新卒のワトソン4 前例のないグループディスカッション①
第二話 前例のないグループディスカッション
⑴
た、探偵派遣会社!
私の想像を簡単に上回ってきた。就活サイトでもそんな会社の募集は見たことがない。というか「探偵派遣」というワードにそもそも馴染みがなさすぎる。何だろう。「探偵」というワードが出た途端、一気にこの会社が怪しく思えてきた。
うっちーや木暮さんや麻倉さんも同じ気持ちなのだろう。表情からは驚きが伺える。
「普通の会社とは全く異なっている探偵派遣会社だからこそ、さっきの茶番とグループディスカッションの繋がりが見えてくるだろ」
「どういうこと?」
「よく考えてみろよ。このビルはテナントの入っていない貸会議室メインのビルだ。無論、セキュリティなんかに重きを置いていない。さっき俺達が入ってきたように、誰だってビルの中に入って来れるんだ。
そんなビルの中であんなアナウンスが流れると思うか。注意喚起を促すアナウンスなんて天変地異が起こった時くらいのものだろ。
百歩譲って不審者がビル内に侵入することをアナウンスするにしても、あのアナウンスは有り得ない。『侵入者が出たからビル内の人間は警戒してください』? 公式なアナウンスならそんな曖昧な指示は出さないし、ビル側が対処としてどうするかを言うはずだろう。例えば『警察に連絡致します』やら『警備員の巡回を強化します』と言ったようにな。
アナウンスはその侵入者の耳にも届いているはずだから牽制するためにも普通はそうする」
言われてみれば……。
何も考えていなかったがそうやって説明されると確かに不自然だ。
「それに加えてもう一点。面接官の行動がおかしい。何故、あのアナウンスを聞いてこのビルとは何の関係もないプラリアの面接官が外に出る必要がある? この部屋は鍵も掛かるし、内線で管理人室に電話することもできる。いわば安全地帯だ。面接を続けるかどうかは置いておくにしても、わざわざ出て行く理由はないだろう」
「えっ? 様子を見に行ったんじゃないの?」
うっちーの言葉に『ガクシャ』は再び溜め息をついた。
「『様子を見に行く』必要がないだろうって言ってるんだ。不審者がビルに侵入したと言うアナウンスを聞けば、共用部のどこに侵入者がいるのかわからない。部屋を出ればその瞬間不審者と出くわすかもしれない。危険であり、メリットは何もない。プラリアの面接官に外の様子を見に行く意味はないんだよ。ただ別の目的のある場合を除いては」
「別の目的って何なわけ?」
今度は木暮さんだ。声には棘がある。『ガクシャ』の物言いが癇に障るのだろうか。
「自発的なグループディスカッションの促進だ。ここまでの話の流れから大体察しろよ。面接官が出て行き、就活生だけの状況を作り上げる。そこで就活生が自らこの状況の違和感を読み取り、議論を開始し、答えを導き出す。求められているのはそこだ。プラリアが探偵派遣会社という事を頭に入れておけば、そう不自然な状況ではないだろう。
もし面接官が戻って来ないことに違和感も持たず、ここで三十分ぼーっとしていたならその時点で全員仲良く失格だろうな。そんな鈍感で呑気な人間に探偵が務まるはずがない」
何だそれは! 難易度高すぎるだろ!
私の場合、プラリアが探偵派遣会社っていうことを知っていたとしても、そんな発想には絶対に行き着かないと断言できる。
そこまで考えてふっと頭に不安がよぎった。
「えっ、それってもしかして……」
「察したか。つまり、既にグループディスカッションは開始している」
やっぱり!
一気に場がざわめく。制限時間は三十分だった。月野さんが部屋を出て行った時間は正確には分からない。恐らく十分程前だろう。残り時間は二十分。
「やべーじゃん! もう二十分しか時間ないじゃん! 早く話し合い始めないと! ……で、テーマは何?」
「ここまで来てまだわからないのか。お前らは議論せずとも初めから失格決定だな」
『ガクシャ』が下卑た笑みを浮かべた。
「テーマは『就活生になりすまして私達の中に紛れている侵入者は誰だ』ね」
その時はっきりとした口調で言ったのは麻倉さんだった。
『ガクシャ』は一瞬沈黙し、へえと呟いた。
「察しが良い奴もいるじゃないか。どうしてそう思った?」
「推論を重ねていけばわかるよ。今日このビルはプラリアの貸切。これは月野さんが言ってた。
君の言う通り、さっきのアナウンスは根本から不自然。
でも今日このビルをプラリアが貸し切っているという前提で考えると、一つ可能性が浮かび上がる。あのアナウンスは私達のために用意されたもの。
つまりアナウンスはこの就職面接における一つの構成要素であるという可能性が高い」
私は呆然としていた。麻倉さんの言っていることは理解できる。なるほど、と思う。しかしそこに至る頭の回転は理解できない。私だったら……いやどう考えても、逆立ちしてもそんな発想は生まれない。
麻倉さんの横顔を見る。口を開けて涎を垂らしていた数時間前からは想像もつかない精悍な表情をしていた。元々の美貌もあいまってオーラが凄い。まるで芸能人かモデルみたいだ。
「『用意されたもの』であると考えれば、今度はアナウンスがなぜ用意されたのかを考えなければならないね。月野さんを部屋から退出させるための口実かな? それならばわざわざアナウンスを流す必要はないよね。電話が掛かってきたフリでも『あっ、やらなきゃいけないことを思い出した』って言っても構わない。私達の中にそこを咎める者はいない。
じゃあ何故アナウンスだったのか? アナウンスであることで得られる結果とは何か?
恐らく答えは『私達にも聞かせる』ため。普通に考えて館内放送ってのはそういうものだし、そう考えて良いと思う。
じゃあ続いて何故聞かせる必要があったのか、という疑問に行き着くよね。わざわざ聞かせるということはアナウンスの内容に意味があると考えられる。
アナウンスは私達のグループディスカッションのために用意された。
アナウンスだったのは私達にも内容を聞かせるためだった。
この二点を結びつければ、『アナウンスの内容がグループディスカッションに関係している』と推察できるよね。肝心のその内容はこのビルに侵入者がいるというものだった。
ここからは想像力を存分に生かして、グループディスカッションに関係しているということはテーマかな? と考えてテーマということはイコール答えを求めることだから、アナウンスの内容から答えを求めるならば『侵入者の正体』かな、って思って。ああ、もしかするとこの中に偽物の就活生がいるのかな、って」
私は途中から『ガクシャ』の顔しか見ていなかった。いや、勿論麻倉さんの話はちゃんと最後まで聞いて最後まで理解したけど、それよりも『ガクシャ』の表情の変化が面白過ぎたのだ。
初めは余裕たっぷりの表情だったが、麻倉さんが順序立てて答えへ向かって行くうちにどんどん彼の表情は暗くなっていった。
さっきまで自信満々に突き出していた前歯も心なしかどんどん頭を垂れていくようだった。きっと自分だけが行き着いたはずの真実を他にも理解している人間がいたことがショックだったのだろう。
中学生の頃、調理実習に向けてハンバーグ作りを練習していたが、当日実は同じクラス内にシェフの息子がいることがわかり、一気に全てのアドバンテージを奪われ生気を失っていた男子がいたが、まさにその状況を思い出す。
しかし途中からまた前歯が前方を向き始めた。何故だと思って表情を見ていると、彼はにやけていたのだ。
もしかすると麻倉さんの話の中に矛盾点を見つけたのだろうか? しかし、よく観察して見るとどうやらそういった悪意の滲んだにやけ顔ではない。前歯と一緒に鼻の下も伸び始め、眉も下がり始めていたから。
もしかしてコイツ、麻倉さんに惚れた?
思っている所でちょうど麻倉さんの話が終わった。『ガクシャ』が顔の緩みを正す。
「このグループディスカッションのテーマは今、ゆめみの言った通り――」
「ちょっ!」
思わず声が出てしまった。
「いきなり呼び捨てはないんじゃないですか? 下の名前で呼ぶのも馴れ馴れしいと思いますよ。あくまでここは就職活動の場であってプライベートの場じゃありませんし、そういった分別は弁えるべきだと思います」
先程までとは一転、彼の表情が怒りを帯びた。
「時間がないんだ。無駄話をしている暇はないんだよモブ」
モ……モブ?
なんとなく意味はわかる。群衆とか脇役とかそんなニュアンスだろう。頭にくるけど、『時間がない』と言う言葉でなんとか怒りを抑え込んだ。
「と言うことでテーマは『この六人に中に紛れこんだ侵入者を見つける』だ。時間はおよそ残り十五分ってとこだな」
やっと場に就職面接特有の緊張感が漂い始めた。しかし普段よりも難易度はかなり高い。この中に紛れている偽物を探す? 一体、どうやって?
その時、これまで一言も喋っていなかった草食系が手を挙げた。
「そ、それじゃあまず自己紹介から始めていきましょうか。私の名前は津古九十九と言ってこの――」
「うるさいモヤシ。時間の無駄だ。名札を見りゃ分かることだろう」
ぴしゃりと『ガクシャ』が一蹴した。
津古さんは驚いてすぐに肩を落として項垂れた。かわいそうな津古さん。でも確かに今は時間がない。自己紹介なんていう通常のセオリーは無視していいかもしれない。
私はさっきから自信たっぷりに会話を主導する彼の考えを聞きたいと思った。彼の名前は『金田一太郎』とある。
「キンダイチタロウさんでよろしかったですかね。キンダイチさんは……」
「おい!」
途端に彼は激昂した。
「この名札をよく見ろ! どこに『キンダイチタロウ』だなんて書いてやがる? お前の目は節穴か!」
よく見てみると『金田一太郎』ではなく『金田一郎太』と書いてある。
「あっ、失礼しました。えっと、キンダイチ――」
「キンダイチじゃあない! カネダ! イチロウタだ! ちゃんと覚えろモブ!」
なんて紛らわしい。先日本屋で『金田一』という名前を見かけていたせいもあるだろうが、それにしたって引っ掛けみたいな名前だ。
それにしてもさっきからモブモブって。私にだって名前はあるのに。
「ああ、すみません。金田さんですね。ちなみに私の名前は花村富和と申します。金田さんはどう思われますか」
「ふん、俺はとっくに答えに行き着いている」
「えっ」
「まじで? 偽物は誰なんだ?」
うっちーが興奮したように金田の肩を叩いた。金田は相変わらず余裕たっぷりの表情でニヤニヤと笑う。
「言ってもいいが……いいのか? 俺がここで答えを言えば、この議論において何の活躍もしていないお前ら四人は落ちたも同然だぞ?」
金田はうっちー、私、木暮さん、津古さんを指差した。麻倉さんだけは飛ばしていたが、先程ちゃんと理論立ててテーマに至る推理を披露していたのだから納得はできる。
私はまだ何も出来ていない。
考えなくちゃ。私は精一杯頭を働かせる。
この中に偽物がいるとすれば、その偽物をどうやって見分けることができるだろう?
その時、私は閃いた。おそらく一発で偽物を見つけられる方法を。
「私、わかりました」
手を挙げると金田がほう、と腕を組んだまま唸った。
「へえ。じゃあ言ってみろ。偽物は一体誰なんだ?」
「まだ偽物は分かりません。私は偽物がわかる方法を思い付いたんです。みなさんに学生証と身分証を出してもらうんです。そうすれば偽物は一目瞭然だと思いませんか!」
「モブはやっぱりモブだな」
えっ。
硬直する私に金田が指を差した。
「だったらお前から見せてみろよ。学生証」
「あ、はい。いいですよ。私は偽物なんかじゃありませんし」
そして財布を出そうと思って初めて気が付いた。財布は鞄ごと隣の控え室に置いてきている。他のみんなも同様だ。
「向こうの部屋に置いてきてました……」
「そんな猿知恵はプラリア側もお見通しってことだ。だからわざわざ私物は別の部屋に置かせたんだ」
くっそ! 腹が立つけど私の考えが間抜けだったのは否めない。筆記用具以外は全て控え室に置いてある。所持品で偽物を炙り出す方法は使えないということか。
「まじかー。俺もふーちゃんの案聞いて『これだ!』って思っちゃったよ。でもそれが駄目なんだったらどうすりゃ偽物がわかるんだ?」
うっちーがお手上げのポーズをとって頭を抱えた。
この六人の中に偽物がいる。一体、誰なのだろう。
まず私は私自身が偽物じゃないことを知っている。残り五人。
そして麻倉さんも偽物じゃないはずだ。電車の中で私が起こさなかったら遅刻していたのだから、この面接のために用意された仕掛け人だとは考えづらい。
あと四人。ここからは絞れない。
「でもそれじゃあどうするの? もう時間もないのにどうやれば偽物がわかるの?」
木暮さんも項垂れる。津古さんも何も言わずに周りを見渡している。麻倉さんは親指を唇に当てながら、何かを思案しているようだ。
つまり私達にはお手上げだということか。悔しいが金田の推理に頼るしかないようだ。
私達の視線で察したのか金田が笑う。
「もうギブアップ? いいのか? ま、仕方ないか。思考能力の低い奴らに考えろなんて言っても一生無理だろうしな。お前ら四人には一生かかってもわかんないだろうよ」
うっちーが「ひでぇなぁー」と笑う。木暮さんは明らかに金田を睨みつけている。
「で、ゆめみは? 何かわかったか?」
相変わらず馴れ馴れしいゆめみ呼び。やめるつもりはないらしい。明らかに麻倉さんを気に入ってる。
「うーん。ちょっと考え中だから、金田さん先に話してもらってもいい?」
麻倉さんが姿勢を崩すことなく言うと金田はお待ちかねと言った表情で話し始めた。
「先に、っつっても俺が話したらもう解決しちゃうんだけどな。まぁゆめみはさっきちゃんと推理を披露したから落とされることはないだろう。残り十分少々ってとこか。少し早いけど終わらせるぜ」
自信満々な表情で私達の顔を一瞥すると金田はさらに続ける。
「まずはどうやって偽物を見つけるべきか、ってところから話すべきか。これは単純な話だ。ここに集まっている偽物以外の人間の共通点ってのはなんだ? わかるかお前」
振られたうっちーはむむ、と唸った。
「偽物以外の共通点? うーん。何だろう? 偽物じゃないわけだから……みんな正直者とか?」
「じゃあお前、生まれてから一度も嘘ついたことないっての?」
「いや、ついたことはあるね」
「じゃあお前が偽物なの?」
「あ、違うね。言われてみれば間違ってるね」
「馬鹿かお前。もうちょっと頭を使え。俺たちは何のためにここに集まったんだ? それが共通点だろうが」
流石に鈍い私でもわかった。
「そっか! 本物の共通点は『プラリアを受けにきた就活生』だって事ね」
「猿知恵モブでも流石に理解できたか。そうだ。つまり端的に言えば、本物と偽物の違いは就活生かそうでないかということになる。簡単だろう。この中で就活生じゃない奴を見分けることができればそいつが偽物なんだってことなんだから」
なるほど。大口を叩くだけあってやはり金田は頭が良いのだろう。しかし……。
「私もさっきそれを思い付いたんだよ。だからこそ身分証とか学生証とかで見分けられるかなって思ったんだけど、その方法は使えなかった。他に就活生とそうでない人間を見分ける方法なんてあるの?」
「お前の言った方法は就活生を見分ける方法じゃあねえだろ。身分証やら学生証やらってのは年齢や身分を示すものでしかない。逆に言えば、偽物が学生証を持っていて俺たちと年齢が近ければ本物と見なされるってことだ。偽物か本物かのポイントはそこじゃない。就活生かどうかなんだ。就活生の特徴から頭で考えてみろよ」
就活生の特徴? 頭の中に自分自身も含めた就活生の特徴を描き出してみる。真新しいビジネススーツに身を包み、初々しい表情をしており、姿勢が良い。
だめだ。どうでも良いようなことしか浮かばない。そんな特徴では本物と偽物は見分けられないだろう。
「まぁ、簡単なところでいくと身だしなみだろうな。就活生ってのは面接を受ける上である程度風体に制約を設けられる。例えば普通の就活生なら髪を染めたりしないわな」
「ぎくっ」
うっちーが大袈裟に声を上げた。
「お、俺の髪は生まれつき明るめだから。染めてるわけじゃないよ? 嘘じゃないよ?」
「狼狽えるなアホ。俺は面接官でもなんでもないし、それだけが偽物を炙り出す決定打ってわけじゃねえ。身だしなみって大きな部分に髪色という一つの要素が含まれているってだけだ。
身だしなみで言えば他には化粧か。男にはないが、面接の時に派手な化粧をしてくる奴はいないだろう。
あとはスーツに靴。就活生と社会人の大きな違いはスーツを着る頻度だ。面接の時くらいしかスーツやビジネス靴を履かない就活生は比較的スーツや靴が綺麗な傾向にあるだろうな。まず汚れた衣服で面接に行こうという就活生もいないと思うが」
おおよそ私が思い付いた内容と変わらないようだ。その理論から行けばうっちーは髪も明るくてスーツも派手だが……。
「あとはそうだな。就活生特有の気負いっていうのか。就活生は内定って言葉に敏感になる。内定通知の手段である電話の着信とかにもな。ましてや最終面接を受けたあとになればひとしおさ」
確かに。私も手応えのある面接の時は電話が鳴るたびに跳ね上がっていた。内定の通知というのはいつ来るかはわからないのだ。最終面接から一週間経つ頃には携帯とにらめっこしながら一日を終えることもざらにある。
「そんなとこだろう。
じゃあここで木暮さんに質問だ。
どうしてあんたは最終の結果待ちを三社も抱えている状態で、携帯の着信に顔色一つ変えないんだ?」
突然の名指しに全員の視線は木暮さんに向けられた。木暮さんは驚いた表情で硬直している。
「さっき携帯の着信音をわざと鳴らして全員の反応を見せてもらったんだ。大体の奴らが携帯を取り出して確認する中、あんただけは顔色一つ変えず携帯すら取り出さなかった。内定の結果待ちを三社抱え、他人より着信音に敏感になっているはずのあんたがだ」
全然見ていなかった。先程の着信音は金田がわざと鳴らしたものだったのか。通りで謝る気配もなかったはずだ。いや、一言くらい謝れよ。
「な、何言ってるの? 私は面接の時はちゃんと携帯の電源を切っておくの。だから私の携帯は元から鳴るはずがないのよ。その状態で焦るわけがないでしょう?」
「へえ。まあ、もっともな反論だな。
だったら今ここで携帯を出して見せてくれよ。
『電源を切っていたから反応しなかった』という反論はつまり、あんたが今携帯電話を身につけているってことだよな。
控え室に置いてきたんだとすれば、まずは『この部屋に携帯がない』ことを持ち出すはずで、そんな反論の仕方はしないはずだもんな」
木暮さんの表情が強張る。しまった、と頭の中で思っているように見えなくもない。
「どうした? 早く見せてくれよ。持っているはずだろう? それともなんだ? 携帯を出せない理由でもあるのか?」
容赦なく追い討ちをかける金田に木暮は渋々、懐から携帯を取り出した。
机の上に置かれたそれはいわゆるガラケーだった。まぁ、なかなか最近見かけないが絶滅したわけではない。スマホが苦手でガラケーを愛用している人も少ないがいることはいる。
ただ金田は得意げに携帯を持って高く掲げた。
「出すのを渋ったのはガラケーだったからか? 渋るってことは自分でも何となくまずいって思ってたってことだよな?」
「ちょ、ちょっと待って。ガラケーだったら何がおかしいの? ガラケーを持っているから偽物だっていうのは流石に飛躍しているんじゃないかな」
私が言うと、金田はきっと睨みつけてくる。
「理解力が低すぎてイライラするけど、まぁこういう奴がいるからこそ探偵役の怜悧な部分が生きてくるんだよな。我慢して説明してやるよ。さっきグループディスカッションが始まる前、お前が始めたくだらん雑談の内容を覚えているか?」
「いや……ちょっと内容までは覚えてないけど」
「あの時、こいつは確かに言った。『私、結構新しいもの好きで』ってな。新しいもの好きを公言するような女子大生が今時ガラケーを使ってるなんて、矛盾してるとは思わないか?」
言っていたような気もする。そして確かに違和感もある。だけど……。
「確かに言われてみればおかしいような気もするけれど。でも、その矛盾がどうしたの?」
「ああ?」
しまった、と思った時にはもう遅かった。私の言葉に金田が噛み付いた。
「この偽物を探している場で矛盾してるってことがつまり疑う余地があるってことだろうが! 嘘をついていたってことは偽物に近いってことじゃねえのか? それともお前は他に怪しいやつがわかるってのか?」
一気にまくし立てられて私は何も言い返せなかった。
そこまで怒らなくてもいいじゃないか。ただ「新しいものが好き」と言った後にガラケーを持っていただけで怪しいっていうのは話が飛びすぎているような気がしただけなのに。
「私がいつ嘘をついたのよ! 私は確かに新しいものが好きだけど、携帯電話には特に興味ないの! 最新機種は高いし、バイト代じゃなかなか賄えないから節約のために安いガラケーを使っているだけ。たかがそれだけで犯人扱いされちゃたまったもんじゃないわよ!」
ごもっともな意見だと私は思う。新しいもの好きな人間の全員が全員、身に付けるアイテムを全て最新シリーズで揃えるわけではないだろう。
「お前が余計なこと言うからだぞ」と言わんばかりに金田が私を睨みつけた。しかしそれも一瞬で咳払いをして再度口を開く。
「それだけじゃねえ。あんた、手をこっちに見せてみなよ」
木暮さんが手を開いて机の上に乗せた。キラリと指先が光を反射した。さっきチラリと見えた輝き。その正体は爪だった。
「その爪、どうしてそんなにキラキラしてんのかな」
「どうしてって……。ジェルネイルをつけてるからよ」
「はい! お前らみんな聞いたな? 言質取ったぜ!」
ぽかんとする私達に金田が笑みを向けた。
「ゲンチ? ゲンチって何? ゲンキ? 今なんて言ったの?」
首を傾げるうっちーに、金田は苛立ったように頭を掻いた。
「日本語なんざどうでもいい! ネイルを付けてんのがおかしいって言ってんだよ。就活生がネイルを付けて面接に臨むわけがないだろう。つまりお前は偽物だってことだ」
「いや、ネイルを付けている就活生だっているよ。派手な色をしたマニキュアやらってのは流石にいないけど、ジェルネイルとかってオシャレだけじゃなくて爪の補強の意味合いで付ける人だっているし、薄い色であれば問題はないはずだよ」
木暮さんのネイルは透明に近いピンクだった。何も付けていない爪に比べれば、光を反射するので目立つ。でもラメも入っていないから肌には馴染んでいるし就活生の外見を逸脱するほどではない。
身だしなみについては就活サイトで一番初めに学んだ。女性は特におしゃれの自由度が高いから、ネイルは無論化粧やヘアスタイルやピアスやら、何がOKで何がNGかをきちんと把握しておく必要があるからだ。私はネイルは付けないけど、派手でなければ問題ないとサイトには書いてあったはずだ。
「そうよ。正直に言っちゃえばネイルに結構凝ってるからおしゃれとして付けてんの。就活するからって何も付けてないのは嫌だからさ。でも私だって花村さんみたいにちゃんとネットで調べたし、就活課の職員さんにも確認してこのくらいの色なら問題ないでしょうってお墨付きをもらったんだからね。ネイルが原因で偽物だなんて、納得できないわよ!」
木暮さんも強気で言う。私が木暮さんだって同じことを言うだろう。そこで私は金田に目を戻した。
金田はあからさまに苛立っていた。歯をぎりぎり食いしばりながら血走った目で私を睨みつけている。え? 私が悪いの?
「それだけじゃねえ……。あんたスーツのサイズが結構きついみたいだな。就活が始まっておおよそ半年。就活始めにスーツを買ったんだったらそんなにきつくはならないだろう。
さっきの人事の人間を見る限り、このプラリアって会社はビジネスカジュアルで過ごしていればいいらしい。
あんた、実はプラリアの社員じゃないのかい?
今日に合わせて普段は着ることのない何年も前に使っていたスーツを引っ張り出してきた。だからサイズがきつくなってる。どうだ? 俺の推理は間違ってるか?」
「失礼ね! 別に自慢するようなことでもないけど、私は就活二年目なの! 去年買ったスーツを今年も着てるから多少サイズが合わなくなってるのよ! 悪い?」
木暮さんの逆鱗に触れてしまったようだ。金田は愕然とした表情で黙り込んだ。
結局金田は木暮さんを偽物として、色々な疑念を挙げてきたがどれも決め手と呼ぶには程遠い。
しばらく黙った後で何故か金田は私の方に矛先を向けた。
「おいモブ! さっきから聞いてれば俺の推理を否定してばっかりじゃねえか! 今この状況はなぁ、フリータイムの殺人事件の捜査じゃねえ。制限時間付きのグループディスカッションなんだぞ。正しい答えへの道順なんてのは準備されているかどうかわからねえ。偽物を暴き出す証拠だって存在してるのかわからねえ。そんな状況下でしかも制限時間があるとくれば、ある程度状況証拠で話を進めるのは仕方のない話だろうが!
それをなんだ? お前は? 『ガラケーだから犯人って証拠不十分にも程があるよ』だの『ジェルネイルは女の子の必需品だから付けていることがイコール偽物にはならないよ』だの『ゲンチって何?』だのグチグチグチグチグチグチ……。
そんなに言うんだったらお前が推理してみやがれ。人の推理を批判するってことはお前にはそれなりの考えがあるってことなんだろうが! なぁ!」
金田が凄い剣幕で机を叩いた。鈍い音が室内にこだまする。
ちょっと待ってよ。私は別に自分に考えがあるから否定していたわけではない。意見も出さずに悪いとは思うが、やはり彼の推理に納得がいかなかっただけだ。あと『ゲンチって何?』と言ったのは私じゃなくてうっちーだ。
自ずと全員の視線が私に集中する。私はその視線の一つ一つを掻い潜って天井の左隅に視線を固定する。私には何も考えはありませんよ、という私なりの意思表示だ。だって凝視されても出ないものは出ない。そもそもこのグループディスカッションのテーマが難しすぎるのだ。こんな議題での討論は経験したことがないし、いきなりやれと言われてもできるはずがない。
時間は残り僅か。グループディスカッションにおいて一番いけないのは沈黙だ。かと言ってここで切り出すような言葉はない。みんなが求めているのは全てを解決に導く名探偵の言葉だけなのだから。
「……金田さんの推理が終わったみたいだから、今度は私が話してもいいかな?」
沈黙を切り裂いたのは麻倉さんだった。慌てて視線を天井左隅から引き剥がし、麻倉さんに向ける。
「麻倉さんも何か考えがあるの? 是非、お願いします」
私が自分の手にあるバトンを渡すように頭を下げると麻倉さんは真剣な顔つきで頷いた。本当に電車の中で会った時はまるで別人だ。
「それじゃあ、残りちょっとの時間貰うね。まず皆さんにいくつか質問をさせて欲しいです。このビルに着いて、この部屋に来るまでに寄り道した人はいますか? 皆さんこのビルに着いて一階で月野さんと会った後に控え室まで直行しましたか?」
全員が頷いた。つまりビルに着いたと同時に控え室に来たということだ。
「ありがとうございます。それじゃ次は金田さんに質問です。金田さんはどうやってこのビルまで来られましたか?」
「このビルまで? 最寄りの駅からタクシーだな」
「それはこのビルの門の外まで?」
「ああ、そうだ。門の中に車が進入できなかったから、門の外で降りてビルの入口までは歩いて来たな」
「駅からの移動中、雨は降っていましたか?」
「朝は降ってなかったけど、家を出てからここに来るまではひっきりなしにずっと降っていたな。それはここにいる全員が知ってるだろう」
「本当に一度も止んでないですか?」
「止んでないな。むしろどんどん雨は強くなっていった。電車の中でもタクシーの中でも基本は車窓から外を見ていたからな」
そこまで聞くと麻倉さんはふう、と一息ついて「ありがとうございます」と頭を下げた。何のための質問なのか見当もつかない。
「それでは肝心の本題に入らせてもらいますね。金田さんが言ったように今回のようなケースではまず『偽物と本物の違い』を考えなくてはなりません。金田さんはその違いを『就活生か否か』と絞り、そこからの推理を構築してきました。私も初めは金田さんと同じように考えてました。ただ富和ちゃんの言ったようにそこからでは決め手に繋がらない部分も多かった。そこで私は別の『偽物と本物の違い』を考えなければならないと思いました」
別の違い。
一体、何があるだろう。『就活生か否か』はわかり易かったが、他の違いは頭に浮かばない。やっぱり私に推理は向いていない。
「私が考えた『偽物と本物の違い』を話すにあたって、前提の推理を話しておかなければいけません。
まず私が考えていたのは偽物の今日一日の行動です。偽物と本物はそもそも目的が違うと考えられます。だから行動がどこかで決定的に違っているんじゃないか、と思ったんです。
そう考えているうちに私は一つの違いを見つけました。偽物はつまるところ仕掛人。イコール月野さんと同じ立場だと考えられます。だとすれば私達とこの面接の仕掛人とで違いが生まれてきます。それは一体、何でしょうか?」
全員思考はしているようだが、返事はしない。金田も鼻を擦りながら麻倉さんの次の言葉を待っているようだ。
「ヒントになったのは私と富和ちゃんの朝の道中でした。今日私はここに来る最中、電車で居眠りをしてしまい、寝過ごしてしまうところでした。そこを偶然同じ電車に乗り合わせていた富和ちゃんに助けてもらったんです。結局、電車は次の駅まで行ってしまいましたが、富和ちゃんの的確な判断で何とか遅刻することなくこの会場に来ることができました」
「花村さんのお陰でここまで来れたのね。で、それがどうしたの?」
先程まで偽物扱いされて不機嫌だった小暮さんも何とか持ち直したらしい。口調は最初の頃に戻っている。
「私達が来た時、月野さんはビルの入口で待っていました。しっかりした服装でちゃんと私達が来るのを待ち構えていたんです」
「それは当たり前じゃない? 面接官だから就活生が来るより早く会場に来て準備しておかなきゃならないでしょう」
「そう、当たり前のことなんです」
言って麻倉さんは私の耳元で囁いた。
「ね、富和ちゃん。私の言いたいことわかる? 月野さん然りこの面接を仕掛ける立場の人間だったら私達とは違う部分があるよね?」
結論の部分で急に振られて私は戸惑った。しかし、ここまでの麻倉さんの話を勘案すれば、私にも言いたいことは何となくわかった。
「……偽物は仕掛人。仕掛人はイコール月野さん達と同じ立場。そして月野さんは私達就活生をこのビルで待ち受けていた。つまり、偽物も私達をこのビルで待ち受けていた?」
「すごい富和ちゃん! ナイス推理!」
綺麗に御膳立てしてもらってナイス推理も何もないと思うが。そう思いながらも私はどこか少し嬉しかった。
そこから麻倉さんが話を繋ぐ。
「仕掛人は私達と同じ時間にこの会場に来る必要はないんです。私がやっちゃいそうになったみたいに居眠りすることもあるかもしれないし、何らかの不可抗力で会場に辿り着けなくなるかもしれない。だから偽物は私達より先にこの会場に来ていたと考えられます。これが私の推理を構築するための前提となる推理です」
「待てよ、ゆめみ」
そこで金田が口を開いた。数分前までずっと会話を主導していたせいか、声を聞くのがかなり久しぶりに感じる。個人的にはこのまま終了まで黙っていて欲しかったが、やはりそういうわけにはいかないらしい。
「確かにその推理は筋が通っているだろう。でもな、俺の推理だって筋は通っていた。その推理を崩したのは土台を支える根拠さ。そこのモブ野郎がしつこく根拠ばかり求めやがるせいで……」
「ちょっと待ってよ! 別に私は普通のことを言ったまでで――」
「探偵が話してる時に口を挟むんじゃねえ! お前はモブだっつってんだろ!」
やっぱり私にだけ当たりが強すぎないか。
私を睨みつけグルル……と肉食獣よろしく唸りながら金田は「つまりゆめみの推理にも根拠が必要となる」と言った。
「勿論、それはわかってるよ。金田さんの推理が根拠を原因に否定されたんだから、私の推理にもそれが求められるのは当然のこと。だから前提となる『偽物は私達よりも先にこのビルに来ていた』という推理にも根拠が必要。ただ、私のこの推理は前提だけじゃなくて偽物を特定するための結論でもあるんだよ。この推理の結論として犯人に辿り着くことができればそもそもの推理の根拠は必要ないよね?」
「そうだな。犯人が導き出せて、そこに誰もが納得するなら問題ない」
腕組みをして頷く金田を見て麻倉さんは言葉を続ける。
「では、続きを。私達が会場に着いた時、月野さんは言ったんです。『あなた達が一番乗りだから』って」
――二人とも一番乗りだから、他のみんなが揃うまで控え室の方で待機して貰ってていいかしら?
確かに月野さんが言ったことは私もうっすらと覚えていた。
「つまりこの六人。
正確には私と富和ちゃん以外の四人の中に初めからこのビルにいた人がいればその人は偽物だってことになると思うんだ。最初にさせてもらった質問でみなさんは『一階で月野さんと会って寄り道せずにこの控室まで来た』と答えていたからね。主張の上ではみなさん集合時間に合わせてこの場所に来たと言っている。みなさん、異論はありませんか?」
言葉を挟む者はいなかった。
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