tosei shinabe

禅僧

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【禅語Zen Words】本来無一物(ほんらいむいちもつ)Essentially 'nothingness'

本来無一物(ほんらいむいちもつ)禅宗の始祖は菩提達磨と言われています。 仏教は釈迦に始まり、師匠から弟子に「法を継ぐ」ことで、代々教えをつないできました。 ちなみに菩提達磨は釈迦から数えて28代目とされています。 そして、菩提達磨が中国に渡ったことで禅宗がおこり、菩提達磨から弟子に、またその弟子にと、脈々と法が継がれて現在の日本の禅に至るわけです。 菩提達磨から数えて5代目に法を継いだ禅僧が、ある時、6代目に法を継ぐべき者を選ぶため、門下の弟子たちに悟りの境涯(きょうがい:

    • 【禅語Zen Words】弄花香満衣(はなをろうすれば こうえにみつ)Play with the flowers and the fragrance will fill your robe

      弄花香満衣(はなをろうすれば こうえにみつ)中国は唐の時代の詩人、于良史の「春山夜月」という美しい詩の一部の、「水を掬すれば月手に在り、花を弄すれば香衣に満つ」という一節が、禅語として知られています。 「春山夜月」という詩は、春の山の素晴らしさを詠んだものと言われています。意訳してみると、春の山を、自然と一体となって楽しむ詩人の姿が浮かんできます。 ーーーー 「春山夜月」:意訳 春の山は素晴らしいことが多く、一つ一つ愛でていると帰るのを忘れてしまいます 思わず水を手で

      • 【禅語Zen Words】春来草自生(はるきたって くさおのずからしょうず)Spring comes, the grass grows by itself.

        春来草自生(はるきたって くさおのずからしょうず)「兀然(こつねん)として無事に坐すれば、春来たって草自ずから生ず」という禅語の一節。すべての計らいを捨てただ黙々と坐禅をしていれば、春になって草が自然と生えるように、時がくれば必ず悟ることができるだろう。という意味と解釈されています。 春が来れば、草木は芽を出します。それを人がさまざまに理屈で解釈しようとも、それが現実、それが自然です。しかるべき時に、しかるべきことが起こります。同じように、黙々と坐禅をしていれば、しかるべき

        • 【禅語Zen Words】茶煙静(さえんしずかなり)Tea smoke is calm

          茶煙静(さえんしずかなり)茶煙とは、茶席で茶を入れるための湯を沸かす際に、釜から立ち上る湯煙を指します。 「茶煙静かなり」とは、湯煙がゆっくりと静かに立ち昇るその情景を切り取っています。 「茶煙静」という禅語は、茶席で茶を一服いただきながら穏やかに茶煙を眺めているうちに、茶煙を見ているその人の心も煙のように穏やかにただよい、いつしかその人は茶煙そのものになっている…。そんな様子を表現しているのだと解釈しています。 さて、深く坐禅をしていると経験する無心という状態があります

        【禅語Zen Words】本来無一物(ほんらいむいちもつ)Essentially 'nothingness'

        • 【禅語Zen Words】弄花香満衣(はなをろうすれば こうえにみつ)Play with the flowers and the fragrance will fill your robe

        • 【禅語Zen Words】春来草自生(はるきたって くさおのずからしょうず)Spring comes, the grass grows by itself.

        • 【禅語Zen Words】茶煙静(さえんしずかなり)Tea smoke is calm

          【禅語Zen Words】和心(わしん)Japanese spirit

          和心(わしん)「和」という言葉は、日本そのものを表したり、純日本的なものに使われることが多く、和紙、和服、和菓子など、伝統的なものに付いていて、「和」それ自体が文化的概念となっている日本語です。また、日本的というほかに「和らげる」「調和」「平和」などの意味があります。 「和」は、日本の哲学・文化において、日本人の精神性をもっとも象徴するものとしてとらえられています。 7世紀ごろよりこの極東の島の人々は、この土地を「日本」および「和」と自称し、それ以降「和」の精神を大切にして

          【禅語Zen Words】和心(わしん)Japanese spirit

          【禅語Zen Words】銀盌盛雪 明月蔵鷺(ぎんわんにゆきをもり めいげつにろをかくす)A silver bowl is filled with silver snow and the bright moon is overlaid with a white heron.

          銀盌盛雪 明月蔵鷺(ぎんわんにゆきをもり めいげつにろをかくす) 銀盌盛雪 明月蔵鷺 類而不斉 混則知処 銀盌に雪を盛り、明月に鷺を蔵す。 類すれども斉しからず、混ずるときんば処を知る。 銀のお椀と雪は全く異なる性質のものだが、お椀の白色に雪の白色を盛るとその境界が曖昧になる。同様に、明るい月と白鷺は違うものだが、月に白鷺が重なると、白い光のなかで区別がつかなくなる。しかし、似てはいても同じでない。混じり合って見分け難くても、ちゃんとわかる。 この禅語は、このような意

          【禅語Zen Words】銀盌盛雪 明月蔵鷺(ぎんわんにゆきをもり めいげつにろをかくす)A silver bowl is filled with silver snow and the bright moon is overlaid with a white heron.

          【禅語Zen Words】見明星悟道(みょうじょうをみて みちをさとる)Seeing the bright star and enlightening oneself to the Way.

          見明星悟道(みょうじょうをみて みちをさとる)仏教の開祖である釈迦(しゃか)が悟った瞬間を表した禅語です。 釈迦が悟ったのは12月8日とされています。12月1日から菩提樹(ぼだいじゅ)の下で静かに坐り瞑想をはじめた釈迦は、8日目の夜明け、空に輝く星を見たその瞬間に悟りを得たと伝わっています。この逸話を表すのが「明星を見て道を悟る」という禅語です。 おそよ2500年前、ヒマラヤ山脈のふもとにあった釈迦国の王子として生まれた釈迦は、あらゆるものが満たされ不自由なく暮らしていまし

          【禅語Zen Words】見明星悟道(みょうじょうをみて みちをさとる)Seeing the bright star and enlightening oneself to the Way.

          【禅語Zen Words】舞秋風水石紅葉(しゅうふうまいて すいせきこうようす)The autumn wind is blowing and the water and stones are also covered in autumn colours.

          舞秋風水石紅葉(しゅうふうまいて すいせきこうようす)秋風に吹かれて舞い落ちた葉が降り積もり、水面や石も境なくすべてが紅葉一色になっている様子を表した禅語です。 石は動かないもの、水は動き続けるもの。静と動の象徴のような、一見全く違うように見えるものですが、落ち葉というきっかけで融合することによって、どちらも例外なく自然の流れの中にあり一体であるということを思わせてくれる禅語だと理解しています。 さて、自分の意志をもって動き続ける私は、どう秋を迎えましょう。 落ち葉を体にま

          【禅語Zen Words】舞秋風水石紅葉(しゅうふうまいて すいせきこうようす)The autumn wind is blowing and the water and stones are also covered in autumn colours.

          カマキリに学ぶLearning from the Mantis

          数年前に開墾したお寺の畑には、おかげさまでたくさんの生き物がやってくるようになりました。 様々なチョウ、なんの幼虫かわからない毛虫もたくさんですし、バッタやコオロギ、アブラムシ。ダンゴムシやハサミムシ、土の中にはミミズも増えて、土づくりを手伝ってくれています。 様々な生き物がいると、それを捕食する生き物もまたやってきます。 今年は、バッタの勢いが凄かった。 野菜の種をまいて芽吹いたと思えば、片っ端から全部バッタに食べられてしまうということが何度もありました。 そのバ

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          一本の木に集う生き物たち Creatures Gathering in a Single Tree

          落ち葉が降る季節になってきました。この時期のお寺での作務は、とにかく落ち葉掃きです。 冬に葉を落とす木々が庭にたくさんありますし、特に墓地の大きなケヤキとイチョウが、雨のように葉を降らせます。 落ち葉は掃き集めて積んでおくと土になります。その土を畑に撒くことで、野菜が育つ養分になります。その野菜を食べた私は、また来年も落ち葉を掃き集めて土を作ります。 今、私が掃き集めている落ち葉は、めぐりめぐって私の体の一部になっていくわけです。 木は不思議な生き物です。 水と太陽を葉に

          一本の木に集う生き物たち Creatures Gathering in a Single Tree

          【禅語Zen Words】天地与我同根 万物与我一体(てんちとわれとどうこん ばんぶつとわれといったい)Heaven, earth, and I have the same root, all things and I are one.

          天地与我同根 万物与我一体(てんちとわれとどうこん ばんぶつとわれといったい)「天地と自分と根本は一緒である。万物と自分とは一体である。」という意味の禅語です。 これは肇法師(じょうほうし)[西暦384~414年]という中国の仏教僧の言葉で、禅の哲学の根幹を表現する禅語として捉えられています。 この禅語の起源は、中国の道教の始祖の一人、荘子[紀元前369~286頃]の「天地と我と並び生ず、而して万物と我とを一と為す」という言葉だと言われています。 禅がインドから中国に伝わっ

          【禅語Zen Words】天地与我同根 万物与我一体(てんちとわれとどうこん ばんぶつとわれといったい)Heaven, earth, and I have the same root, all things and I are one.

          【禅語Zen Words】行亦禅坐亦禅(ぎょうもまたぜん ざもまたぜん)Walking is also Zen, sitting is also Zen.

          行亦禅坐亦禅(ぎょうもまたぜん ざもまたぜん)歩くのも禅、坐るのも禅である。 語る時も黙っている時も、動いても静かにしている時もその姿は安らかである。 たとえ刀の切っ先を突きつけられても常に平気である。 たとえ毒薬を盛られても安らかで緊張や恐怖がない。 それが禅である。 中国唐代の禅僧、永嘉玄覚による禅の古典『証道歌』の一節です。 さて、修行ってなにするの?とよく聞かれます。 僧堂で実際の修行生活を経験するまでは、私の修行のイメージはというと、暗いお堂で、あるいは山奥で、

          【禅語Zen Words】行亦禅坐亦禅(ぎょうもまたぜん ざもまたぜん)Walking is also Zen, sitting is also Zen.

          【禅語Zen Words】一灯照一隅(いっとういちぐうをてらす)One Light Illuminates a Corner

          一灯照一隅(いっとういちぐうをてらす)「一灯照隅、万灯照国(いっとうしょうぐう、ばんとうしょうこく)」という言葉の一節。比叡山延暦寺を開いた最澄が、唐から持ち帰った言葉とされています。 初めは一隅(片すみの部分)を照らすような小さな灯火(ともしび)も、その灯火が百、千、万と増えれば、国中を明るく照らすことになる。その様子を表しています。「一灯」とは、一つのともし火のことで、仏教を開いた釈迦の教えを象徴していると言われています。初めは釈迦が一人で坐り一人で悟ったことが、彼の身

          【禅語Zen Words】一灯照一隅(いっとういちぐうをてらす)One Light Illuminates a Corner

          【禅語Zen Words】一月浮万水(いちげつ ばんすいにうく)The countless moons on the surface of the water

          一月浮万水(いちげつ ばんすいにうく)空に輝くたった一つの月が、地上のあらゆる場所の水面に無数に映っている(浮かんでいる)という情景を表現した禅語です。 天の月が地上のあらゆる水面に反射して映るように、あらゆるものの中には他のものの働きが影響していて、他のものと互いに関係し影響し合うからこそ存在している。つまり、何一つとして単独では存在し得ない。つきつめると、すべては一体であるということを表現している禅語だと考えています。 「すべては一体である」といっても、実感が湧きにくい

          【禅語Zen Words】一月浮万水(いちげつ ばんすいにうく)The countless moons on the surface of the water

          【禅語Zen Words】行雲流水(こううんりゅうすい)Going like clouds, flowing like water

          行雲流水(こううん りゅうすい)雲のように行き、水のように流れる 雲は何のはからいも無くただよい、水は何の滞りもなくただ流れる。 自然の当たり前の情景に、執着を離れた自由自在な心境を写しています。 何にも囚われることなく、とどまらず、師をもとめて自由自在に旅をしつづける。雲のように行き、水のように流れるその姿から、禅の修行者のことを雲水(うんすい)と呼びます。 視点を変えれば、雲や水のように自由自在に生きる、それこそが修行なのかもしれませんね。 Moving like

          【禅語Zen Words】行雲流水(こううんりゅうすい)Going like clouds, flowing like water

          【禅語Zen Words】風吹不動天辺月(かぜふけどもどうぜず てんぺんのつき)The moon does not move when the wind blows.

          風吹不動天辺月(かぜふけどもどうぜず てんぺんのつき)天の月はどんな大風にも微動だにしない。 同じように、不安や恐れ、偏見や執着に乱されたとしても、本来の心はそのままある、という禅語と解しています。 さて、私は坐禅をしながら、しばしば「常識」や「偏見」という言葉について考えます。「常識」の言葉の意味を調べると「健全な一般人が共通に持っている、または持つべき、普通の知識や思慮分別」などとでてきます。 そこで思うのは、この常識という言葉の意味の曖昧さと、この言葉が持つ人の思考を

          【禅語Zen Words】風吹不動天辺月(かぜふけどもどうぜず てんぺんのつき)The moon does not move when the wind blows.