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「性欲は、なぜある?」が揺るがす常識の壁

見た者はざわつきとともに考えずにはいられなくなる。そんな作品を発表し続けてきた現代美術家・長谷川愛さん。インタビュー前編では最新作“Alt-Bias Gun”や創作の原点を聞いた。後編では長谷川さんを突き動かすものを探る。

潜在的な欲望、倫理的な問題を引っ張り出したい

自分が抱える悩みや問題意識が、アートプロジェクトの出発点です。実現できるかどうかはさておき、解決法や選択肢を想像し、どうしたらそれが実現するかを考えていくのです。

たとえば「子どもがほしいか?」という問いがあるとします。「イエス」「ノー」「代理母になる」「養子を取る」といった答えが浮かぶと思います。でも、自分の考えはそのどれにもあてはまらないという人たちもいます。私自身がそうでした。

ならば、ほかにどんな選択肢がありえるのか新しい技術で示せたら。それこからプロジェクト『私はイルカを生みたい…』が生まれました。

『私はイルカを生みたい…』“このプロジェクトは、潜在的食物不足とほぼ70億人の人口の中、これ以上人間を増やすのではなく、絶滅の危機にある種(たとえばサメ、マグロ、イルカ等)を代理出産することを提案しています。子どもを産みたいという欲求と美味しいものが食べたいという欲求を満たすために、食べ物として動物を出産してみてはどうか?という議論を提示し、そして如何に可能にするかという方法も示します。” (Ai Hasegawaより)

答えが明らかにみえる問いにも、自分の身体や社会の中に眠っている潜在的な欲望、倫理的な問題など、いろいろなものが隠されている。それを表に引っ張り出して世に問いたいという欲求が強いんです。

その一つが、プロジェクト『極限環境ラブホテル 木星ルーム』。自分の性欲が煩わしくて「そもそも性欲ってなんのためにあるんだっけ?」という問いから生まれました。

性欲は子孫を残すため、などとされていますが、今はセックスしなくても体外受精などで子供を作れるようになりました。逆に性欲から体が触れ合うと性病が感染して不妊になる場合もあります。

そう考えると、性欲のある肉体と現在の環境・社会はマッチしていないとも言えます。

もっといえば、私たちの身体はもう「古い」のです。

人を早く進化させるにはどうしたらいいのか? 

エピジェネティクス(DNA配列を編集せずとも遺伝子発現を制御・伝達するシステムとその学術分野)の研究も盛んになる中、遺伝子を触るより前に、人間の身体はどんな環境なら遺伝的に変化しうるのかを探ってもいいのでは?その問いをもとに、木星並みの重力という極限の環境に人を置き、どんな反応が出るか観察しました。

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『極限環境ラブホテル 木星ルーム』“これは今現在人類が辿り着けない場所を体験させるラボ、そしてその異なる環境での人体のポテンシャルを研究するためのラブホテルです。ジュピタールームは部屋自体が回転し、遠心力によって木星の重力、2.35Gを擬似的に体験することができます。(中略)この部屋では、体重50kgの女性は117kg、70kgの男性は約164kgになります。木星の重力下であなたの性欲や愛情はどのように表現されるのでしょうか?” (Ai Hasegawaより)

プロジェクトが示す、いずれ到来する「未来」

一連の作品が示す視点や考え方はときに怖がられたり嫌悪感を示されたりします。でも、いずれ到来する未来の姿かもしれません。

実在する女性カップルの間にできうる子どもの姿を予測し、その画像を作成した『(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合』。この作品も現実的な「未来」を表現しましました。

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『(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合』“実在する同性カップルの一部の遺伝情報からできうる子どもの姿、性格等を予測し「家族写真」を制作した。現在ではまだ”不可能”な子どもだが、遺伝子データ上での子どもの推測ならば同性間でもできる。(中略)このプロジェクトは生命倫理と科学技術に対する決定を多くの人に解放する装置として、アートはどのように関わることができるのか模索する試みでもある。” (Ai Hasegawaより)

単にコンピュータ・グラフィックで架空の「子ども」を作るのではなく、iPS細胞の研究者への取材や書籍などで裏付けを得たうえで、カップルの両方から本物の遺伝情報を提供してもらい、それを元に「子ども」を作ったのです。

そこまで「リアリティ」にこだわったのは、今後重要となる生命倫理の一つのテーマを可能な限り現実的に描きたかったから。「どうせフィクションでしょ?」と思っている人でも、いま・ここの地続きとして、プロジェクトに示されたような「未来」がくるかもしれない、自分の問題なのだ、と考え議論してほしかったからです。

「同性間で子どもをつくれる技術ができたらどう思いますか?」と聞いたらどんな反応が出てくるでしょう。「神の領域だ」「ちょっとまだ早いのでは?」。そんな声が即座に出そうです。

ただ、その反応自体に十分な説得力があるわけでもない。

その程度の理由でなかったことにされているテーマに、実在するカップルとその「子ども」たちという姿を示して問い直したかった。

「同性間の生殖技術に反対することはこの家族に対して存在するなというのと同義でもある。存在するなと言えるのか? 言えるならその理由は? ロジカルな答えを」と。

否定的な意見もあっていい。何が非倫理的なのか納得できる理由が出てきたら、このプロジェクトに取り組んだ意義はあると思っていました。

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“娘たち10歳の誕生日。上には彼女達の性格や能力に関するといわれているSNPs 情報がそれぞれ書かれている。” “この子どもたちの”存在”に対してあなたは何を思うのだろうか?その議論の行方により、今は”impossible baby”だが、近い未来 i’m possible baby になるかもしれない。” (Ai Hasegawaより)

生殖を巡る議論に「当事者不在」の危機感

もうひとつ、ある危機感も抱いていました。

生殖技術は日々進歩しています。ただいつ、だれがその技術の可否を決めているのか。

卵子の凍結時期によってその後の妊娠率も変わります。日本では2013年、日本生殖医学会が独身女性の卵子凍結を認める指針をまとめました。英国ではその数年前に認可されたと記憶しているのですが、この数年の差で、同じ女性でも凍結できた人とできなかった人が生まれた。

指針を決めた、同学会の倫理委員会のメンバー12人のうち女性はたった1人。事実上の「当事者不在」でした。卵子凍結の可否は日本の人口の半数を占める女性の問題ともいえるのに。

人口が半数の女性でさえこの状況です。性的少数者の場合はさらに困難でしょう。同性婚も2013年以降認める国が増えたのですが、日本では何の議論もされていなかったように記憶しています。自治体レベルでは同姓パートナー制度を設けるところが広がっていますが、日本政府はいまだに同性婚を認めていません。しかも今の日本では議論する場すらオープンになっていない。

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「新しい技術を用いた、古い血縁主義」という指摘

『(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合』を巡って、様々な属性、立場の人たちの議論が起きました。

なかでも血縁主義に関する指摘が印象的でした。同性間での子づくりが可能になると、養子縁組が廃れ、血縁主義に逆戻りしてしまうのではないか。なぜ血が繋がった子どもだけを愛そうとするのか。新しい生殖技術を使いながらも、その下敷きとなる価値観は古いのではないか、と。確かにその通りだと思います。自分では考えつかない意見から、新しい学びを得られました。

いつか、男性の妊娠・出産も可能になるのでは。そんなことをいう医師もいます。科学技術は欲望を糧に進化する。であれば、いずれ実現するのかもしれません。

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長谷川愛:静岡県出身。アーティスト、デザイナー。生物学的課題や科学技術の進歩をモチーフに、社会に潜む諸問題を掘り出す作品を発表している。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミーを経て英国王立芸術大学院でMA取得。マサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボに留学後、東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員。『(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合』が第19回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞。

(取材・文:山下久猛 写真:西田香織 編集:錦光山雅子)

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