動を経験していたアメリカでは、20年にわたって民主党が政権を握っていた(F.ローズヴェルト、トルーマン)。しかし1952年の選挙では、アイゼンハワーの地滑り的な勝利によって、共和党が久方ぶりに政権を奪還することになった。

 このアイゼンハワーの選挙戦を支えたのは、当時は新興のメディアであったテレビだった。大統領選挙における初のコマーシャル・フィルムは、1948年の選挙で民主党トルーマンがつくっている。しかし、アイゼンハワーは本格的にテレビを利用して国民にアピールした初の大統領だった。


 アイゼンハワー陣営は、広告代理店であるBBDO社(バッテン・バートン・ダースタイン・アンド・オズボーン社)と契約し、コマーシャル制作を委託した。食品や日用品の公国と同じ感覚で、大統領候補を売り込もうとしたわけだ。

  コマーシャル制作に携わったのは、有能な広告マンとして知られるロッサー・リーヴス(1910~1984)である。彼は、わかりやすく印象的なキャッチコピーをつける広告手法で、多くの商品をヒットさせた。


 例えば、M&Mというチョコレートのキャッチコピーは、次のようなものだ。
"melt in the mouth, not the hand."(「手ではなく、口の中で溶ける」
 このチョコレートは糖衣がかかっているので、手の中では溶けない。その強みを、短く語呂の良いフレーズで伝えたわけだ。

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