佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所

娯楽映画のあれこれを綴ってまいります。近刊「クレイジー音楽大全 クレイジーキャッツ・サウンド・クロニクル」(シンコーミュージック)、「石原裕次郎 昭和太陽伝」「みんなの寅さんfrom 1969」(アルファベータブックス)、「寅さんのことば 生きてる?そら結構だ」(幻冬舎)

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    配信番組「佐藤利明の娯楽映画研究所リンク集

    Amazonの著者ページから拙著の購入ができます。絶版、品切れに関してはマーケットプレイスとなります。 YouTube番組シネマ野郎で配信中の「佐藤利明の娯楽映画研究所」リンク集です。チャンネル登録は「シネマ野郎」で! 2022年9月5日 加山雄三ラストショー2022年8月15日 娯楽映画の昭和『佃の渡し』があった頃2022年8月2日 『死ぬにはまだ早い』と東宝ニューアクションの時代2022年7月18日 刑事ドラマの金字塔『七人の刑事 終着駅の女』の上野駅時層探検2022

      • 『花火の街』(1937年1月7日・J.O.スタヂオ・石田民三)

         大佛次郎原作、石田民三監督が新興キネマ京都撮影所から移籍した第一作にして東宝=J.O.提携第一回作品『花火の街』(1937年1月7日・J.O.スタヂオ)。これは実にいい。セット中心の撮影だが、さすがJ.O.スタヂオ、録音技術のレベルが高いので、音声演出が素晴らしい。心の声のモノローグや無音性部分がもたらす情緒。登場人物の心象風景も観客に伝わるし、石田民三がサイレントで培ってきた緩急自在のモンタージュ。全てが登場人物の感情と観客の感情をリンクさせるための演出。  原作は大佛

        • 『街に出たお嬢さん』(1938年7月31日・東宝東京・大谷俊夫)

          霧立のぼるの「お嬢さん」シリーズ第二弾『街に出たお嬢さん』(1938年7月31日・東宝東京・大谷俊夫)をスクリーン投影。明確にシリーズとか、第二弾というわけではないのだけど、明らかに『お嬢さん』(1937年7月21日・PCL・山本薩夫)のヒットにあやかっての女の子の自立をテーマにしたモダンコメディである。  原作は永見隆二、脚色は阪田英一。音楽は谷口又士とPCL管弦楽団。軽快なテーマソングに乗せて、お嬢さんの日常が描かれる。  東京の住宅街で、父・御橋公、母・英百合子、兄

          • 『夜の鳩』(1937年5月11日・J.O.・石田民三)

            浅草映画時層探訪。 新感覚派の作家・.武田麟太郎の「一の酉」を原作に、自身が脚色したシナリオによる石田民三監督『夜の鳩』(1937年5月11日・J.O.)をスクリーン投影。 浅草の老舗小料理屋「たむら」を舞台に、女房に頭が上がらない店の主人である兄・豊太郎(浅野新二郎)と、妹・おきよ(竹久千恵子)、そして末妹・おとし(五條貴子)の兄妹を中心に、店の人々、客たちを描いた人間模様。 舞台はちょうど今頃、鷲神社の「一の酉」の時分。かつて「たむら」の看板娘で、客たちにもてはやさ

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          • 娯楽映画研究所通信
            佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
          • 素晴らしき哉、戦前喜劇映画の世界!
            佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
          • 大映映画の世界
            佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
          • 石坂洋次郎と青春映画
            佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
          • 成瀬巳喜男の世界
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          • ニッポン喜劇映画の世界
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            『女軍突撃隊』(1936年1月22日・P.C.L.・木村荘十二)

             戦前モダン喜劇数あれど、その最高作の一つが、中野実原作による戦前ウーマンパワー・コメディ『女軍突撃隊』(1936年1月22日・P.C.L.・木村荘十二)である。PCLのトップ女優・堤眞佐子が「秘密探偵社」に志願して女性探偵となり「女性の権利をあらゆる障害、問題から守るため」身を挺して調査をする「女性探偵もの」。相棒には女学校時代の親友・神田千鶴子が扮して、さまざまな事件に取り組む。いわば「プレイガール」や「009ノ一」のルーツともいうべき革新作。で1960年代のお色気路線で

            『豪傑人形』(1940年5月15日・東宝映画京都・岡田敬)

            アノネのオッサン研究。 長年、観たかったシミキンこと清水金一主演『豪傑人形』(1940年5月15日・東宝映画京都・岡田敬)をスクリーン投影。 清水金一こと清水雄三は1912年、山梨県生まれ。16歳になった昭和3(1928年)に上京。浅草オペラの清水金太郎に弟子入り。清水金一と名乗る。清水金太郎はエノケンとと「プペ・ダンサント Poupée dansante」を結成するも、1934(昭和9)年4月に死去してしまうが、シミキンはその前に、エノケンの師匠・柳田貞一門下となっていた

            『東京ラプソディ』(1936年・P.C.L.・伏水修)

             戦前の音楽映画の最高作『東京ラプソディ』(1936年・P.C.L.・伏水修)をスクリーン投影。門田ゆたか作詞、古賀政男作曲による主題歌は、この映画より7年前、1929(昭和4)年、「東京行進曲」(西条八十作詞、中山晋平作曲)を進化させたもの。東京のシティソングの系譜は、都市の発展とともに、さらに深化してゆく。  藤山一郎は、ビクターからテイチクに移籍、その第1作となった。当時のジャズ流行歌の基本のフォックストロットのリズムで、軽快に、銀座〜神田〜浅草〜新宿と、昭和モダン都

            四国放送 日曜懐メロ大全集 2022年11月20日(日)特集「娯楽映画の昭和Vol.1 スウヰング東京」

            四国放送ラジオ JRT日曜懐メロ大全集 2022年11月20日(日)特集「娯楽映画の昭和Vol.1 スウヰング東京」 選曲・出演:佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー) 十数年前から、年に数回、出演している老舗ラジオ番組「日曜懐メロ大全集」で、普段、トークライブなどで展開している「映画時層探検」の切り口で、1935年から1955年にかけての、戦前、戦後のモダンソングをかけながら、トークをしました。その楽曲リストです。 日曜懐メロ大全集 | JRT四国放

            『狸になった和尚さん』(1946年11月19日・大映・春原政久)

            『狸になった和尚さん』(1946年11月19日・大映・春原政久)をスクリーン投影。敗戦直後、GHQ指導の下に作られた民主主義啓蒙映画であるが、なかなか楽しい寓話。原作はなく、脚本は八木沢武孝、岡田豊、笠原良三のオリジナル共作。  東京から遠く離れた鳥の子村、旧家の当主・宍戸敬左衛門(見明凡太朗)が危篤となり、東京から長女・秋山邦子(平井峡代子)と俊彦(潮万太郎)も駆けつけ、長男・亀吉(吉川英蘭)と妻・ツル(須藤恆子)たちが、枕元に集まり遺言を聞く。公証人・加原武門も立ち会う

            『まごころ』(1939年8月10日・東宝・成瀬巳喜男)

             成瀬巳喜男監督研究。山梨県甲府市を舞台にした、二人の少女の一夏を描いた『まごころ』(1939年8月10日・東宝・成瀬巳喜男)。原作は石坂洋次郎がこの年、むらさき出版部から上梓した「まごころ・伝説」所収の少女小説。『女人哀愁』(1937年)でコンビを組んだ入江たか子と、東宝のメロドラマには欠かせない二枚目・高田稔主演だが、本当の主役は二人の娘、加藤照子と悦ちゃん。  1939(昭和14)年夏の甲府でのロケーションが効果的で、夏の日差しが眩しい。おっとりとした大人しい女の子・

            『お嬢さん』(1937年7月21日・PCL・山本薩夫)

            『お嬢さん』(1937年7月21日・PCL・山本薩夫)をスクリーン投影。吉屋信子の少女小説を永見柳二が脚色。監督はこれがデビュー作となる山本薩夫。前半のモダンな都会描写、後半のローカリズムあふれる島の女学校の描写、いずれもロケーションを多用して、宝塚少女歌劇団出身の霧立のぼるの魅力を最大限に引き出すことに成功している。 大金持ちのお嬢さん・霧立のぼるが、親の決めた縁談を拒否して、自立したいと、九州南端の小島の女学校の英語教師となる。苦労知らずのお嬢さんが、苦労を買って出るが

            『九十九人目の花嫁』(1947年4月22日・佐藤武・新東宝)

             敗戦後ほどなくから、喜劇王・エノケンこと榎本健一は、日劇などの舞台に積極的に出演。笑いやレビューに飢えていた、戦前からのファンを楽しませていた。全国のファンもスクリーンでのエノケンの活躍を渇望していた。敗戦前から準備されていた音楽映画を、戦後向けにリニューアルして完成させた、エノケン、灰田勝彦、轟夕起子、川田義雄主演の『歌へ!太陽』(1945年11月22日・東宝・阿部豊)は、戦後初の東宝作品となった。  昭和21(1946)年、エノケンプロを立ち上げたエノケンは、映画製作

            『青空二人組』(1938年10月20日・東宝映画東京撮影所・岡田敬)

            11月7日(月)の娯楽映画研究所シアターは、藤原釜足と柳谷寛コンビの明朗喜劇『青空二人組』(1938年10月20日・東宝映画東京撮影所・岡田敬)をスクリーン投影。 原作は獅子文六が文藝春秋社の雑誌「オール読物」に執筆したユーモア小説。電気工夫の仲良し二人組が、電信柱の上から垣間見た様々な人間模様をユーモラスに描いている。ヒッチコックの『裏窓』(1954年)の先駆けのような視点の掌編小説。 フランス帰りの作家・岩田豊雄が、フランス人の妻・マリーの病没、「娘と私」で描くことに

            『旅役者』(1940年12月8日・東宝・成瀬巳喜男)

            成瀬巳喜男監督研究。久しぶりに『旅役者』(1940年12月8日・東宝)をスクリーン投影。「芸道もの」であるが、1935(昭和10)年の「サーカス五人組」のようなユーモラスな旅一座コメディ。 原作はユーモア作家でのちに落語研究家としても活躍する宇井無愁の1939(昭和14)年の直木賞候補作「きつねと馬」。昭和15年には同作で第1回ユーモア賞を受賞している。「馬の脚」専門の旅役者が、肝心の馬の頭を勧進元に壊されて、大いにクサり、役者の意地から舞台を休演したために、舞台には曲馬団

            『サーカス五人組』(1935年10月1日・P.C.L.・成瀬巳喜男)

            成瀬巳喜男監督研究。1935(昭和10)年3月、P.C.L.に移籍して『乙女ごころ三人姉妹』(3月1日)を皮切りにハイペースで作品を発表してきた成瀬。この年4本目となる『サーカス五人組』(1935年10月1日)をスクリーン投影。 古川緑波による芝居「悲しきジンタ」を原作に、伊馬鵜平と永見柳二が脚色。ロッパらしいユーモアと哀愁に満ちた小品である。東京で食いつめたジンタ五人組。 ジンタとは明治時代半ば、ドラム、クラリネット、ラッパなどのハンディな楽器で流行歌を演奏して、広告宣

            『勝太郎子守唄』(1936年3月26日・東宝=J・O)

            戦前、鶯芸者(今のグラドルのような意味)で、レコード歌手として一世を風靡した小唄勝太郎の自伝的(明星のタレント物語漫画みたいな)映画『勝太郎子守唄』(1936年3月26日・東宝=J・O)をスクリーン投影。 小唄勝太郎は昭和8(1933)年、「島の娘」(作詞長田幹彦、作曲佐々木俊一)でブレイク。歌い出しが「ハァ」で始まる「ハァ小唄」の先駆でもあり、発売三ヶ月で35万枚の大ヒットに。当局から「歌詞に問題アリ」とされ、歌詞の一部を改作され、太平洋戦争前夜には発禁処分となる。 映