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ショートショート「人影の町」

ルール:思いついた3つのワードで短編小説を作ります。
今回の3ワード:タクシー,うちわ,スマホ


『人影の町』​

8月の中旬、連日この町は地獄のように熱くクーラーのついた車内を出ればモワッとした空気が包み込む、日差しは皮膚を焼くほどに強く熱い。

自動販売機でスポーツドリンク買って、私はすぐに車内へと駆け込んだ。
「あぁ暑い暑い、ちょっと出ただけでもうこの汗だ。クーラーが無きゃ死んじまうな。」
そんなことを言ってると車道の向こう側を近くの中学校の野球部が掛け声をかけながらジョギングしてるのが見えた。1番後ろを走ってる子は顔を真っ赤にして今にも倒れそうな様子だ。
「全く中学生も大変だね」
そう言って私はタクシーをまた走らせた。

少し前までは都心でタクシー運転手をしていたがどういう訳か今ではこの郊外の田舎臭い町に飛ばされてしまった。客は少ないし風景も田園風景といえば聞こえは良いが都会のビル群が好きな私にとっては退屈そのものである。若い子も乗ってこない、唯一の収入源は病院帰りのお年寄りを家まで送ったり、その逆をしたり、そんな退屈でダラダラとした日々を過ごしてるといつの間にか辺りはすぐに暮れて夜になってしまう。

夜になると日中の暑さも少しは和らぎ、外に出れば虫の声が聞こえてくる。
「このくらいの時期になると子供の頃にカブトムシを父と取りに行ったことを思い出すなぁ」と私は思った。「都会で忙しい日々を過ごしてたけどこういうゆったりした日々も人生のうちにあっても悪くないか」

車内に戻って会社へ戻ろうとエンジンを掛けた。その時ふと、自分の後ろに気配を感じた。ゆっくりとミラーを見るとそこに確かに人影が見えて私はギョッとした。しかしよく見るとそれはかわいらしいショートヘアの子柄な女子中学生だった。スマホをみながら、何やら確認している。

私は慌ててすぐさま振り返って
「あぁ、すいません。いつから乗られてました?全く気づかずに、すいませんでした。」

「いえ、いいんです。私、影薄いねってよく言われますから」と彼女は微笑んだ。

「あはは、いえいえ本当にすいません。あ、どちらまで?」と言いながらも私は違和感を感じずにはいられなかった。こんな時間にどうして女の子が一人でタクシーに、しかも制服を着て、家には帰ってないのか。

「とりあえず、このまま行ってください。曲がる時はその時に言いますから。」と言いながら彼女はスマホを熱心に見ている、おそらく道順を確認してるのだろうか、一体どこまで行くつもりだろう。

「かしこまりました…」そう言って私は車を走らせたが内心は不安だった。この子、大丈夫かなぁ。家出とかだったら結構大問題だよな。でもあまり図々しく聞くわけにいかないだろうし。
ミラーを見ると彼女は外の景色をジッと見ていた、その横顔はどこか寂しさを帯びている。すると彼女がふとこちらを見た、私は慌ててミラーから目を逸らした。
「なんだか面倒くさいことになりそうだ、もう余計な詮索はせず、この子の言うとおり目的地までさっさと運んでしまおう」そう思った。

「運転手さん」と彼女が小さな声で私を呼んだ。「うちわありますか?」

「うちわ?ですか、あっ、どうぞ」と私はドアのポケットに突き刺さってたうちわを抜き取り彼女に渡した。

すると彼女はずいぶん暑そうにうちわを仰いで、もう片方の手では制服をパタパタとさせていた。

もう夜になって暑さも和らいで来たというのに彼女はずっと暑そうにしている。何かの病気だろうか。頭の中を色んな考えが駆け巡ったが、なぜだか彼女を途中で降ろそうとか訳を聞こうとかそういう気にはならなかった。

それから彼女に言われるがまま右、左と曲がって。最終的にたどり着いたのはなんと最初の出発地点のすぐ近くの中学校前だった。

私は驚いて「あ、あのぉ」と彼女の方を振り返った。

すると彼女はうつむきながら小さく喋りだした。「す、すいません、運転手さん。私、どうしてもこの町の様子をちゃんと見たくて。それで学校に忘れ物もしちゃって。どうしても取りに行きたくて。すいません本当はお金払えないんです。すいません」そう言って、彼女はタクシーを降りてすぐに校門を抜けて夜の校庭の方へ走っていった。

私は彼女があまりに早口で慌てて出ていったので唖然としてしばらく黙っていたが、ふと正気に返って
「いやいや、お金…」と彼女を呼び止めようとした。
しかしその時私は不思議なものを見た。その彼女の走る後ろ姿は校庭の真ん中辺りで空気に溶けていくようにすぅーと消えてしまったのだ。

私はあっけにとられて、口をあんぐりとさせてしまっていた。それから夏の涼しい夜風が静かに車内に吹き込んだ。

「何だったんだ…」と一人つぶやいた。 
なぜだろうか、その時なんとも言えない悲しい気持ちが私の心を占めていた。


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翌日この話を上司に報告すると、つい最近、近くの中学校の女子生徒が熱中症で亡くなったのだという話を明かしてくれた。それから彼なら何か知ってるかもしれないということで、こないだまで今の私のルートを担当していたというMさんを紹介してくれた。
それからMさんと連絡を取り後日カフェで会うことになった。以前の職場ではこんなことが無かったので私は妙に彼女のことが気になって仕方が無かった。


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その日は雨が降っていた。
カフェで先に待っていると真面目そうな30代半ばくらいの男性が私の方へやってきた。
この人がMさんだな。

「今日はわざわざありがとうございます。」

「いえいえ、、お話は伺いました。女の子を乗せたとかで、その子の事で聞きたいことがあると?」

「はい、具体的に何が聞きたいってわけじゃあないんですがね。こんな経験は初めてでして、どう気持ちを整理したらいいのか、少し動揺してるとこもあるんです。……あの…彼女は熱中症で亡くなったそうですね」

「えぇ、朝の通学時に学校につく前に途中で倒れてしまったそうです。彼女の通学路は抜け道の方ですから裏手で人通りが少なかったんですよ、それでそのまま誰にも見つけてもらえず何時間も…。聞いた話では彼女その日は朝から体調が優れなかったそうで、それに酷暑でしたから、無理して学校に行ったのが良くなかったのでしょうね」

「なるほど…」と、私が言ったところでウエイトレスがアイスコーヒーを2つ運んできた。ウエイトレスが居なくなってから私はまた一つ質問した。
「それでねMさん、彼女忘れ物をしたって言ってたんです。」そう私が言うと、Mさんは少しだけ微笑みを浮かべた。

「あぁそれはね、彼女は好きな人がいたそうなんだよ、丁寧に手紙をしたためてね、後から机の中にその手紙が見つかったそうだ。渡すつもりで渡せずじまいだったのかなぁ」

「手紙だなんて今時ずいぶんと古風な子ですね、ではそれが忘れ物だったんだ」

「やっぱり恥ずかしいんだろう。とても真面目な子だったそうだよ。」

「彼女は自分が亡くなったことに気づいていないのですかね。」

「それはどうなあ…。彼女はわざわざ町をタクシーで一周するだろう。実は私も1度彼女を乗せたことがあるんだよ。自分が生まれ育った町をもう一度見たいということはこの世を離れなくてはならないのが受け入れ難くやはりツラいものなのだろう…」

「はぁ……。Mさん、彼女を1度乗せたことがあったのですね。それからすぐに今の職場に異動したのですか?」

「そうだよ。」とMさんはつぶやくように言ってから、アイスコーヒーを固唾を飲むようにゴクリと飲んだ。

私はMさんのその姿を見てどうしてこの人が、職場を異動したくなるほどこの事について心を痛めてるのかが分かった気がした。

「ずいぶんお詳しいですね」と私が言うと

Mさんは「うん…」と静かに頷いた。「あんなことがあったからね、気になって私も色々と調べたんだよ。」

私もそれ以上は何も聞かなかった。

「Mさん…第一発見者は誰なんですか」なんて聞くまでもなかった。

窓を打つ夏の雨は一層強くなっていた。


3ワードで作るショートショート






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