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ショートショート「夜と男」

ルール:思いついた3つのワードで短編小説を作ります。
今回の3ワード:美人,山間,電灯 


『夜と男』

コンクリートで舗装された山間の車道。深い森に囲まれた曲がりくねったその道は日中であればサイクリングをする奴らで賑わう。でも夜になれば、人の姿は無くなって辺りは一切の闇が包みこむ。

夜、俺はあてもなくこの山間の道を1人歩いていた。手に持った懐中電灯、豆電球の灯は淡く俺の足元をオレンジ色に照らしてその行く先をぼんやりと小さく浮かび上がらせる。試しに遠くを照らしてみてもその微かな明かりではすぐに闇に飲みこまれてしまうだけだった。

夜になると山はその本性を表すのだといつか誰かが言っていた。太陽の眩しさに誤魔化していたその本性を。

静寂の夜、耳に入り込む無数の音に俺は意識を囚われた。静かに響き渡る虫の声は「ここにはお前しか居ないのだ」と囁くように寂しさを帯びながら俺の心を徐々に蝕んでいく、それから突然 耳に飛び込んでくる謎の獣の唸り声に怯え、耳をかすめる夜風の不気味なゴォーッという低音は俺を次第に不安へと陥れていく。黒い木々がざわざわと揺れだす。
「いや、何もない。大丈夫だ…大丈夫だ。」そう自分に言い聞かせるたび、その不安が俺の背中に取り付いて離れなかった。もはや不安を体全体に纏ったと言ってもいい、何かが俺を見つめている、何かが後ろから近づいてきている、何かが…そんな恐怖にいつしか完全に心を奪われていた。まるで自らもがき苦しんで底なし沼へと落ち込んでいくかのようだ。

ふと、懐中電灯の僅かな明かりに照らされた先に何かが写り込んだことにハッとした。よく見ればそれは真っ白な菊の花だった。その白菊の一輪は車道のちょうどセンターラインに不自然に置かれていた。俺は白菊の前にしゃがみ込むとそれをよく観察した。花びらの一枚一枚はどれも艷やかで瑞々しく、夜の闇に映えるその白菊の白は怪しくも神々しく俺はその美しさに俄(にわか)に心を奪われ夢中になった。その時俺は刹那的に自分が己の存在を忘れて、不安や恐れをも何処かへと葬り去っていることに気がついた。あれだけ恐ろしかった不安よりもこの白菊の美が勝ったというのか。

俺はこの一輪の白菊を自分のものにしたいと強く思った。そうして白菊を拾おうとゆっくりと手を伸ばしその白菊に指先が触れた瞬間、なぜだか涙を流す美しい女の姿が俺の脳裏をよぎった。
「何だ、今のは…」
俺は頭(かぶり)を振ってまた白菊を見つめた、すると今度はその白菊が女のように俺に不敵な笑み浮かべている気がしたのだ。
その時は俺は突然その一輪の白菊がとても恐ろしくて仕方なくなった。俺は思わず後ずさりをした。すると今度はその白菊が時間を早回ししたかのように一瞬にしてその瑞々しさを失い錆色に変色して枯れ果て、やがて夜風に撒かれ崩れ去ったのだ。

そして男も後を追うように指先から爪がこぼれて、やがて体全体の形もボロボロとあっという間に崩れ落ち、その断片は小さな欠片となり塵となり夜風に撒かれ、雲間に漏れた月明かりに照らされきらきらと煌きながら空へと散っていた。


3ワードで作るショートショート



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