夜の惑星【R18】#3
*20字で改行しています
○千秋の部屋・内
千秋、床の皿にミルクを入れる。
子猫、ミルクを舐める。
× × ×
千秋、くつろいでいる子猫に鈴のついた
首輪を巻いてやる。
それから一緒に床にごろ寝する。
千秋、気持ちよさそうに目を閉じる。
○同・内
うたた寝をしていた千秋、目を覚ます。
小猫がいない。
千秋「みぃたん?」
名前を呼びながら室内を覗いて回る。
○同・浴室
千秋、窓がわずかに開いているのを見つ
ける。猫はそこから出ていったらしい。
○住宅街
千秋、猫を探して歩く。
と、携帯が鳴る。
掛井からだ。
千秋「はい」
掛井の声「先生、久しぶり」
千秋「久しぶりって、さっき話したばかりな
のに」
掛井の声「何それ」
千秋「え? 何って――」
千秋、違和感を覚えるが、それ以上は言
葉にしない。
掛井の声「何してたの?」
千秋「猫、探してた」
掛井の声「猫?」
千秋「窓から逃げちゃって」
掛井の声「掛け直そうか?」
千秋「平気」
○公園
千秋、探し回りながら話している。
掛井の声「一日ゲームしてるだけで一万くら
いもらえるんだ」
千秋「そんなバイトがあるんだ」
掛井の声「すぐ飽きるから結構辛いんだけ
ど」
千秋「大学もちゃんと行かなきゃダメだよ」
掛井の声「えー、いいよ。バイトの方が色ん
な奴いて楽しいし」
千秋、ブランコに座る。
千秋「掛井くん」
掛井の声「何?」
千秋、言い出しかねる。
千秋「うぅん」
掛井の声「何」
と、かすかに鈴の音が聞こえる。
振り返ると奥に竹林がある。
千秋「鈴の音」
掛井の声「え?」
千秋「首輪についてるの」
と、携帯が「ピーピーピー」と鳴る。
千秋「ごめん。バッテリー切れちゃう。また
電話して」
慌てて言い募る千秋。
返事が聞けないまま電話が途絶える。
千秋「……」
またかすかに鈴の音が鳴る。
千秋、音のした方を見るが子猫の姿は見
えない。
○千秋の部屋・台所
千秋、台所で夕飯の支度をしている。
玄関の開く音がする。
千秋「?」
○同・玄関
千秋、来る。
杜崎が靴を脱いでいる。
杜崎「ただいま」
千秋「あの――」
杜崎「近くでみぃたんみたいな猫見たけど」
千秋「え?」
杜崎「どうした?」
千秋「窓から逃げちゃって」
杜崎「じゃあ本当にみぃたんだったのか。ま
ぁそのうち帰ってくるよ」
○同・台所
杜崎と千秋、来る。
千秋「あの」
杜崎「お、よかった。連絡しなかったからお
れの分ないかと思った」
杜崎、フライパンの蓋を上げて中を見た
りする。
千秋「え?」
千秋、自分で改めて見てみると、テーブ
ルに食器が二人分用意してある。
千秋「……(戸惑う)」
○同・寝室(深夜)
千秋と杜崎、ベッドに寝ている。
千秋、何か聞いたように思い、ふいに目
を覚ます。
杜崎「隣り、子供いるみたいだな」
千秋「?」
杜崎「引っ越してきてからまだ顔も見てない
けど。そんなもんか」
千秋、耳を澄ます。
赤ちゃんの泣き声が壁越しにくぐもって
聞こえてくる。
杜崎「こないだ勧められたやつ、やってみる
か」
千秋「え?」
杜崎「体外受精。切り替えるなら早い方がい
いって言われただろ」
千秋「……」
杜崎「やれるだけやってみよう」
○大きな池のある公園
成美、赤ん坊を抱いて池のほとりの大き
な木の前に立っている。
千秋が来る。
成美、千秋に手を振る。
○敷地内の甘味処・お座敷
くつろいでいる千秋と成美。
テーブルには団子と甘酒が出ている。
成美、畳にタオルケットを敷き、赤ん坊
を寝かせる。
成美「新しい旦那とはどう?」
千秋「うん……」
赤ちゃんがむずがる。
成美「お腹空いたみたい」
成美、ためらいもなく乳房を出す。赤ん
坊を抱えて乳首をくわえさせる。
成美「下田がね、お乳あげてるとおれにもく
れって言うの」
千秋「……」
成美「強引に吸い付いてくるの。けっこうそ
ういうところあるのよね、あの人」
千秋、唐突にあけすけな話をされ、う
まく反応できない。
成美「あなたにもそうだった?」
千秋「え?」
成美、薄笑いする。
成美「あなたの最初のダンナ、何度も私のと
ころに来たの。知ってる?」
千秋「……え?」
成美「結構しつこかったんだから」
千秋「どうして?」
成美「もう覚えてないけど」
千秋、激しく動揺している。
○千秋の部屋・寝室(深夜)
ベッドの中の千秋、寝つけずにいる。
壁越しに赤ん坊の泣き声が聞こえる。
千秋、上半身起きあがる。
再びベッドにもぐり込む。
杜崎「大丈夫か?」
千秋「うん。ちょっとお水飲んでくる」
○同・台所(深夜)
千秋、冷蔵庫からペットボトルを出し、
一口飲む。いつの間にか夜泣きがやみ、
隣りの夫婦の営みの声が聞こえてくる。
千秋「……」
○路線バス・車内(夕方)
千秋、バスに揺られてうとうとしてい
る。
バスが停まる。
千秋、ふっと目を開ける。と同時に、携
帯が着信を受けていることに気がつく。
千秋、電話に出ながらバスを降りる。
千秋「もしもし」
反応がない。
バス、行く。
千秋「もしもし?」
掛井の声「先生、おれ」
千秋、ほっとした表情。
○住宅街(夕方)
歩きながら携帯で話す千秋。
掛井の声「今青森にいるんだ。このまま北海
道まで行ってみようと思って」
千秋「いいな、なんか若くて」
掛井の声「まったく盛り上がってないけど」
千秋「どうして?」
掛井の声「こっちでケンカ別れ」
千秋「カノジョ?」
掛井の声「んん」
千秋「それで電話してきたんだ?」
掛井の声「まぁ、なんつーか」
千秋、笑う。
○堤防(夕方)
千秋、遠回りをして歩きながら、携帯で
話している。
千秋「大学辞めてどうするの?」
掛井の声「別に、予定なし」
千秋「平気?」
掛井の声「なんとかなるっしょ。そういえば
猫、戻ってきた?」
千秋「あれっきり」
千秋、茜色の夕焼け空を見る。
千秋「そっちでも見える、夕焼け?」
掛井の声「見える。今、川の近くにいるん
だ」
千秋「私も」
掛井の声「偶然だね」
千秋「うん」
千秋、しばし風景に見入る。
千秋「京都にいても青森にいても分からない
ね」
掛井の声「ん?」
千秋「掛井くんが本当にいるかどうかも分か
らない気がする」
掛井の声「想像上の人かもね」
千秋「それとも、夢でも見てるのかな」
○千秋の部屋・台所(夜)
千秋、林檎の皮を剥いている。
杜崎「ケイコ」
千秋「?」
杜崎「病院、どうだった?」
千秋、応えないでいる。
杜崎「ケイコ」
千秋、ケイコって誰かと杜崎を見る。
杜崎、ようやく呼び間違えていたことに
気がつく。
杜崎「ごめん」
千秋「結婚しかけたって人?」
杜崎、ばつ悪そうにうなずく。
千秋「ダメだった、病院」
杜崎「そうか」
○道(夜)
千秋、走っている。
○コンビニ・店内(夜)
千秋、駆け込む。
千秋「落とし物、届いてませんか?」
店員「え?」
千秋「携帯。今日の夕方、ここで買い物した
んですけど」
店員、申し送りのノートを開いて確認。
店員「ないみたいですね」
千秋「そうですか」
千秋、頭を下げて出て行く。
○道(夜)
千秋、走る。
その必死な表情。
○バス会社(夜)
バスが整然と駐車してある。
○同・事務所(夜)
千秋、カウンター前で待っている。
いつも乗るバスの運転手がくる。
運転手「こちらですか?」
携帯を見せる。
千秋「はい。ありがとうございます」
千秋、その場で携帯をチェック。
着信の通知がある。掛井からだ。
千秋、ふいに記憶に違和感を覚える。
千秋「あの、私、バスで電話してました
か?」
運転手「眠られてたみたいですけど。いつも
よく眠られてます」
千秋「……(何か釈然としない)」
○同・表(夜)
千秋、すぐに掛井に電話をかける。
と、「この番号は現在使われておりませ
ん」と音声案内が流れる。
千秋「!」
千秋、もう一度かけ直す。
やはり、音声案内が流れる。
千秋、呆然と立ち尽くす。
いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。