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2021年6月の記事一覧

ナボコフ 詩抄 (21) Translated by Toshiya Kawamitsu

ナボコフ 詩抄 (21) Translated by Toshiya Kawamitsu

  スズメガ

昼と夜との はざまでは
時間は とまる 霧 深く
祈りをささげるように 立ち
わたしのそばのスイカズラ
昆虫学者を笑ってた
ちらりと 花を うかがって
かけた 鼻先 影 落とし
夢にまで見た その 斑紋
しあわせすぎた スフィンクス
天使を つかまえ 胸 おさえ
悪魔は もつれ いま 見えた
かすみがかった 網のなか

The Hawkmoth
Translated by Tosh

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ベケット 詩抄 (5) Translated by Toshiya Kawamitsu

ベケット 詩抄 (5) Translated by Toshiya Kawamitsu

  愛の欠如

来た 来た
同じだけれど ちがうもの
同じだけれど ちがうのは
ひとつ ひとつの 愛の欠如は 同じだから
ひとつ ひとつの 愛の欠如は ちがうから

(Untitled)
Translated by Toshiya Kawamitsu

ベケット 詩抄 (4) Translated by Toshiya Kawamitsu

ベケット 詩抄 (4) Translated by Toshiya Kawamitsu

  はるか

はるか
かなたに 悲鳴は
ひびき
誰かのために
かぼそく かすか
あかるい ラッパスイセンの
行進が とおる そのとき

ほら そのとき
ほら ほら そのとき

そのとき ほら ほら
ラッパスイセン
また 行進
また また
かなたに 悲鳴は
ひびき
また また
誰かのために
かぼそく

thither
Translated by Toshiya Kawamitsu

ナボコフ 詩抄 (20) Translated by Toshiya Kawamitsu

ナボコフ 詩抄 (20) Translated by Toshiya Kawamitsu

  葡萄柚讃歌

光を はなつ 満月は
ずっしり つやつや この 果実
あまい すっぱい 錬金術
アンブロシアのうつわには
すずしく かおる 白ワイン
シラクサ ほこる レモン色
たおやか やさしい人さえも
歓喜のオレンジ 支配され
のどのかわきに あまくだり
詩神を いやすことでしょう

To the Grapefruit
Translated by Toshiya Kawamitsu

ベケット 詩抄 (3) Translated by Toshiya Kawamitsu

ベケット 詩抄 (3) Translated by Toshiya Kawamitsu

  ロンド

ただ 立ちつくし 一日は
終わる ただ ただ 立ちつくし
とん とん とん と 靴 鳴らし
大きな 足で とん とん と
招かれざる客 音もなく
ただ 立ちつくし ただ ずっと
音もなく 招かれざる ただ
とん とん とん と 靴 鳴らし
大きな 足で とん とん と
ただ 立ちつくし 一日は
終わる ただ ただ 立ちつくし

Roundelay
Translated by Tosh

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ベケット 詩抄 (2) Translated by Toshiya Kawamitsu

ベケット 詩抄 (2) Translated by Toshiya Kawamitsu

  聖路

ヴィールは 風に 吹かれてる
明るい道を とおりぬけ
影 影 影を はらんでる
ふるえる ふるえる 影のなか
幽霊 見捨てた 心 など
自壊していく
沈んでしまえ

Saint-Lô
Translated by Toshiya Kawamitsu

ナボコフ 詩抄 (19) Translated by Toshiya Kawamitsu

ナボコフ 詩抄 (19) Translated by Toshiya Kawamitsu

  おもちゃ箱

わたしの旅は 夜行性
船も 電車も いらなくて
盤上 月は かがやいて
チェックメイトと かたむいて
窓をあけたら 静寂で
静謐 いつもの トムキャット
フェンスを 飛んで 校庭へ
わたしも 国境 小川 こえ
わたしの影は 小川 こえ
土手にかかって 知らん顔
壁も つづいて 影 すべる
ふしぎで 不死身で 無重力
過去の わたしに 防人の
カラシニコフの 弾 はずれ
横切る 草

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ベケット 詩抄 (1) Translated by Toshiya Kawamitsu

ベケット 詩抄 (1) Translated by Toshiya Kawamitsu

 もっとおだやかゆるやかに

  1

ことばは
あふれる こんなにも
なのに どうして うつむくの

摘んで 破棄するより いいでしょう
ひとり わたしは 荒野にいます

時間は 灰色 あなたは いない
まぶたを とじて 連れ去られ
いつでも それは 早すぎて
ノゾミのベッドの爪あとに
年上 アイは 骨 起こし
ユウコに似た目で 眼窩は 埋まる
いつでも それは 早すぎて
塗りつぶすなら 黒がい

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ナボコフ 詩抄 (18) Translated by Toshiya Kawamitsu

ナボコフ 詩抄 (18) Translated by Toshiya Kawamitsu

  アゲハチョウ

遠くに見える 太陽は
草のしげった 坂の上
タンポポ とまった アゲハです
つかまえようとするたびに
虫とり網は さら さら と
黄色の悪魔は ゆら ゆら と
羽が やぶけはしないかと
細く 黒々 その しっぽ
ちぎれないかと 心配で
暑くて すずしい 白昼に
公園 みたした オリオール
綿毛のような ライラック
かおりに 酔いしれ 立ちました
あんまり 空が 青いので
あなた

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ナボコフ 詩抄 (17) Translated by Toshiya Kawamitsu

ナボコフ 詩抄 (17) Translated by Toshiya Kawamitsu

  描くように歌え

記憶は つらぬく 追放の
夢へと かえる とげ 記憶
ペテルブルクの雲は 船
吹きっさらしの楽園で
誰も知らない 路地裏で
街灯 しずかに 語りだす
ななめに かり かり えんぴつの
トワイライトの影 ネヴァ川
ひと筆書きの思い出は
ぱっとひらいて 風が 吹く
その風 感じた 頬の色
いいえ 落葉のいたずらです
雲のため息 退屈で
波止場の鼻歌 聞こえたら
半月の鐘 りん ご

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ナボコフ 詩抄 (16) Translated by Toshiya Kawamitsu

ナボコフ 詩抄 (16) Translated by Toshiya Kawamitsu

  夢

雨 雨 ふれ ふれ 窓 たたく
ぱち ぱち 夜の 窓 たたく
神さま 秘密の本 ひらき
しあわせの夢 えらびとる
あれは 泣き声 気をつけて
家をゆらして 鳴り ひびく
夢は 青ざめ ハムレット
おぼろげ 村の 小道 ぬけ
貨物 山づみ 丘の下
もっと下では きい きい と
車輪の音に つつまれて
草刈り 終わって 影の下
家路は 遠く 荷は 青く
窓が 息づく そのたびに
夢は いつで

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ナボコフ 詩抄 (15) Translated by Toshiya Kawamitsu

ナボコフ 詩抄 (15) Translated by Toshiya Kawamitsu

  春

田園地帯へ 飛んでいく
発電機械 はにかんで
ひらひら 木の幹 枝を立て
煙 たちこめ まるで 波
カバノキ まだらのエイプリン
日よけ はずした 馬車のなか
ベロアのいすで くつろいで
今年最初のミツバチが
道ばた タンポポ おとずれる
雪は あばたに 島にふり
長方形の 吹きだまり
排水溝に 青々と
春のかおりは しっとりと
雪は 黒々 すすを置き
柱も 屋根も 年をへて
ひじのとが

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ナボコフ 詩抄 (14) Translated by Toshiya Kawamitsu

ナボコフ 詩抄 (14) Translated by Toshiya Kawamitsu

  アメンボ

アメンボ 先生 スケートの
テレプシコーレ 冬女神
ひたいを出して 黒ズボン
ダイヤモンドの光 浴び
物理法則 黙殺で
カーブを切って 彗星で
ひろがる 直径 ひまわりで
切れはし シルクに 流れ 咲く
口笛 高らか そういえば
かがやける日は いつだろう
たったひとつのことばさえ
つかまえられず 追いつけず
花びら インク ぱっと 咲く
やっと 明日は 埋めつくす
ことば 沈黙 

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ナボコフ 詩抄 (13) Translated by Toshiya Kawamitsu

ナボコフ 詩抄 (13) Translated by Toshiya Kawamitsu

  悪魔

どこから 流れて やって来た
どんな かなしみ 呼吸して
おしえてほしい くちびるは
二枚の つばさ やすらかに
青ざめ はばたき 貝殻の
海のかおりは なぜなのか
悪魔は こたえる 「若く 飢え
おまえの 音では みちたりず
弦のひびきは 酔わすだけ
至上の音楽 静寂に
つかえるための 創造で
見ろ 石の上 愛の上
星々 つないだ この 鎖」
悪魔は 消える 夜も 溶け
神さまのため

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