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女と髪切り屋の話

お母さんが子どもの髪を切る、いわゆるママカットも嫌だったが、美容院デビューして以降も、そこで愉快だったことはなかった。

接客、触られかた、仕上がり、全部が不満で苦痛だった。

二十代の中頃に、ようやく、表参道のある美容院で水口さんのお世話になり、落ち着く。

なんだ、私がオサレな都会人だったのが、いけなかったのね。

(冗談です)。

OLだった私は結婚し、妊娠し、臨月まで水口さんのお世話になった。

私の女の人生で、一番美しかった時期を知っているのは水口さんです。

(夫もか)。

ハラならともかく赤子を抱えたら、片道二時間をかけて表参道まで出かけるわけにはいかない。

しばらくは、店内で母に赤子の世話を任せながらお願いできるような美容院で、適当にお世話になっていた。

多少出かけられるようになり、何件か近所の美容院をあたる中で、水田さんと出会った。

表参道の水口さんと比べて、全く遜色ない。

というか、水田さんの方が好きかもしれない。

私に表参道は関係ないのは分かった。

むしろ、水がつくかどうかが関係あるのかもしれない。

(だったりして)。

そして数年、水田さんのお世話になっていた私は、ある日、スイッチが入ってしまった。

突如、水田さんが男性として意識されるようになってしまったのである。

困ったな。

そのくらいでいちいち夫に対して罪悪感を感じ、自分自身を責めるようなタマではないが、遂げられない思いを抱えたまま身体的接触を避けることの出来ない生殺しの数時間を、定期的に過ごさなくてはいけないのは苦しい。

かといって、なかなかうるさい私が、次の美容師さんを見つけるのも、簡単ではない。

困ったな。

と、思いながら再び水田さんのもとへやってきた私は、告(つ)げられた。

水田「実は、お店を辞めさせていただくことになりまして」

私「えっ、そうなんですか?!独立されるとか?」

水田「いえ、別のお店に。結婚するんですが、通勤の関係もあって」

私「あっ、結婚されるんですね。おめでとうございます。

  次のお店のお名刺とか、もらえたりしますか?」

水田「あっ、はい、大丈夫です。では後ほど。ありがとうございます」

名刺というか、次に水田さんがお勤めになる店舗のカードはいただいたが、おそらくいい機会なのだと思い、ついてゆくのはやめた。

そしてしばらく、また美容師ジプシーを続けていたが、満たされない(接客、髪の触られかた、仕上がりとかがです)のがストレスになった私は、水田さんの動向をネットで探った。

フルネームの分かっている美容師さんの特定は容易い。

美容室のアカウントで、SNSをされていますし。

この間水田さんは二店舗を渡り歩いていたが、現在の消息が不明であった。

でもなんとなく、そろそろ独立されるのではないかという予感がした。

案の定、水田さんが晴れて一城を構えたところで、予約の電話を入れた。

まあ、ちょっと驚かれた。

ずっと水田さんについていっていたお客様は、もちろん、水田さんより独立のお知らせをもらったはずだが、私は三店舗前の客である。

水田「よく分かりましたね」

私「まあ(笑)」

ストーカーに間違えられることよりも、また意識してしまうことの方がヤバイと思ったが、こちらも大丈夫だろうという予感は、再会前にあった。

そして数年経つが、大丈夫である。

水田さんはプロであり、ご自分の腕に自信があると思うので、私がストーカーかどうかは気にしなかったと思う。

私にとっても、「ちょっとスイッチが入っちゃう」男性の代わりは現われそうだが、美容師・水田の代わりはいない。

女と美容師さんの付き合いが長くなると、自ずと同志感は出てくる。

私「この前、久しぶりに母にあったら、鼻毛がすごいことになっていて」

水田「あははははっ!」

私「お化粧は毎日する人なんですけど。
  視力の問題で、気付かなくなったと思うんですよ。
  私がそうなったら、水田さん、ちゃんと教えて下さいね」

水田「あははははっ!
   虎馬さんなら大丈夫だと思いますけれど、かしこまりました。」

水田さんに言わせれば、近藤サトのグレイヘアはナイらしいが、理由は、近藤サトの肌がまだ若いことにあるという。

水田「肌が乾いてシワもあるようでないと、白髪は似合わないんですよ」

なるほど。

私「白髪になったら、私、一度ピンクの髪にしてみたいんです。」

水田「・・・その時、相談しましょう!」

いろいろと、プロでいらっしゃる。

勉強になります。

水田さんよりも、水口さんの方が、キレイな私を知っていると言い切ってしまうのも、水田さんに申し訳ない。

・・・頑張りましょう!

『美容文藝誌 髪とアタシ』という、なんともそそられる雑誌があることも、水田さんから教わった。

コレです↓

今回のテーマは「BAD HAIR」。
リーゼント、角刈り、モヒカン。いわゆるバッドヘアも満載だが、生き方やスタイルにもBADを含んだ髪の表現者たちがいる。彼らは、誰にも左右されず、自分の道を突き進んでいる。ときに悩み、もがき、苦しみ、でも突き進む。
その姿勢に感動し、圧倒された人たちをたくさん取材しました。
今号はより文芸色を濃くし、小説、不良マンガ評論、写真エッセイと多岐に渡る104P。
昨年末、休刊になった資生堂花椿の今後の行方の話しなど、髪が好きな人は必見の一冊。

おお〜っ!

買おっかな。

夫婦出版社アタシ社って、そこのネーミングもすごい!

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