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リセットとリデザインー今までを抱えて進むために

リセットとリデザインはぜんぜん違って、完璧主義だとリセット欲が強まる。リセットは向上心ゆえに過去と今を切り捨てること。

変えられないことは受け止めながらこれからの形を描けたら「今までを抱えながら前に進む」ことができる。それがリデザイン。

よく生きたいのはどちらも同じ。

リセット欲が強かった僕が生きやすくなったのは、リデザインできるようになったから。
今回はリセットとリデザインについて書いていきます。



リセットについて

教員時代はいつも「早く次の4月が来ないかな」と思っていた。気を失いそうなほど忙しい一か月なのに。
それはリセットしたかったから。

4月は新しいクラスが始まる時期。「今年はこのやり方で進めてみよう」と常にテーマをもっていた自分にとっては白紙の状態から形作れる自由の時期でもあった。

でも新しい取り組みをすれば改善点も出てくる。「もう少し違う説明のしかたをしていたら…!」と悔やむことも多かった。
6月頃にはイメージと違ったところ、やってみて分かったことも出てきて「次の4月が来たらこうしよう…!」と妄想していた。

自分の思い描くものと違ったからやり直したい。それは良いものを作りたい熱意だし成長意欲でもある。
でも完璧主義だから思い通りじゃない部分があると許しがたくて、描いた通りに実現させたくなる。

完璧主義だと苦しくなる。
教育も人生も結局は予想外が起きるのだから。それでも続きをやっていくしかないのだから。
(究極のところ「人生自体をやり直したい」になりかねない。全て予想内に留めるなら空しいことになりかねない。)

担任時代は思う形に近づけたくて何度もアプローチをした。思う形になる部分とならない部分があって、1月頃には「これが今年のうちのクラスの形なんだな」と諦めて受け入れる。
そうした頃に不思議と開けた感覚があった。気持ちが楽になって良い風が吹いた。「もっとこうだったら」が抜けて開き直れて楽しく思えた。

だからきっと、諦めた頃に良い感覚になれる。

これが今の僕の「リデザイン」の基盤になっている。


リデザインについて

リデザインは「今の状況をふまえてこれからを描く」こと。

リセットと似ているようで全く違う。変えられないことをちゃんと受け止めることがリデザイン。やり直すのでなく、これまでのことをふまえながら、それでも前に進むこと。

起きたことは変えられない。明日だってやってくる。そういう変えられないことをふまえて「じゃあどうするか」を考える。
この部分は変えられないと諦めること、とも言える。
今までのことをなかったことにしない。むしろ初期設定として、じゃあ今から描けるものは何かを考える。

あの時こうしておけばと思ったって戻れないし
もっとお金があればと思ったってこれだけしかない。
自分の身長は変えられないし、性格も感情もこれだからこそ今の自分。

今から思うとずいぶんとムダなこと、もったいないことをしてきた。でもあれも必要だったなという気持ち。
あの経験があるから今こう思えるということ。

苦かった思い出もふまえて納得いく未来を描けるなら、それがいちばん自分に優しい。
そういうことが段々とできるようになってきた。
僕はこれを「現実的に生きること」と呼んでいる。

教員退職の時は転職しづらいとか社会を知らないとか言われた。「ファーストキャリアで教育を選んだのが失敗だったのか。自分の人生はアウトなのか」と思った。
けれど今は「教員をやって良かった」と言える。教員をした自分をふまえて今を描けている。

これがこの人生での、僕の形だ。


今までを抱えながら生きていく

リセットは「理想的な理想」を描くことで
リデザインは「現実的な理想」を描くこと、だとも言い表せる。

教員をして、複業をして、デンマークから帰ってきたから今ここにある僕のこの形。
僕に起きる嬉しいも悲しいも、この僕だからこそ。


いま興味のある分野を挙げれば、家づくり、複業、手仕事、お金のこと。
個別に見たらそれぞれの分野で先人がいる。でも同時にやってトータルで人生設計をしている人は多くない。と思う。
興味の触手を伸ばして取り入れて人生の再設計をする。それが自分の特性で希少性みたいだ。

今までがあったから今この形でいる。
僕のこの歴史が僕という人間。
この僕といっしょに生きていこう。

【追記】
Instagramにも「リデザイン」のテーマで投稿しました。ご覧ください。


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