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[虚々実々] 迷子の人生

子どものころから、迷子になるのが得意だった。

例えば母に連れられてデパートに行く。

買い物に夢中になっている母を横目に、ぼくは周りのあれやこれやに気を取られて、いつの間にか歩き出している。

気がつくと母から離れて一人ぼっちになっているが、寂しいと思ったことはなかった。一人でいるほうが気持ちが落ち着くくらいだった。

そうしてデパートの人に保護されて、やがて母がやってくる。

母は「まあ、この子ったら困ったものね」とでもいうような顔をしてぼくを見る。

ぼくは何を言えばいいのか分からず目をそらす。

母はデパートの人に「どうもすみませんね」と丁寧にお辞儀をする。

そうして母に手を引かれて家に帰るのだった。

大きくなってからも迷子になるのが得意だった。

高校の修学旅行でグループ行動のとき、いつの間にかぼくは仲間からはぐれて一人になっていた。

予定は分かっていたから、仲間のあとを追うこともできたけれど、ぼくは「まあ、いいか」と思い、知らない街を当てもなく歩いた。

歩き疲れたぼくは、自販機で無糖の紅茶を買うと、小さな公園のベンチに座った。

知らない街の知らない子どもたちが、聞き慣れないアクセントでやり取りをしながら、何かの遊びをしていた。

宿に戻ったら、先生も友だちもうるさいことを言うだろうなと思いながら、ぼくはつかの間の一人の時間を楽しんでいた。

学校を出て会社勤めを2年弱した。

勤務先は都心とは逆方向にあったので、急行を使わずに鈍行に乗ると座っていけた。

毎朝列車の席に座るぼくは、自分が迷子になった気持ちでいた。

道に迷ってしまって、元の場所には戻れない。誰かが探してくれているわけでもない。

それでぼくは日本を離れることにした。

日本語教師の認定試験を受けて日本を離れると、異国の小さな学校で先生をした。

新しい経験は、ぼくの気を紛らわしてはくれたけれど、やっぱりぼくは迷子のままだった。

次はどうしようか。

火星にでも行ってみるか。

どこに行っても迷子のぼくは、自室のベッドに寝転んで、そんなことを考えていたのです。

#小さなお話 #掌編 #短編 #小説 #茫洋流浪

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※ この小品は石鹸師さんの「迷子」に想を得て書きました。
https://note.com/savon42/n/n678a6f452ac4

※ 有料部におまけとして、この作品を書いたいきさつを置きます。気が向いたら投げ銭がてらお読みください。

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