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ロボットが「ロボット」を卒業する瞬間。

ロボットの要となるソフトウエアの世界を牽引してきたクリエイター、吉崎航さん。横浜に計画中の「動く実物大ガンダム」など、話題のプロジェクトにもかかわってきた。

そんな彼にあえて聞いた。「人間がいるのに、なぜ代替物のロボットに興味を持つんですか?」

語りだした、吉崎さんの世界観とは。

吉崎:「人間がいるのに、なぜ代替物のロボットに興味を持つのか?」という質問、すごく面白いですね。そうか、そういう風にロボットを見るんだなあ、と思いました。

ロボット=代替物という考え方は一面では正しい。でもそれだけじゃありません。「ロボットって何だろう?」と考えたとき、ほかにもいろんな"意味"が見えてきます。

ロボットといえば、ヒト型のものを思い浮かべる人が多いと思います。そのヒト型ロボットに限っても3つの種類があると、私は考えています。

1つ目は人間の「拡張」。「強くなりたい」「あと5メートル腕が長ければいいのに」「もっと速く走れたら」。われわれのそんな欲求に応えてくれるロボットです。知られたところでいうと、『マジンガーZ』や『機動戦士ガンダム』のような巨大ロボット。それからパワードスーツや、ある種の乗り物も含まれます。

2つ目が、ご指摘のあった人間の「代替」。『鉄腕アトム』も、もとは自分の子どもの代わりという設定でした。掃除ロボットや警備ロボットなど、特定の仕事だけ代替するロボットも含まれます。

3つ目は「媒体」。離れた場所からコミュニケーションや仕事ができるアバターロボットなどがこれですね。すでに様々な分野で使われ始めています。離れて暮らす友だちとの「つながり」をロボットに託す。昔からある電話やテレビ電話のたんなる延長ではなく、身体を使ったコミュニケーションや仕事ができるようになります。

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吉崎:「こんなのがあったらいいな」という対象としての"実在しないロボット"は、ロボットという言葉が生まれる、はるか以前から存在していました。私が知る範囲で一番古いのは、ギリシャ神話に出てくる青銅製の自動人形「タロス」。クレタ島を守るために作られたと伝えられていますが、これが世界初の「警備ロボット」のアイデアだったかもしれません。

こんな風に人がヒト型の何かに役割を求めるのは当たり前の欲求だ、と私は思います。

まとめると、「ロボットとは何か?」という問いの答えは「拡張(強くなりたい)」「代替(代わりに働いてほしい)」、そして「媒体(遠くに伝えたい)」という思いをかたちにしたものだと考えています。

飽きられたとき、ロボットの「居場所」ができる

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吉崎:いまから10年ほど前、東京・お台場に高さ18メートルの「実物大ガンダム」が立ちました。私も1人の見物客として制作途中から見ていました。あの当時は、本当にそんなものが作れるのか、誰も確信が持てなかったのではないでしょうか。

しかし今、「巨大なヒト型建造物を作るなんて不可能だ!」なんて言う人はいません。一般の方にも巨大建造物を作るノウハウが身についたから...ではもちろんなく、ようするに慣れてしまったんですね。

世の中は、簡単には理解できない複雑な技術であふれています。新幹線しかり、パワーショベルしかり、一人では作れません。そんな技術の塊にもいちいち感動する人はそう多くない。あえて言えば「飽きている」からです。でも、この「飽きられる」という状態が、ロボットには重要だと考えています。

ーー 「飽きられる」というのはつまり、社会的に受容されるから?
吉崎:そうです。モノ珍しさで注目されて終わり、から「飽きるほど見ても、好きな人は好き」という状態に達すれば、かなりの進歩です。実際に技術的にものすごいものだとしても、そこから先に進むことが重要です。どこに置いたらより使いやすくなるか、お金を稼げるか、といった次の課題に進めますから。

私が望むのは、ロボットの社会的な置き場所です。例えばいまどき、車庫のある家なんて珍しくないですよね。それは車にとって車庫が「社会的な居場所」のひとつとして定着しているからです。ロボットもそうなるといい。

ーー つまり、今のロボットは「居場所」がない。
吉崎:そうです。「居場所」があれば、存在そのものが当たり前になります。

ロボットの「居場所」ができるには、法律を変えたり、ロボットの活躍を誰かが格好よく見せる必要があるのかもしれない。それとも、広める場所(国)を選ぶことかもしれない、それとは関係なく偶然にロボットが流行るかもしれない。

いずれにせよ、ロボットが人々から飽きられる時代が来たら、私の夢がかなったといえます。

ロボットがロボットを「卒業」する瞬間

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吉崎:「ロボット」という概念は、あえていえば最適解が見つかる前の「丸投げの解決法」だと思っています。「人間にできるのだから、ロボットにだってできるはず」と、モーターやAIのような"何か"を組み合わせてから頑張るーーという段階の技術。なので発想としては安直です。

「お掃除ロボット」や「警備ロボット」など「ロボット」と呼ばれるうちは、まだ発展の途中です。どうコストを抑えて作るかなど、具体の話よりも先に、まずは機能を満たす部品を組み合わせれば仕事ができる、という段階です。

その意味で言うと「ルンバ」はもはや珍しくもないし、かなり洗練されてきている。もう「お掃除ロボット」とは呼ばれることは少なくなってきているのではないでしょうか。そうやって「ロボット」を卒業するんです。

ちょっと脱線しますが、「洗濯ロボット」について考えてみましょうか。

「洗濯ロボット」と聞いてもし、防水された二本腕の機械が洗濯板と桶で洗濯する風景が浮かんだのなら、それはまごうことなき"ロボット"的解決です(笑)。

実際にはそういうものは広まらず、単機能の手回し式洗濯機から一槽式、二槽式、全自動と手堅く進化し、今の乾燥機付き洗濯機になったわけです。これらにはすでに社会的な置き場所もあって、「ロボット」とは呼ばれていません。

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ーー洗濯機は「ロボット」?
吉崎:皆さんが知らなかったり忘れたりしているだけで、乾燥機付き洗濯機なんて、実在しない「夢の技術」だった時代があるはずですよ。

今、「洗濯物たたみロボット」というのも登場していますよね。これも、「箱の中にロボットアームを収めてたためるようにしよう」という、いかにもなロボット的アプローチから、長い時間をかけて「この特殊な機構なら簡単にたためる」と改良され、洗練された仕組みになっていくでしょう。

そして10年後には、誰もそれを「ロボット」とは呼ばず「全自動洗濯機は、当然衣服もたたんでくれるものだよ」なんて言われているでしょうね。ただそのころには、洗濯ものを畳んで保管するという価値観自体が変わっているかもしれませんが。

AIもそうなのではないでしょうか。私が中学生だったころ、AIというと、将来パソコンやケータイに宿る「妖精」みたいなイメージを抱いてました。でもいま文字入力でAIによる予測変換が出てきても「私がどんな文字を入力しているか覚えてくれて、エライな、この妖精は」なんて思わない。

「どんな価値を提供してくれるのか」という役割が分かり「予測変換」と名前がついたら、それをわざわざ「なんとかAI」とは呼ばなくなる。

完成度が上がり、何をしてくれるのかという「機能」も明確になり、置き場所ができて、誰からも飽きられる。その瞬間はいつかきますし、それが「ロボット」からの卒業なんです。

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ーー逆に言うなら、ロボットと呼ばれているうちは、人の期待や夢を載せている存在だ、と。
吉崎:そうです。ロボットを作る側がロボットに夢を託すがゆえに、本来必要ではない機能をつけることもある。

例えば、しゃべるロボットは必ず占いと天気予報ができる。指のあるロボットは、ジャンケンができる。見たことありませんか?私としては、娯楽用でもないのにジャンケンができてもあまり面白さは感じません...用途次第ですね。

5本指でやらなきゃいけない仕事は、ほかにもっとたくさんある。なのに、人間から夢を託されている段階にいるから、こういう機能が「製作サイド」から求められてしまう。

ーーその「人間の友だちっぽさ」から、不要な機能やコストが削ぎ落とされて、役割としての完成形、つまり「卒業」に近づく。
吉崎:そこが人間との大きな違いですよね。人間がある業務をこなすのに「足は必要ない」と分かったとしても、足という身体の機能の稼働を省いた分、賃金が下がるなんてことは、もちろんありません。

でもロボットだったら、最初は「人間ぽいもの」が提案されても、求められる仕事をこなすために「この機能だけあればいい」とそぎ落とせるし、必要な部分だけを強化できる。最後には、こなれたところでロボットを卒業する。

「勘違い」を応援されて進んできた

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吉崎:小さいころからロボットが出てくるアニメ番組が好きでした。中でも警察のロボットが活躍する『機動警察パトレイバー』の世界観が大好きでした。そのうち「パトレイバーのように、ロボットが当たり前に街を歩いているような社会に身をおきたい」と思うようになって、その思いを初めて言語化したのが中学の自由研究でした。「作りたいのはこれ」「そのための人生の道筋はこう」と文章にまとめました。

思い描いたような社会にするために、ロボットコンテストで強豪の高等専門学校を選びました。でも、これからはソフトウェアだと思って情報電子工学科を選んだんです。ただロボコンに出るのは、当時だったら主に機械科の生徒なんですけれども。

ーー ソフトウェアで正解でした?

吉崎:間違っていたと思います。でも、まったく後悔してないです。

当時は「ソフトさえできれば今の技術で巨大ロボットが作れる」と思ってましたが、当然、ソフトだけでロボットは動かない。先生や両親も本当は「ロボットやりたいなら機械科なんじゃない?」と思っていたかもしれません。私の「勘違い」をそのまま受け止めて応援してくれたんですね。

高専ではロボットづくりのすべてに挑戦しました。回路もメカトロニクスも企画もチーム開発も。やることは山ほどあって、1人ではやりきれないと気づきました。で、中学時代の思い込みからグルっと1周回って結局、やっぱり私はロボットの脳みそにあたるソフトウェアを専門にしよう、と決めて今に至ります。

なにかをなし遂げるには、同じ方向にまっすぐ進むほうが遠くに行ける。私は幸いにも、周りの人たちに「勘違い」を正されることなくこの道を進んできました。

ーー吉崎さんも、いつかロボットを卒業する日が来ますか?
吉崎:
ロボットが人々から飽きられる時代になることが私の夢、と言いましたが、私自身がロボットを卒業する予定はありません。

好きなことをやっていて、かつ、それがまだ完遂できてない状態というのは、とても幸せだと思います。夢を持ち続けることが、生きている理由と同じですから。

吉崎航(よしざき・わたる)1985年生まれ。ロボット制御システム「V-Sido」の開発者で、ロボットソフトウェア開発企業「アスラテック」チーフロボットクリエイター。2009年、独立行政法人情報処理推進機構による「未踏IT人材発掘・育成事業」に、V-Sidoが採択、経産省の「スーパークリエーター」に認定。14年、首相の有識者会議「ロボット革命実現会議」委員、15年「ロボット革命イニシアティブ協議会」参与。18年、一般社団法人ガンダムGlobal Challengeのシステムディレクターに就任。

取材・文:錦光山雅子 撮影:西田香織 編集:川崎絵美

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