【トイレデザインの挑戦②】 歴代デザイナーが語る「ネオレスト」ーーシンプルを極めた定番タイプの誕生
1993年、「タンクレストイレ」という全く新しいジャンルのトイレとして、従来のトイレとは一線を画する斬新なデザインをまとい、初代「ネオレストEX」が誕生しました。2000年代に入り、他社の参入も相まって、タンクレストイレ市場が広がりをみせ始めていました。
2006年、上面全てを便フタで覆った「フルカバーデザイン」により、お客様と建築設計者の両方のニーズに満額回答した「ネオレストA」ですが、社内の反応は必ずしも芳しくなかったといいます。
第2回目の今回は、2000年代から2010年代にかけてラインアップが拡充したネオレストのデザインについて、「ネオレストA」を担当した高橋泰を中心に話を聞きます。
聞き手:TOTO株式会社 広報部 本社広報グループ 桑原由典
2002年、ネオレストの進化が始まる
――ネオレストの進化は、初代「ネオレストEX」(1993年)をフルモデルチェンジした2代目「ネオレストEX」(2002年)から始まります。まず最初に、2代目の開発経緯を教えてください。
高橋: 初代ネオレストEXは、希望小売価格が40万円を超える[※1]、当時の最高級クラスのトイレでした。採用事例を見ても、お医者様や企業経営者などいわゆる富裕層の方が多かったですね。それほど数が出る商品ではなく、頻繁なモデルチェンジを求められるタイプの商品ではありませんでした。
その後、ウォシュレット[※2]に「ワンダーウェーブ洗浄[※3]」(1999年)などの新技術が開発されたり、今ではTOTOの節水便器の定番となっている「トルネード洗浄[※4]」(2002年、2代目ネオレストEXで初めて実装)の技術開発が進んでいたこともあり、モデルチェンジをすることになりました。
――モデルチェンジにあたり、初代のデザインから何を継承したんですか?
高橋: 低重心で、どっしりとした存在感。通常より一回り大きなサイズ感など、最高級トイレを印象づける基本的なコンセプトを引き継ぐことは、議論をまたずに決まりました。
初代ネオレストEXの特徴である、便器の「キャラクターライン」をどうするか? ラインが入っていないツルンとした便器も検討したのですが、「キャラクターラインも含めてネオレストEXだろう」ということになり、2代目のデザインにも採り入れることになりました。
橋田: キャラクターラインの向きが逆になったのが、面白いですよね。
高橋: モデルチェンジをした「刷新感」を出したかったのに加えて、便器の製造上、向きを逆にすることで、便器がより美しくつくりやすくなりました。
――どういうことですか?
高橋: 便器には1重と2重の部分があり、その境目に、わずかな歪みが生じやすいんです。キャラクターラインを逆にすることで、この境目のラインと合わせることができたんですね。
橋田: 2代目に私は関わっていなかったのですが、「1重と2重の境目をデザインでうまく処理したな」と思いました。
初代デザインは海外専用品へと継承
――2代目のネオレストEXから、海外でも発売されましたね。
高橋: 最上位モデルとして、海外で長く売れ続けました。日本国内ではその後、サイズを少しコンパクトにして、価格も少し安いラインアップを拡充していったのですが、ネオレストEXのサイズ感やデザインは、海外市場により適していたようです。
2代目のネオレストEXはその後、海外専用品として2013年にフルモデルチェンジし、名前も「ネオレストGH[※5]」となりました。初代からのキャラクターラインやサイズ感を継承しつつ、大きく変えたのはトイレ前方のデザインです。それまでの卵の尖った方のようなカーブではなく、「角丸」に近い形状にしました。
――角丸にしたのは、何か理由があったんですか?
高橋: 海外でネオレストが一番売れていた中国大陸の販売グループ会社から、「便座の座面を、できるだけ広くしてほしい」という要望があったんです。中国大陸では、「大きいものが高級品」とされる傾向が強かった。
橋田: 私がアメリカに市場調査に行ったときも、「大きくてゴツいものが高級品」という印象でしたから、一緒ですね。
海外市場も意識してデザインした初代ネオレストEXが、2002年・2013年と2度のフルモデルチェンジを経て、海外向けの高級モデルとして定着したことは、初代のデザイナーとしてとても嬉しいですね。
ネオレストの可能性を追求した「夢会」
――2000年代に入り、日本の他社からもタンクレストイレが発売されて、このジャンルでの競争が始まりましたね。
高橋: 初代ネオレストの発売から10年あまりを経て、他社からの参入も相まって、「タンクレストイレ」の認知も広まってきていました。このタイミングで改めて、「ネオレストの可能性を追求しよう!」という社内の機運が高まり、2005年9月に開催されたのが「夢会」です。
静岡県御殿場市の山中にある「TOTO東富士研修所」に、デザイナー、開発、商品企画、販売、研究に関わる社員が、若手からベテランまで16人集結しました。電話やメールなど、外部との連絡を全てシャットアウトして2日間缶詰になり、「あれができない、これができない」は一切言わないで、新しいアイデアをぶつけあいました。
橋田: 私も夢会に参加しました。高橋さんと同じチームでしたね。
高橋: 僕が一番下っ端でした。4チームに分かれてアイデアを出しあいました。最終的に僕らのチームが出したアイデアが、「ネオレストA」の商品化へとつながっていきました。
――ネオレストAの最大の特長である「フルカバーデザイン」は、夢会の時点で生まれていたんですか?
高橋: そうです。
橋田: 高橋さんのスケッチを見て、「これはイケる!」と思いましたね。
高橋: その時考えていたのは、「市場のニーズを満たしながら、全く新しい、インパクトのあるネオレストをどうやったらつくれるか……」ということでした。
トイレのデザインについて一般のお客様にヒアリングすると、「この溝にホコリが溜まりそう……」とか、「隙間が汚れそう……」といった意見が大半です。ご家庭でトイレを使う方にとって、デザインうんぬんというよりも、汚れがつきにくかったり、掃除がしやすいことが最大の関心ごとでした。
一方、建築設計者にヒアリングすると、「どうしてこんなにゴテゴテしているの?」とか、「もっとシンプルにできないの?」といった意見ばかり……。設計者の方にとっては、細部にまでこだわってデザインした建築空間を、そこに設置する器具のデザインで「邪魔されたくない」という意識が働くんです。
――高橋さんは大学でインテリアデザインを学ばれたので、設計者の意見に共感できる部分もあったのでは?
高橋: そうですね。
少し脱線しますが、水まわり器具には「名品」と呼ばれるものがあります。例えば水栓金具でいえば、アルネ・ヤコブセン[※6]がデザインした「Vola」(1968年)です。シンプルで機能的で、なにより洗練されているので、さまざまな建築空間に合わせやすい……。「世の中の水栓はこれだけでいいじゃん!」と、学生時代は思っていました。若気の至りです(笑)。
とはいえ、水まわり器具をデザインするからには、「Vola」のような名品に少しでも近づきたいという思いも当然あります。名品というとおこがましいですが、「定番」をつくれたら、デザイナーとして本望ですよね。
――現在のネオレストにも引き継がれている「フルカバーデザイン」の誕生には、そうした思いもあったのですね。
高橋: 当時は必死にデザインしていただけですが(笑)。
ネオレストの“顔”を変える
高橋: 設計者からの「シンプルに」という声、一般のお客様からの「汚れにくく、掃除しやすく」という声の両方に満額回答するにはどうしたらいいか……。加えて、どうやってインパクトのあるデザインに落とし込んでいくか……。
夢会で検討していた新しいネオレストは、グローバル展開も視野に入っていましたが、日本市場での競争力強化が最大のテーマでした。日本のトイレ空間は「08(ゼロハチ)間口」と言われる、間口80センチ程度が一般的です。狭い空間の中でトイレと正面に向きあうわけですが、その瞬間にインパクトを与えるには、“顔”を変えるしかないと思いました。
――なるほど。トイレの上面が“顔”なんですね。
高橋: 顔を思いっきり変えるためには、それまでのトイレに当たり前にあった「フタと機能部の線」を無くすしかない、と。
橋田: フタのヒンジを、トイレの一番うしろに持っていったんですよね。
高橋: そうです。そうすると、トイレ上面をフタだけで構成できます。
――シンプル、汚れにくく清掃しやすい、インパクトの3つが、「フルカバーデザイン」で実現できる……。
高橋: そうなんですが、技術的な課題がさまざまありました。当然ながらフタ自体が大きくなり、重たくなります。事業部からは、「こんなフタ、持ち上げられないよ」と言われました。モーターの力でヒンジを回転させてフタを開閉するわけですが、パワーの強いモーターにするとコストもあがり、ヒンジ周りもゴツくなってしまったり……。
でも、「ここを変えないと、それまでのトイレデザインの系譜を変えられない!」という強い意思を持って事業部の方に協力してもらい、フルカバーデザインが実現できました。
10年越しで実現した「一枚便座」
高橋: 当時のスケッチを見直すと、便フタだけでなく便座も後ろまで伸ばしていて、フタを開けても便座一枚だけで覆われているデザインでした。
――2017年に誕生したフラグシップモデル「ネオレストNX」の一枚便座のアイデアが、10年以上前に生まれていたんですね。
高橋: NXのデザインには直接関わっていませんが、10年越しで一枚便座が実現したと思うと、感慨深いですね。
でも当時、今と同じように「デザインエンジニア」がいたら、実現できていたかもしれません。2006年のネオレストAの時点で一枚便座の次元まで到達していたら、現在はどこまでネオレストが進化していたのか……。
橋田: デザインを抜本的に刷新するためには、アイデアに加えて、デザインを実現するための技術力=デザインエンジニアの存在がとても大きいですよね。
高橋: そうそう。橋田さんの時代もそうですし、僕がネオレストAをデザインしていたときも、デザイナー自身が奮闘してデザインエンジニアのような役割も果たすしかありませんでした。
“くぼみ”回避のため、生産現場で単独プレゼン
――ネオレストAから、便器のデザインも変わりました。キャラクターラインがなくなり、シンプルになりましたね。
高橋: 上から下までストンとまっすぐなので、「ストレート袴」と呼んでいます。極限までシンプルにしたフタと合わせるために、便器のデザインもシンプルにする必要がありました。
実は、この便器を実現するのが、一番苦労したんですよ。
――便器は焼き物なので歪みが生じやすく、まっすぐな形状がつくりにくいからですか?
高橋: それもあるんですが、衛生陶器の生産現場から、「この便器は、マテハン[※7]で持ち上げられない」と指摘されてしまったんです。大きなマジックハンドのようなマテハンで便器を移動させるのですが、ストレート袴だと引っ掛けるところがないので、「従来の便器のように、“くぼみ”をつくってほしい」と言われました。
「終わったな……」と、途方にくれたことを覚えています。
橋田: それまでのネオレストEXでは、持ち上げられたの?
高橋: 高級便器としてマテハンを使わない製造ラインだったので、なんとかなったようです。ネオレストAは、価格帯を下げて生産数量も増やすため、通常の製造ラインでつくる必要がありました。
――便器のくぼみには、製造上の理由もあるんですね。どうやってストレート袴を実現したんですか?
高橋: 便器にくぼみをつけるのは絶対に避けたかったので、生産現場に直接、説明に行きました。デザイナーは僕ひとりです。
橋田: すごい!
高橋: 工場の会議室に生産現場の皆さんに集まってもらい、パワーポイントの資料を投影しながら説明しました。ネオレストの存在意義から始め、市場状況も踏まえた全く新しいネオレストを投入する必要性、そのためには「ストレート袴」が必要……。
僕の説明を聞いたそばから、「これは、やらなければいけなんじゃないか?」とか、「マテハンをこうしたら、持ち上げられるんじゃない?」と声を上げてくれる方が出てきました。ストレート袴の実現にむけて、生産現場の方々の理解を得られたと思いました。最終的にマテハンを改良してくれて、ストレート袴の便器のまま、商品化することができました。
目利きからの高評価と、社内の低評価
――ネオレストAの反応はいかがでしたか?
高橋: 建築設計者だけでなく、デザイン専門誌の編集長など、デザインの“目利き”の方々にヒアリングへ行きました。デザインに否定的な反応は全くなく、「すごくいいね」と言ってくれる方がほとんどでした。
ところが、社内の販売部門からはネガティブな反応が多かったです。「TOTOらしくない」と……。特に、ショールームアドバイザーの方に顕著でした。
――そうだったんですか! 意外ですね。
高橋: そうした反応は、当然だったのかもしれません。
ショールームアドバイザーの方々は日々お客様と対面して、TOTO商品の魅力を伝えています。そのために、自社の商品を知り尽くし、愛し尽くしています。
ネオレストAの「フルカバーデザイン+ストレート袴」は、従来のTOTOのトイレデザインから一線を画するものでした。アドバイザーの方々からは、「冷たい感じがして、TOTOっぽくない」という声が多く寄せられました。それまでのTOTOのトイレは、曲線基調で、優しい印象のデザインだったので、無理もありません。社内から「TOTOらしくない」と言われたことは、ある意味で狙い通りだったと言えるかもしれません。
空間テイストに合わせてネオレストを選べる時代へ
――その後、ネオレストAH[※8]と対照的なネオレストRH(2009年)がラインアップに加わりました。
高橋: RHは、AHとは徹底的に逆のテイストを採り入れたデザインになっています。
橋田: 手がけたのは、女性デザイナー?
高橋: そうです。
橋田: 女性の感性が生かされたデザインだなって思います。
――ネオレストA(AH)に対して、ショールームアドバイザーから「冷たい印象」という反応があったことへの反動、という側面もあるんでしょうか?
高橋: そうした声も踏まえていますが、一番の目的は「空間テイストにあわせてネオレストのデザインを選べます」という、新しいデザイン提案をするためのラインアップ追加です。
「直線基調でクールなデザインのAH」「曲線基調で優しいデザインのRH」というラインアップは、モデルチェンジを重ねながら2022年まで続きました。
――2022年8月のモデルチェンジで、AHは「ネオレストAS」に、RHは「ネオレストRS」へと名前を変えましたが、デザインの系譜的にはつながっていますよね。
高橋: 「ネオレストA」から現在のASに至るまでにデザイン面では3回、モデルチェンジがあったのですが、デザインコンセプトが続いているのは嬉しいですね。
大塚: 世の中のプロダクトで、ここまで「顔」を変えずに続いているものは、珍しいですよね。
――まさに、ネオレストのなかの「定番」タイプになっていったんですね。
高橋: そう言えるのかもしれません。モデルチェンジをするタイミングで「刷新感」を求められることが通例なのですが、デザインを大きく変えずに“熟成”させるというのも、良い考え方だと思います。
ただ、熟成した定番商品だけでは、デザインの進化が止まってしまいかねません。ネオレストAの系譜とは異なる新タイプとして、大塚さんが手掛けた「ネオレストLS」(2022年)の登場が、ネオレストのデザイン進化にとって必要だったんです。