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『一人で死ねよ』 ショートショート

ここは小学校3年4組の教室、5時間目の今日の最後の授業は『道徳』だ。もうすでにチャイムが鳴って生徒30人は全員が席について、机の上には国が指定した教科書が置かれている。少し遅れてガラガラとドアを開けて入ってきたのはこのクラスの担任の先生 町田京子先生だ。先生は美人で爽やかで、子どもたちから人気の先生だった。

先生「はい、それでは授業を始めます。早速皆さんまず教科書のちょうど真ん中あたりのページを開いてからそのまま上の部分を両手で持ちましょう」
子どもたちは訳が分からないまま先生の指示に従った。

先生「はいそしたら、こうします。」
と言って先生は教科書を真っ二つにビリビリと破り、後ろのゴミ箱に投げ捨てた。
子どもたちは先生の衝撃の行動に皆ポッカリと口を開けている。

先生「みなさん、道徳の授業に教科書は必要ありません。社会というのは違う考え方の人が沢山いてそうして成り立っていて、それでこそ公共と言えるのです。つまり道徳の授業に必要なのは教科書で1つの正しい意見をみんなに納得させるのではなく自分とは違う意見を知り、そして自分と違う意見を人間を一度受け入れて考え、自分の考え方を顧みたり全体を想像したりする、それが道徳にとって1番必要な事なんです。だから教科書は破り捨てて下さい」

するとクラスで1番頭のいい女子の片野が先生に意見を言った。
片野「先生、でもこれは国が決めたことなんですよね。国が言ってるのだからそれは信じるべきだと思うし国が発表している方針が間違ってるというのが信じられません」
周りの生徒たちは静かに頷いていた。

先生はすぐに返答した。
「確かに、国が出すものは最も信頼できるソースです。でも国が間違えることもあります。ということは頭の片隅に置いといて下さい、でないと考える力が無くなりますから。片野さんの言うとおり私が今している行為自体は常識的に見て普通じゃないし多分クビになると思います。だからおそらく今日は私の最後の授業になります。」

先生のことが好きだった海野が寂しそうな顔をした。
先生「ごめんね。海野くん」

先生「さて、授業を始めますよ。今日のテーマは『一人で死ね』です。」
黒板には『一人で死ね』の文字がデカデカと書かれた。
先生「皆さん、最近、凶悪犯罪が起きるとその度にこの『一人で死ね』論争が起きるのを知っていますか?これはほぼ確実に起きます。それはすなわちどういうことかというと何か人が殺される事件が起きるたびに犯人に対して『こんなやつ一人で死ねよ』という人と『一人で死ねなんて言っては駄目だ』という意見の人達が必ず湧いて出て来ます。そして彼らの意見はいつも噛み合いません。なぜでしょうか?」

海野「違う人間だから!」
先生「それは大きく言えば正解と言えるでしょうね、でもなら何が違うのかな」
海野「う〜ん、意見が違うのかな」
先生「私が思うにね。彼らは意見が違って言い合いをしているわけじゃないと思うのよ。もっと言えばそもそも言い合いにすら実はなっていない。言い合いというのは対立している2つの意見が同じ次元にあるときに成立するの。でもネット上で行われている多くの言い合いはその次元がズレてる可能性が高い。だから一見言い合いが出来ているように見えてただ永遠にすれ違ってるだけなんだよね。噛み合うどころかぶつかり合えてすらいないの。」

すると最前列の真ん中で話を聞いていた男子、藤谷が質問をした。
藤谷「でも、この問題は多くの人が関心を寄せていてテレビでも取り上げられるほどです。そんな問題がそもそもズレてるなんてことあるんでしょうか?」

先生「それはおそらく言葉のマジックだろうね。一人で死ねば良いという意見に賛成か反対かという言葉上の対立軸が成立しているからそういうふうに見えるんだよ」
藤谷「違うんですか?」
先生「実は『一人で死ねよ』派の人は現実的なレベルにまで達してない人が多いのではないかと私は考えてます。要するに単なる感情論で意見としては未熟な内にただ単に気持ちとして吐き出してしまっているということです。」
藤谷「じゃあ本当にそういう仕組みや雰囲気を社会に適用してほしいとは考えていないと?そんなことあるでしょうか…僕は『一人で死ね』派の人達は全員、こちら側の人間が一方的に判断するヤバそうな人達は事件を起こす前にみんな一人で死んでほしい、そう考えてるのだと思ってました。」
先生「いいえ、あの意見にそういった未来性はありません。全て事後に思う後悔からの怒りの言葉でしかありません。」

すると窓側に座っている女子の牧野がこう言った。
牧野「先生、でもやっぱり悲しいです!罪のない人達が殺されてその犯人を恨むのは当然のことじゃないですか。」
先生「はい、私もそう思います。私はその犯人らに同情したり許す気など微塵もありませんよ。悔しい気持ちで胸が痛いです。」
牧野「え?」
先生「そうなんです。ここが次元の問題なんです。今、先生と牧野さんは実は噛み合ってません。」
牧野「どうしてこうなったんですか?」
先生「私は感情的な発言は基本的に嫌いです。でも『一人で死ね』と感情的に言いたくなる気持ちには少しは理解を示す余地を持とうと思ってます。問題なのは本当に『一人で死ね』と思っている人です。」
牧野「それは誰なんですか?」
先生「感情論を育てて怒りを増幅させて自分のものにしてしまった人です。そういう人達は本当に事件を起こしそうな人達は先に一人で死ぬべきだと考えています。こういう人達と感情論の未熟な人達が一緒くたになるとどうなるか?それは社会全体の総意になりかねません。落ちそうな人に手を差し伸べる雰囲気より落ちそうなやつは一人で落ちろという空気感が国に出来上がったとき格差や軋轢は余計に大きくなるのではないかと私は思います。だから私と同じような人がそんなこと言うべきではないと同時に現れるのです。」

その時最後尾のリーダー的存在の男子が手を上げた。
先生「どうしました、山田くん。」
山田「なら、俺は本当にそう思ってる派の人間です。俺は絶対に犯罪者にはならないし、そんな奴らは先に一人で死んでくれたほうが社会全体のためだし、役立たずは死んだほうがいいと思う。これは感情的じゃないです、本当にそうするべきだと思う。」
先生「山田さん、私の経験上、生きていると自分が思っていたような自分ではなかったということがたくさんあります。そういう時、自分がわからなくなって道に迷って自分を強く否定しまうこともありました。もしそういう時に社会の役立たずは一人で死ぬが良しという空気感が世の中にあったら、私はあの時、死んでいたかもしれません。それでも山田さんはそういう社会になったほうが良いと思いますか。」
山田「俺は絶対にそう思う。そいつがいなければ社会はより良くなるんだから、将来どうなるかという可能性の話はどうでもいい。今の社会に迷惑をかける前に出来るだけ早く自分で決断して死んでもらうべきだ」

すると先生は窓際の最後尾にいる阿部くんに近づいた。
先生「私は阿部さんが将来酷い凶悪犯罪者になると思います。理由はいつも教室の隅で一人でいて社交性がないし孤立しているしそれでいて気が小さくて真面目で、社会に出ればさぞかし苦労することでしょう。そして失敗を繰り返しやがて周りを恨む、それからみんな殺してやると逆上するに違いありません。阿部さん、死んでもらえますか?みんなのために死んで下さい。」
山田「先生!なんて酷いこと言うんだ!」
先生「でもみんなのためですから。」

先生は阿部くんを両手で抱えると窓から放り投げた。
キャーと女子の叫び声が響く。下を覗けば血だらけの阿部くんが倒れてる。
先生「おめでとう。これでみんな安心だよ」

教室は恐怖で静まりかえっていた。
先生「ねぇ、みんなもう一度聞くよ。先生は今のところ怒りの感情からくる『一人で死ね』は甘んじて受け入れてる。でもその感情論である『一人で死ね』を社会の総意として育ててしまった場合、世の中はどうなってしまうのか?って、聞いてるの。みんなどう思う?」
全員「…」
先生「みんな、阿部くんが死んだショックで話し合いにならないようね」
と先生が言ったと同時にキーンコーンカーンコーンと終了のチャイムが鳴った。

先生「もう分かったわ。阿部くん入ってらっしゃい!」
すると後ろのドアから元気な阿部くんが入ってきた。
全員「阿部くん!大丈夫だったの!」
と全員で阿部くんを取り囲む。
藤谷「良かったあ、心配したよ」
山田「お前、死んだかと思ったよ」
阿部「あ、別に…みんなありがとう」
海野「阿部くん無事だったんだね。僕は君と気が合いそうな気がするよ。なぁ友達になろうよ…」
片野「先生、どうして阿部くんは大丈夫だったんですか?!」

先生「これはフィクションだからよ。すべては作りもの。今日の授業はこれで終わりよ。皆さんさようなら」

全員「起立、礼、さようなら」

ショートショート

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