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飼っていた犬の死から3年が経った。

ある本を読んで、自分が飼っていた犬の死に目を思い出した。その小説に書かれていた主人公は、人間事情で仕方ないとは言え、正直理解できない程ひどい扱いをしていた。危ない状況の最後も仕事を優先し、結局死に目に間に合わなかった。なのに、お涙頂戴、キレイにまとめあげられていた。なんなんだ。怒りと悔しさで寝られない程強烈だった。そこで思い出した私の犬…。

自分が一緒に過ごした犬が死んでから、もうすぐ4年が経とうとしている。
彼が生涯に幕を閉じた時、もちろん泣いた。ワンワン泣いた。悲しくて辛くて寂しくて。しかも最後に私、泣きながらなんて言ったと思いますか?「散歩行くよ!!一緒に散歩!!散歩だよ!!」
彼が亡くなったあと、後悔した。癌で死んだんだから、もう苦しくないからね、とか、他にあっただろうと思う。でもその後ずっと考えてた。あの時とっさに出て来た言葉が「散歩」だったのは、私も彼も、散歩が大好きだったし、楽しくてたまらなかったからだ。

犬を亡くした方はよく「辛くて思い出せない」と言う。気持ちはよくわかる。あんなに辛い出来事はもう経験したくない、とさえ思う。自分をありのまま受け入れてくれる存在、いつも待ってくれる存在、喜んでいると一緒に喜んでくれる存在。そんな存在が、目の前から消えてしまうんだから。

私は彼を亡くして3ヶ月程経った後、辛い気持ちが変わって来た。辛くて辛くて仕方ないが、その辛さを遥かに上回る程の喜びをくれたのが、彼だ。彼を思い出して辛い気持ちになるのは、如何なものかと思い始めた。
そういう気持ちになることは、彼の生前から薄っすらとわかっていた。彼が余命宣告されたあたりから、彼が死んだら辛いだろうけど、でもずっと家族のままなんだろうな、と思っていた。今まで私と彼は、毎日全力で出来る限り一生懸命楽しんできた、存分の愛情を注ぎ合ったと、自信があった。だから彼が死んだって、家族ということは変わらない。私たちの気持ちが変わることなんて絶対ない。私は彼の死に際を見届けて、最後まで楽しかったと言えるようにしてやろう。そう決めていたから。

彼は私が喜ぶのが嬉しい。私が楽しいのが楽しい。彼が楽しい時は、一緒にやらないかと誘ってくれる。
なのに、彼を思い出して辛い気持ちになるって、なんか違う気がした。だから私は今でも彼の話をする時は、どれだけやんちゃだったか、どれだけ散歩が楽しかったか、彼の面白い癖などを、笑顔で話すようにしている。なんなら爆笑するほどのテンションで話す。そして最後に「大好きだわ〜可愛い〜」と言う。

どういう心構えでいるかは、人それぞれあって良い。乗り越え方も人それぞれで良い。ただ一つ、犬が生前何を求めていたかだけ、忘れちゃいけないと思う。あなたの笑顔?あなたの温もり?あなたの優しさ?それだけは、忘れないであげてほしい。犬と一緒に育んだ素敵な気持ちを、絶対に忘れないで欲しい。

そして今現在、犬と一緒に暮らしている方、言わずもがな、愛情を注ぎ合って欲しい。楽しんで欲しい。全身全霊で。

全ての飼い主と、全ての犬が、天国にいるあの人や、あの犬も含めて、幸せでありますように。

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