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幸せを一緒に

 私は猫と一緒に暮らしている。一緒に暮らし始めて、15年が経とうとしている。

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 肌寒い雨の日のことだった。仕事から帰ってきた父を玄関まで迎えに行くと、そこには「成猫」と言うには少し小さい一匹の猫がいた。白と黒に少しだけ薄茶色の毛が混じっていて、黄色いくりっとした目をしている。痩せ細っているが、野良猫にしては毛並みは綺麗で、大人しく父の後をついて回っている。

 父は「猫は薄情だから嫌いだ」なんて言っていたが、愛くるしく擦り寄ってくる猫を目の前に、冷たく突き放すことはできなかったようだ。冷たい雨の中、おなかを空かせたまま外に置いておくのはかわいそうに思えたらしく、「一晩だけ」と言って家に上げることにした。

 皆で食卓を囲んでいる中、父は夕飯用に買ってきたブリの刺身や穴子の切れ端を少しずつ取って猫に与えた。すると、猫は何日ぶりかの食事とでも言わんばかりに、必死な顔をして貪り始めた。よっぽどおなかが空いていたのだろう。夢中で食らっている猫を見て、父もどことなく満足そうだ。

 食事を終えて、猫がまったりしているうちに、簡易的なトイレを作った。プラスチック製の少し大きめなトレイのようなものに、千切った新聞紙を敷き詰めた。間もなくして猫の様子がおかしいことに気づき、作ったトイレの方へ運んであげると、きちんとトイレの中で用を足した。野良猫にしてはでき過ぎた猫だ。

 寝る時間になり、布団に入る。最初こそ、端の方で大人しく丸くなって寝ていたが、夜中に足に痛みを覚え、足元を見てみると、猫が布団の中に手を突っ込んで私の足にじゃれついているではないか。鋭い爪で、何度も私の足を捕らえようとしているせいで、針で刺されたような痛みが足に突き刺さる。今思えば、遊び盛りの頃に一人ぼっちにされて、寂しかったのだと思う。

 雨もすっかり止んで、私たちは、猫を外に逃がすことにした。玄関の扉を開けて、「出て行きなさい」と言い、外へ出るように優しく促した。ところが、いくら追い出そうとしても、家の中へ入ろうとするのだ。それを見た父が、「もしかすると、この子は元は飼い猫で、捨てられてしまったのかもしれないな」と言った。仕方がないので、私たちはその猫と一緒に暮らすことに決めた。

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 それからおよそ15年、父はもう亡くなってしまったが、猫は元気に生きている。老猫のはずであるのに、毎日よく食べては家の中を駆け回っている。いまだに、猫と食卓を共にすることも多い。

 今日はあいにく、猫の食べられるものは食卓に並ばなかったが、食後のデザートにヨーグルトを食べた。ヨーグルトは、我が家の猫の大好物だ。スプーンで少しすくって蓋に乗せてあげると、夢中で蓋を舐めるのだ。それでも飽き足らず、食べ終わった後の、ヨーグルトがこびりついた容器に顔を突っ込み、顔中をヨーグルトまみれにしながら、最後まできれいに舐める。

 私の食べ物をねだって、それを夢中で食べている姿はなんとも愛らしい。猫と食べ物を分け合っている時間は、特段に胸が温まるような感覚を覚える。父も、きっと同じような気持ちだったのだろうと思う。

 あと何年、こうして食事を共にできるかわからないが、時間の許す限り、いつまでも一緒に食卓を共に暮らしていきたい。愛する猫よ、いつまでも元気で、そしていつまでも一緒にごはんを食べよう。

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