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ゆめゆめ 五の夜

夢の記憶

 こんな夢を見た。
 ある男が同僚を訪ねて一緒に酒を飲む。最初こそ楽しくやっているが、男が共通の知り合いである女性の話を持ち出すと雰囲気はいきなり険悪になる。
 その女性とは男の元恋人であり、今ではその同僚と付き合っているのだ。
 男は挑発的な言葉を投げつけ、ねちねちと同僚をなじる。最初は耳を貸さない同僚だが、男が恋人の品性を貶めるようなことを言うと思わず手が出てしまう。
 男はそれをきっかけにしてポケットに忍ばせていたナイフを取り出す。相手が先に手を出すのを待っていたかのようである。
 男は自分でも何をするつもりなのか分かっていない。気がつくと血だらけのナイフを握って立っている。傍らには大量の血を流して倒れる同僚の死体がある。
 それが近頃よく見る夢だった。
 夢に登場する人々が誰なのかは分からなかった。
 わたしは連日警察に話を聞かれていた。職場の同僚が殺されるという痛ましい事件が起き、不本意ながら容疑者になっていたのだ。
 殺された同僚は、単なる仕事仲間ではなく友人だった。間違ってもそんなことをするはずがなかった。
 彼が殺された日にどこで何をしていたのか、警察は何度もしつこく問い質した。
 わたしには答えられなかった。その日のことが記憶からすっぽり抜け落ちてしまっていたのだ。どれだけがんばってみても思い出せなかった。
 散々尋問され、疲れ果てて眠るとまた同じ夢を見た。
 登場する二人の人物は顔がはっきり分からなかった。二人が話題にする女性についても同じだった。むしろ夢に見るたびに輪郭がぼやけていくようだった。
 いずれにしても、訊かれていることとは何の関係もないと思った。
 だから警察には夢の話はしなかった。



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