【上巳】なぜ3月3日が雛祭り?【歴史にみる年中行事の過ごし方】
「上巳の節供」は江戸幕府が式日として定めた「五節供」の2番目にあたる。
「五節供」は明治5年(1872)12月の「明治の改暦」に伴い廃止されたものの、それぞれ旧暦の日付をそのまま新暦に引き継いで民間行事として残った。
現在3月3日は「雛祭り」「桃の節供」とも呼ばれ、「雛人形」を飾り、桃の花や菱餅など供えて祝う日として親しまれているが、今のような形式になったのは江戸時代に入ってからだという。
「雛祭り」「桃の節供」の源流となる「上巳」の行事から、その歴史を振り返りたい。
目次
・病気や災厄を流す行事
・人形(ひとがた)と「ひひな」
・江戸の春の風物詩「十軒店の雛市」
・年中行事は時代とともに変遷する
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