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"かわいい"の世界が、内包する宇宙。句集『鳥と刺繍/箱森裕美』鑑賞。

嘘つくは楽し白玉よく冷えし
残菊や舞台に人を殴る音
煮凝りの中に眠たき王都かな
シルバニアファミリー狐火のあかちゃん
バスボム果てラメあらはるる二月かな
遠火事の夜のたましひのおきどころ

『鳥と刺繍』箱森裕美

【キーワード】
#かわいい #モチーフ #エッジ #エモーショナル
#関係性 #お菓子 #観劇 #ファンタジー #創作 #日常 #現代
#文語体 #口語体 #旧かな使い

箱森裕美さんは1980年生まれ、栃木出身の俳人です。『鳥と刺繍』は、2023年に私家版句集として発行されました。文庫本サイズで、フルカラーカバー付き。カラフルな刺繍のステッチで世界観を表現している素敵な表紙は、nacochi designさんによるものです。ポケットに入れて持ち歩けるサイズのかわいい一冊です。

この句集で、取り上げられるモチーフは、街並み、観劇、雑貨、おもちゃ、お菓子、スイーツなど、現代の都市での普通の生活を想起させるもの。同世代で、同じように都市の周辺に住む女性としては、身近に感じるものが多く、日常の隙間から生まれてきた句たちなのだろうと感じます。そして、モチーフや季語の選び方が「かわいい」句が多い。ただ、その「かわいい」の中に、やさしさや明るさはもちろん、薄暗さ、無機で硬質な感じ、少しの怖さ、あるいは毒気など、本当に多くのものを内包しているのが、箱森さんの俳句世界の特徴ではないかと思います。


嘘つくは楽し白玉よく冷えし

大好きな句。誰に対して吐いた嘘なのはわかりませんが、この茶目っ気と毒っ気の塩梅に、妄想が広がります。すぐバレる嘘だとしても、あるいは、全くバレない嘘だとしても、どちらにしても「楽し」いのは、多分この嘘自体は深刻なものではないから。それこそ、白玉くらいに細やかで、愛されうるものだからかな、と思います。(ただ、白玉は喉に詰まると死ぬから気をつけてね、と言うところまで含めて)


残菊や舞台に人を殴る音

演出だとわかっているのに、ドキリとしてしまう。本で読むより、映像で見るより、生々しく感じるのは、それは音そのものが、直接耳に届くリアルなものだからかもしれません。その勢いで、残菊が散っていくのが見えるよう。心に残る不穏な困惑は、舞台の狙い通りなのかもしれないけれど、生身でもあります。


煮凝りの中に眠たき王都かな

この句も好きな句。煮凝りの中に何もあるはずがないのに、あの茶色い透明の塊に、まったりとした眠さと、どこか遠くにある想像上の王都を感じるというのが面白い。煮凝りという、これ以上なく日本的であり、庶民的なモチーフから生まれるファンタジーの世界観は、ジブリの一場面でもありそう、と思ってしまいました。


シルバニアファミリー狐火のあかちゃん

季語は狐火(冬)。狐火とは、冬の山の暗い道などに現れる小さな火の玉みたいなもの。鬼火や燐火も含まれるような。つまり、妖に近い不思議系季語です。そして、シルバニアファミリーのあかちゃん、それは世界でもっともかわいいものの一つ。世界で一番かわいい、狐火の誕生です。ナンセンスだけど大好きな世界観です。


バスボム果てラメあらはるる二月かな

バスボムというものは人から貰うにせよ自分で買うにせよ、入手した瞬間が喜びの絶頂であるアイテムだと思っています。そのバスボムに素敵な名前がついていたり、カラフルだったり、可愛い形をしていたり、いい匂いのものなら尚更のスペシャル感。勿体無くてなかなか使えないけれど、それがバスルームの棚に控えているだけで嬉しい。二度目の絶頂は、やっぱりお風呂に投げ込む瞬間。でもそれは、わくわくやドキドキの喪失も意味をするので寂しさも伴います。そのご褒美のバスタイムも終わり、二月の夜の湯も冷めて、ただラメだけを見ている静けさです。


遠火事の夜のたましひのおきどころ

今は慣れてしまったけれど、火事が冬の季語だと知った時には、けっこう驚きました。火事の句はあまり多くは目にしないですが、当事者の句は多分ほとんど見たことなくて、この句のように、火事を見ていたり、想像したりする句が多いように思います。
火事は怖くて、恐ろしいもの。誰かが今大変な恐怖を味わっているかもしれないし、人が無事だとしても家や資産が燃えてしまう辛さは想像をしても有り余ります。ただ……多分、真っ暗な夜の町に立ち上る日を見て、純粋に綺麗だと思ってしまう心もあるのかもしれない。遠いところから火事を見つめながら、その残酷の間で揺れる心を「たましひのおきどころ」と表したのが、この句の好きなところです。

実は、この句は、私が以前俳句から短編小説を書くと言う企画を試みていた時に、取り上げさせて貰った句でした。再録していたサービスがなくなってしまったので、改めてこちらに再録してみます。



他にも好きな句を五句ほど挙げます。

役柄の抜けぬ目つきや月朧
鐘霞む毒物学の書に付箋
硬きグミやはらかきグミ冬の山
初蝶は九分九厘まで粉であり
ビル解体掴み出される管と虹


「かわいい」という言葉は、人口に膾炙している割に、解釈や色相、解像度が人によって本当に違うなぁと思います。

「かわいい」を絶対的な陽として、モノや作品や人に対して呼吸をするように発する人もいれば、小さいものや幼いものに対してのみ発する人もいるし、「かわいい」に下にみられているような嫌悪感を覚える人もいたり、外見を表す言葉でもある故にジャッジされるようで苦手という人もいるし、まさにその評価軸だとしか思っていないような輩もいる。

「かわいい」と言われるのは嫌だけど「かわいい」ものは好きという人や、「かわいい」は、自分とは全く世界の違う話だから全く琴線に引っかからないという人もいる。一方で、全ての関係性に「かわいさ」を見出す人もいます。

個人的には「かわいい」は、かなり広くて、汎用性が高い言葉だと思っています。そして多くのものを包み込み、するっと心の奥まで滑り込ませる「かわいい」力のポテンシャルはもう少し正しく評価されても良いと思う。

箱森さんの句は「かわいい」ものが多いけど、ひたすら甘いわけではない。それどころか、毒っ気も垣間見える。でも読みにくさや、エグさはない。時にどこか素気なくもありつつ、なんと言うか、エモい。

「かわいい」世界の可能性を覗きたい方に、ぜひおすすめしたい箱森裕美ワールドです。


『鳥と刺繍』は箱森さんのBOOTHで直接購入が可能です。文庫本サイズで想定もとっても可愛いので、最初の句集としてはとても入りやすいと思います。おすすめです。

箱森さんの公式ホームページでも、作品を読むことができます。埼玉で俳句講座なども開かれているので、俳句を作ってみるほうにも興味がある方はぜひ参考に見てみてください。




以下は、蛇足になります。
BLの話題を含みますので苦手な方、興味がない方は読まないでくださいね。






『鳥と刺繍』は五つの章からなっています。
その第四章「Marshmallow」は、箱森さん曰く「関係性俳句」を多く含めたとのこと。この章がですね、完全に、私の嗜好にぐっさりと刺さってしまいました。

だって、これ、私が(個人的に)かつて愛した推したちの世界ではないですか……っていうか、これ……榎京(レンガ本の方の百鬼夜行シリーズの探偵×古書肆)じゃないですか……!?!?!?(突然CP名ぶっ込んでごめんなさいね!)

金屏風銀屏風探偵が来る
四肢ソファを少しはみ出し雪催
さむいから昔の呼び方で呼べよ
春の浜どこまで伸びる友の頬
俯いて避くる口づけ鳥雲に

『鳥と刺繍』箱森裕美

えっ。
えっ、泣いちゃう……。

9割以上の方は「突然何言ってるの?」って思われたでしょう。わかります。すみません、ご放念ください。あと、榎京が何だかはわかるけど、えーと地雷ですって方、すみません。忘れてください。本当に忘れてください。失礼しました。以上です。





さて、残り1割の方にむけて、箱森さんに許可をいただいた上で、有料記事でBL読みの記事を公開させていただく予定です。(有料はゾーニングの為です)

BLが苦手な方はもちろん、上記した特定の二次創作カップリングを思い浮かべた上での記事となりますので、該当カップリングが苦手な方は絶対に読まないでいただけますと幸いです。(公開しましたらこちらにもリンクを貼ります)

裕美さん、許可してくださり本当にありがとうございました!

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