見出し画像

5月19日 スクエニ、特別損失を221億円計上……このニュースを見て思ったこと。もしかすると「官僚」タイプが業界に増えているんでは?

 スクウェア・エニックス、制作中だった作品を複数中断させ、そのための損失が221億円も出ました……という話。一時、この話題はゲームコミュニティ内で大きな話題となっていた。

【視聴者質問】スクエア・エニックスが221億円の特別損失を計上した件についてご意見を聞きたいです。

 この件について、岡本吉起さんが動画で話しています。もともと業界の中心地にいた人の発言なので、岡本さんの話でだいたい間違いないでしょう。

 ゲームコミュニティ内では「もしかして『ドラクエ12』も中断になったのでは?」みたいな不安も囁かれたけど、それだけは絶対にないでしょう。なぜそう断言できるのかというと、もっとも売れるコンテンツだから。『ドラクエ12』を中断させちゃった……というんだったら、経営者が無能。
 そうではなく、「売れる見込み」もないのに、「惰性」で動いちゃっている企画を中断させた……という話でしょう。スクエニ内で、客観的に見てそういうヤバい企画がコントロール不能状態で動いちゃっていたんでしょう。ここ数年、スクエニの作品を見て「あれれ?」っていうことは多かったからね……。むしろそういうダメ企画が221億円分もあったことのほうがゾッとする。岡本さんの言うように、「膿を出すのなら今のうちに」という経営判断だったののでしょう。

 最近の、やや微妙だった……と言われるスクエニタイトル。

バランワンダーワールド 2021年3月発売。「未完成状態で発売されてしまった」という社員の訴えがあったが、その後その社員が逮捕……後味の悪い終わり方をした作品だった。
インフィニティ ストラッシュ ドラゴンクエスト ダイの大冒険 2023年9月発売。ある意味で話題になった問題作。
FOAMSTARS 2024年2月発売。発表時から『Splatoon』との類似性が指摘され、その後、ひっそり発売され、ひっそり忘れられる。

 スクエニはたくさんのタイトルを発売しているので、問題になった……というタイトルはその中でもごく一部。むしろ大ヒット作の方が多い……ということを了解して欲しい。
 こういう「これ、ダメだよね」という企画をストップさせた……というのが今回の話なので、これから巻き返しがあるでしょう。

 この件について、私なりに思ったことがあるので、今回はその話をしようと……。まあ素人が書いた感想文でしかないので、暇つぶしついでに、話半分で聞いていてくれたらいいよ。

 この件について、直接的、間接的に思ったことがあるので、まず直接的に思ったことのほうから。

 まず直接影響のありそうな話、1つめ。
 221億円分の作品が中断となった……。最近のゲームは1本40億~50億円ほどかかるとされているので、少なくとも4~5本。もっと小規模なゲームであれば7~8本ほどの制作が中断したということになる。
 それは経営者判断といったところだけど、経営者判断というのはマクロ的な視点というやつで、ミクロ的に現場にいた人々の視点になると……まあ落胆したでしょう。どんな作品であれ、その作品のために全てを注ごうとした……という人たちがいる。それが経営者判断である日突然「中止!」を命じられる。「あ、ハイ、そうですか」と言って、言われたとおりに頭の切り替えをする……なんてことはできるものではない。制作に向けるモチベーションはダダ下がりどころでは済まない。「あ……仕事辞めよう」と思う人が出ても不思議ではあるまい。こういうことが頻繁にあると、現場にいる人からすると会社に対する不信感に繋がる。「この会社は最後まで作品を作らせてくれないのか」って。
 逆に、中には「解放された!」という人もいたかも知れないけど。「この作品ダメだろ」という作品のために労働力を消費させられてウンザリしていた……という人もきっといるだろう。
 これだけ大規模に制作中の作品を中断させた、ということは、それだけ社内でも混乱が起きる。特にモチベーション問題は大きい。いったん社内の制作に向かうモチベーションはゼロになった……と見てもいいから、そこからの再始動だから、なかなか厳しい状況になるはず。こういうのは「個々の自己責任の問題」にせず、トップにいる人が「立てよ諸君!」みたいなアジテーションやって盛り上げる……くらいのことはやったほうがいい。そういう振る舞いもするのも、偉い人のお仕事。

 2つめ。プロデューサー問題。
 最近、スクエニのゲームのクオリティがいまいちなのは、【有能な】プロデューサーが不足しているのではないか……。いや、プロデューサーは一杯いるんだろうけど、大事なのは【有能な】のところ。
 プロデューサーのお仕事は様々だし、人によってぜんぜん違ったりするので「全てにおいて共通事項」はないんだけど、私が考えるに、プロデューサーに大切なポイントは2つ。「パッケージ作り」と「ツッコミ」。
 まず「パッケージ」について。
 プロデューサーは作品の企画を立てる際、どのようなパッケージで作品を作るか……ということを構想する。

 例えば『魔法少女まどか☆マギカ』という傑作アニメがあるのだけど、監督新房昭之、脚本虚淵玄、キャラクターデザイン蒼樹うめ、という組み合わせを考えたのがプロデューサーのお仕事。新房昭之と虚淵玄まではわかるけど、そこに蒼樹うめを放り込む。普通に考えるとあり得ない組み合わせだけど、とんでもない化学反応が起きて傑作が爆誕した。こういう掛け合わせでどんな作品が生まれるのか、を構想するのがプロデューサーのお仕事。こういう組み合わせは監督じゃなく、プロデューサーがやるんですよ。

 スクエニ内で有能なプロデューサーといえば斉藤陽介がいるのだけど、斉藤陽介はヨコオタロウと組んだ時に、あえて「キャラクターがダメ」というダメ出しをした。さらにキャラクターデザインに吉田明彦を起用。ヨコオタロウといえばすでにそれなりに知られたディレクターであり、ストーリーテラーだったが、それでも「知る人ぞ知る」という存在。それが吉田明彦キャラがかけ合わさった瞬間、『ニーアオートマタ』という大傑作が生まれ、ヨコオタロウは世界的作家として認知されるようになった。

 新海誠は業界内ではずいぶん前から「天才」として知られていたが、しかし「知る人ぞ知る」という存在でしかなかった。それが『君の名は。』で突然国民的作家に格上げされたのは、プロデューサーの仕事(おそらく川村元気)。

 話を遡ると、実は宮崎駿もある時期まではマイナーな存在で、作る映画はことごとくコケていた。業界内では「凄いアニメーター」という認識はされていたけれど、しかし映画がことごとくコケていたので、「このまま消える人」と言われていた。そこでプロデューサー・鈴木敏夫が大がかりな宣伝戦略を打つようになり、一気に国民的作家に格上げされていった。その切っ掛けとなった作品が『もののけ姫』。今は「宮崎駿は国民的作家」という評価が定着して、その以前の作品も遡って高評価されるようになったが、もともとは「売れてない作家」だった。

 こんなふうに才能ある人を世に出す……というのもプロデューサーのお仕事。まあそれは副産物に過ぎないんだけど。
 もう一つ、プロデューサーの大事な役割が「ツッコミ」役
 作品制作は、よく「洞窟を掘っているようなもの」とか「暴走機関車に振り落とされないようにしがみつくようなもの」とか言ったりする。制作の現場にいると、目の前の小さな範囲しか見えないから、気付けば作品がおかしなことになっている、おかしな方向性に進んでいる……ということはよくある。
 そこに飛び出してきて「おかしいよ!」とツッコミを入れるのがプロデューサーの役割。制作がおかしな状況になりかけていたら軌道修正しなければならない。
 もちろん、監督が有能であれば、お金と場所だけ与えてあとは放置……でいい。いわゆる名監督なんかは、金だけ与えて放っとけば傑作が生まれるので、放任でもいい。
 が、ほとんどの監督はそういうわけにはいかない。常にプロデューサーが監視して、ツッコミを入れていかねばならない。
 最近のスクエニは、こういう意味でツッコミができるプロデューサーがいないんじゃないか……と感じている。
 スクエニくらいの大企業になると、それなりのポテンシャルを持っていなければ入社できないはず。社員一人一人のスキルは、その辺にいる人より絶対に高い。ところが、できあがってくる作品はどこか微妙なものばかり……。社員のスキルが高いのに、できあがる作品のクオリティが低い……これはプロデューサーがダメな奴か、まったく仕事しない奴か、作品の良し悪しの判定ができない奴かのいずれか、あるいは全部、ということになる。
 今回のスクエニの件に照らし合わせていうと、そもそも見込みのない企画にGOサインも出すな、と。そういう審査もろくにできないプロデューサーだらけだったから、221億円分もの企画が凍結したんだろ、と。
 人材は一杯いるはずなのに、まともにプロデューサーをやれる人がほとんどいないんだな……というのはなかなか不気味な状況でもある。

 次に、間接的なお話し。今回のお話しに関係あるかどうか、微妙だけど、もしかしたらこういうことかな……という仮定のお話し。

 もしかしたらだけど……ゲーム業界に「官僚」タイプの人間が増えているんじゃない?
 いや、根拠はないけどね。

 官僚的なタイプ……というのはどういうタイプかというと、やるべきことが目の前にあるのに、やらない理由、できない理由を理路整然と語り、周囲に対しても何もやらせないようにする……というタイプである。
 この説明だとわかりづらいか……。
 明らかに間違った現状が目の前にあるのに、その現状そのものが「正しいもの」として維持しようとする……そういう傾向を持った人のことを、私は「官僚的なタイプの人間」と呼ぶ。
 ゲームコミュニティで例えると、明らかに改善した方が良い、大多数にとってやりづらいゲーム設計があったとしても、官僚的なタイプは「これだから良いんじゃないか! 文句がある奴はゲームをやるな!」とか言っちゃう。つまり、自分はその設計に順応できて、しかも良い成績を出せている。自分と同じようにできないやつらは努力が足りない、センスのない奴らだから、そういう奴らは出ていけ……と(こういう意識の背後には、自分が優位に立てている状況を壊したくない……という意識があるが、だいたい無自覚)。そう言いがちな人、ゲーム界隈には多いでしょ。
 ではこういう官僚的なタイプは面倒くさい無能なのか? いや、そうではない。「歩兵」としては最強。官僚的なタイプはだいたい学業成績優秀で、コミュニケーション能力も高く、自分の考えを理路整然と話すことができる人たちである。トップから指令が下れば、完璧に仕事をこなす。ゲームでも自尊心の塊のような発言(「文句がある奴はゲームをやるな」)をしてしまうのも、優秀すぎるゆえである。どの業界でも、人事担当がヨダレを垂らして「今すぐウチに来てくれ!」と言いたくなるタイプの人材だ。人材としては超魅力的なのだ。
 ただし、こういうタイプは歩兵として優秀というだけであって、自分から何か新しいこと、変わったことを提唱したり行動したり……ということは絶対にしない。「できない」「わからない」ことは絶対にやらないからだ。官僚タイプは「後追い」しかできない。有能な人間が集まっても、どこかですでに作られたものの後追いしかできない理由がこれ。しかも官僚タイプはプライドも異常に高いので、自分の考えが正しいことを周りに認めさせ、そのコミュニティ内の“空気”にしてしまう。これで有能な人間が集まっているのに、「何もしない」「何もできない」ことを正当化する組織ができあがる。

 これはスクエア・エニックスだけの話ではなく、大手ゲーム会社にこういう官僚タイプが増えているんじゃない?
 家電メーカーは外から見ても、こういうタイプが大多数になっちゃってるんだろうな……と察せられる。大手家電メーカーの上層部に行ける人、というのは間違いなく超有能な人間であることは間違いないのだけど、何も新しいことを始められない、新しいものを作れない。官僚タイプはすでに世の中にあるものを再生産することだけ。なぜなら「後追い」しかできないから。ライバル会社相手に「競争」しようとする。そんな競争、大多数の一般人から見てどうでもいいこと……だと理解できず。とりあえず「性能の良いもの」を作りさえすれば売れると信じている。そういう人間が大多数を占める社会になると、その状況がおかしいとすら思わなくなる。
 こういう人間が多数派になると、その組織は何も始められなくなる。「こういう作品がやりたいんだ!」という意欲を持った人がやってきても、こういう組織の中では居づらくなる。なぜなら、何もやらせてくれないからだ。やりたいことがあっても、周りはやらない理由、できない理由をひたすら並べていく。ことあるごとに「オトナの事情」とかいうやつを持ち出してきて、何もしないことを正当化する。するとまともに作品を作れる人は組織に失望して、どんどん抜けていく。
 例えばコナミは、オリジナル作品を作れる人材はみーんな逃げ出して行っちゃったじゃない。残った連中は、有能かも知れないけどただの残飯。しかし大企業にいて、お給料もたくさんもらえているから、自分たちが泥船に乗っているということに気付かない。
(ゲーム業界でいうと、最近は「インディーズ」という選択肢ができちゃったので、「こういう作品がやりたい!」という人はみんな大手から抜けて、インディーズにいっちゃうかもよ)

 私が前から強く言ってていることは、「良いものを作れる人材」「売れるものを作れる人材」にぶら下がれ! 「稼げる才能」には遠慮なくぶら下がれ!

 世の中の常識に反するかもしれないが、「能力が高い」と「売れるものを作れる才能」は別のもの(世の中の常識は「能力の高い」と「才能ある人」は同一と見なしていることだろう)。そしてこういう「売れる才能を作れる人」は決して優れた能力を持っているわけではない(←ここ重要)。「売れるものを作れる才能」というのは1000人に1人とか、10年に1人くらいの希少なもの。こういう人間を中心に立てて、全員がぶら下がったほうがいい。間違っても才能ある人間を低い立場に置いたり、「この会社にいたくないなぁ」と思わせる環境を作ってはいけない。逆にずっとそこにいたくなるように仕向けたほうがいい。そのほうが組織の利益になる。
 しかし世の中的には、こういう才能を持った人は最終的に追い出されてしまう。プライドの高い官僚タイプが、組織の中でいかに自分の影響力を強められるか……という政治ゲームを始めてしまい、その政治ゲームの中で才能ある人間が弾かれてしまう。そして組織の没落が始まる。こういう状況は、どこの社会でも起こり得る。

 ……と、最近の私はこういうイメージを持っているのだけど、どうだろう?
 今回の話を見ていて、ふわっと思ったのも、スクウェア・エニックスの中、こういう官僚タイプが支配的になってない?
 という以前に、日本人はこういう官僚タイプに陥りやすい。日本には誰が見ても明らかな問題はそこらじゅうにある。しかし地位の高いエリート達はなぜかそういう問題を是正し世の中を良くしようとせず、むしろその状態を維持しようと見事な仕事ぶりを発揮してしまう。優秀な人ほど、「それが世の中のルールなんだから、それに従え! 脱落するやつは自己責任だ!」とか言ってしまう。自分の優位性を崩したくない……優秀な人は自分でも気付かないうちにこの思考に陥ってしまう。なにもしない、なにもできない言い訳を、完璧な理論体系を背景に組み立てて、何も変わらない社会を作り出す。有能であるがゆえに、こういう人間に陥ってしまう。
 それでもやはり有能であるから、あらゆる企業に採用されてしまう。「企業が望む人物像」こそが、こういう官僚タイプ。面接官やっている人、こういうタイプ、大好きでしょ?
 私の個人的な考えだが、有能な人間は「自分はただ有能なだけ」とわきまえて、「最強の歩兵」として仕事した方がいい。うっかり「権力を持ちたい」などとは考えないほうがいい。
 今回は別に政治の話はする気はないし(そもそも政治に興味ない)、あくまでもゲーム会社の話。大手ゲーム会社の中身、こういう官僚タイプが多数派になってない? 官僚タイプは有能かも知れないけど、こういうタイプが多数派の社会は、例外なく没落するよ。と、いう警告をゆる~くしておこう。


とらつぐみのnoteはすべて無料で公開しています。 しかし活動を続けていくためには皆様の支援が必要です。どうか支援をお願いします。