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71 大転落

放課後、校舎の屋上でクラスメイトたちとふざけあっていたときのことだった。男がノリでTの背中を押したところ、Tは縁に足を引っかけてバランスを崩し、地面に転落した。

男たちは慌てて下を覗いたが、眼下にTの姿はなかった。探してもどこにも見つからず、それきり行方不明となった。警察にも事情を話したが、Tの痕跡自体が何一つないため、事件性なしとされた。ただ罪の意識だけが残った。

男はその後も学校生活を続け、やがて大学に進学した。大学を卒業したあとは人並みに就職した。事件のことは折に触れて考えたが、理屈にあった答えはどこにもなかった。

三十五歳になり、未だ女性経験もないまま悶々とした日々を過ごしていたある晩のことだった。男がベッドに横になっていると、突如天井の辺りの空間が歪み、時空の割れ目が出現した。身動きもできずに見ていると、そこにぼんやりと人の姿が浮かび上がった。Tだった。

Tはこちらの世界に放り出されてきたかと思うと、そのまま男の上に落下した。まさに真上だった。二人はちょうど向き合うような形になり、はずみで唇と唇が触れ合った。焦った男はすぐにTを押しのけたが、その瞬間、自分の中に妙な気持ちが芽生えたのに気がつかないわけにはいかなかった。

Tは屋上から転落したときと同じ高校の制服姿で、見た目も十代のままだった。おまけに、この十数年間の記憶が一切なかった。校舎の屋上から落ちた瞬間から今このときへと、時空を越えてやってきたということになるらしい。

衝撃の再会から半年後、男はTとともに同性婚が認められている自治体に引っ越し、籍を入れた。生まれた年は同じなのに歳の差カップルに見えるとして、同級生たちから大いに祝福された。



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