イット_それが見えたら_終わり_20180301120940363

8月映画感想 IT/イット “それ”が見えたら、終わり。

 1988年メイン州デリー。ある雨の日。主人公のビルは弟のジョージーために紙で船を作っていた。ジョージーは兄の作った船の大喜びして、雨降る街の中へと飛び出していくが……。

 冒頭、雨のシーン。やや暗いが静謐な美しさが漂う。母親が弾いているピアノの音が聞こえてきて、雰囲気はいい。
 そこから地下の場面へ、ピアノの音がすっと消えて、暗闇が深くなっていく。
 私好みのいい雰囲気だ。ホラーは素朴な体験から生まれるもの。少年達の敵となるペニーワイズも少年達の内面から生み出されているから、こうやってじわじわと描くやり方がうまくハマッている。
 教会に現れる絵画の幽霊、図書館の地下室に現れた首無しの子供、路地裏の扉に現れる無数の指……。前半、いかにもなシーンが続いてワクワクしますわー。
イット ただ、ピエロのペニーワイズがはっきり見えすぎている……というのが気になる。下水口にさも当たり前のように鎮座する姿は、恐怖というか笑いがこみ上げてしまう。
 ピエロが怖い……という感性は個人差というか文化の差という気がしていて、私はペニーワイズが恐怖の対象としてみることができなかった。スライドショーしている場面で、巨大なペニーワイズが現れるが、これは「恐怖」なのだろうか……。場面として飛躍しすぎて、どうにも「ギャグ」という感じがしてしまう。
 ホラーとギャグは紙一重。接地する地点を間違えると、ホラーのつもりがギャグになってしまう……ということが往々にしてある。ペニーワイズのデザイン的なところがうまくいっていても、出現するタイミングや見せ方が相応しくないと、デザイン画が持っている神秘性を失ってしまう。映画『IT』はそこがうまくいっていなかったように思える。
 ペニーワイズの演技、俳優がかなり面白い動きをして頑張ってはいるものの、やっぱり見せ方がよくない。あまり「映画的」な感じがしない。なんとなく「テレビ的」。日常シーンの中、無防備に登場させすぎている印象がある。

(もう1つのポイントは歴史。ホラーはその文化の性格をよく現す。ホラー映画はその街の歴史、文化の歴史を掘り下げ、そこから幽霊の正体や由来を説明しようとする。幽霊は歴史が生むものだ。もちろん『IT』で描かれた過去の事件は架空だけど、どこかしらでその時代ならあるかもと思えるもの……あるいは実際にあった事件や、その文化が持っている暗黒史が下敷きにされる。ペニーワイズの正体についても、その街の過去から掘り当てようという展開があって、そこがいい。ただ、ペニーワイズはどうやらそれよりずっと以前からそこにいて狩りをしている、という設定で、「幽霊」というより奇妙な「種」のようなものらしい)

 それはさておきも、映画『IT』はホラーというトッピングが上に載っているものの、本質は青春映画だ。少年達の葛藤と成長こそが物語の大きな軸になっている。
 主人公のビルは「吃音」……なのかな。うまく喋れない。行方不明になった弟に対して負い目を感じていて、まだ生きていると信じて探そうとする。それに障壁となるのが大人……大人達だ。探そうともせず、希望も持たず、もう死んだ、掘り返すな、と子供たちに叱りつけようとする。
 『IT』に出てくる大人達はみんなそんな有様だ。考えず、行動せず、ただただテレビを見ている。精神的な問題を抱えていて、暴力を振るったり、脅かしたり、性的対象にしたりと、揃いも揃ってクズ揃い。
(街で明らかな問題が起きているのに……子供が何人も行方不明になっているのに、まともな調査をしようとしない。子供たちの夏休み自由研究程度の調査で根源に辿り着ける話だというのに。それくらいの努力すら支払わない……ということろに大人達の無気力さが見えてくる。子供の死に対して大人達が何もしなさすぎだ……)
 ……でも、大人になって世の中を見ると、実際、大人ってそんなもんだよなぁ……。実際に大人ってああいうものばかりだから、あの描写に妙にリアルなものを感じてしまった。「大人ってなんだろう」というのは、大人になってからのほうが考える機会が多くなる。映画はかなり戯画化されてはいるものの、大人の描写は間違っていないように感じられた。
(大人達はペニーワイズに洗脳されているのではないか……という意見もあるようだ。この辺りは劇中で特に言及されていないと思うので、スルーする)
 それで、子供たちは大人に頼らず。街のヤンキーにベンが腹部を切られるのだが、その後病院へ行くのかな、警察に行くのかな、と思いきや、子供たちだけでなんとかしようとしてしまう。子供たちはそれくらい、大人を信頼していないのだ。
 映画の前半から厄介な障害として現れるヤンキーも実は強権的な父親に恐れを抱いていて……その恐れに、ペニーワイズが付け込んできて悲劇が起きてしまう。
 少女ベバリーも同じく強権的な父親に強烈な葛藤を抱えていて、最終的に悲劇を起こしてしまう(こちらは殺していないっぽいが)。親との関係性、抑圧が強烈なほど、後にやってくる悲劇の度合いは大きくなってしまうようだ。作品はホラーだから背後にペニーワイズがいるということになっているが、ペニーワイズの存在がなくても妙に真実味のある物語だ。

 ところで、ベバリー役のソフィア・リリス。おそらくはちょっと早めに第2次性徴が来てしまったがゆえに回りの子供たちから浮いてしまったんだろう。「臭い」と言われるのは生理の臭いだろうか……?(喫煙の影響もありそうだが)
 体格はまだまだ少女だが、バストとヒップには程よく膨らみができていて……あー眼福。
 性に関心が生まれ始めた少年達との無防備な接し方がいい。あの世代ならではの危うさと、しかし「結果的になにも起きない」という健全さのバランスがいい。
 少年達の裸もいやはやなんとも……ははっ! 

 映画は前半1時間ほどで、問題の中心となっているとあるお屋敷へと入っていく(このお屋敷も、いかにも「昔のアメリカのお屋敷」。ホラーはその文化が持っている歴史から生まれるのだ)。しかし少年達はそこで恐怖し、負傷し、散々な目にあって脱出する。
 この一場面はペニーワイズに敗北した……というより少年達自身が抱いている葛藤に負けたのだ。
 その後、少年達は日常に戻るが、そこで自身の葛藤の根源となるものと対峙する。だいたいが“親”なのだが。親に反抗し、“甘え”から抜け出して、自身の力で解決しようという力を獲得する。
 それから再びクライマックスへ、ペニーワイズと対決する流れへと入っていく。
 映画の最大の課題である、ビルの弟への負い目……弟の幻を殺すことで、自身の負い目を乗り越えていく。
 ペニーワイズは強力な存在なのだが、子供たちはもう恐れない。戦う力をもう持っているから。ペニーワイズを攻撃し、追い詰めていく。が……。
 しかし、結局ペニーワイズは逃げてしまう。映画『IT』は実は「前編」なのだ。「後編」への布石として、ペニーワイズ打倒は先送りにされてしまう……ここでちょっと映画的なスッキリ感に欠けてしまうのだが……。

 映画『IT』がホラーだったのは私の感覚では前半40分くらいまで……かな。どちらかといえばこの作品は青春映画(『スタンドバイミー』に迷い込んだ『13日の金曜日』をやっつけるような話。しかもそのジェイソンは子供にしか見えない)。子供たちが抱いている恐れや葛藤の具現化としてペニーワイズを始めとするモンスターがいる。モンスターの登場はいってしまえば幻覚であって、子供たちの葛藤と成長をわかりやすく形にしたもの。ホラーっぽいデコレーションはなされているものの、ちゃんとホラーだったのは前半部分だけで、ホラー映画としてはどちらかといえば失敗している。ホラー映画として見ようと思うと、ちょっと残念さが残る。
 その一方で、青春映画として見るとなかなか清々しい後味があって、いい作品だなぁ思えることができる。なんだかわからないモンスターが出てくる青春映画、と思えば。

8月19日

とらつぐみのnoteはすべて無料で公開しています。 しかし活動を続けていくためには皆様の支援が必要です。どうか支援をお願いします。