野口良平「幕末人物列伝 攘夷と開国」 第三話 只野真葛(ただの まくず)(10)
(↑ 真葛のお墓がある仙台市の松音寺*)
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10
では、天地を生きる万人にとって、道は実際どう見出されることになるのか。真葛によれば、勝負を争う人の欲望、つまり私利私欲を通してである。これは、法や道徳によって私利私欲を抑圧することを旨とする儒教(朱子学)とは、まったく異なる考え方である。
――およそ天地の間に生まるる物の心のゆくかたちは、勝まけを争うなりとぞ思はるる。鳥けもの虫にいたるまでかちまけをあらそわぬものなし。
この一文は、「やまとうたは人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれりける」にはじまり、「生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける」と訴える、紀貫之の『古今和歌集』仮名序を連想させる。貫之の序は、中央文明由来の詩や学問がすべでではないという、辺境文化の独立宣言にひとしいものだったが、真葛はこの序文の響きに示唆をえて、自身の理路を築き上げているのである。
人は勝負を争わざるをえないようにできている。戦国の世では国や土地が争われたが、今は人がこぞって金銀を争い「人をたおして我富まん」とする、「心の乱世」の時代である。町人たちがこれに乗じて私利をむさぼる一方、支配層たる武士は(天皇であれ将軍であれ)その現実を直視せず無為無策に終始して(「仁政」もまたしかり)、町人の虜になって「心の乱世」を助長する。では、町人や支配層に欠けているものはなにか。それは、人の私利私欲を公共の福祉の実現にむすびつけていく、新しい道の探求なのだ。
「人よかれ、さて我もよかれ、と一同におもはせばや、万の物も厚くこそならめ」。
この新しい道の探求においては、君子と女子小人の区別は無意味であり、幕府公認の朱子学のみを学ぶ湯島の聖堂は浪費でしかない。
むしろ聖堂を「御堂」とし、武士だけではなく国を思う「ものしりびと」に門戸を開き、昼夜の数と天地の拍子のもと、内外の情勢の推移に鑑み日本国全体の益(平助ゆずりの考え方)を論じあえる場所とすべきである。
また門外には、どんな身分の者でも意見を具申できる箱を設置すべきだ。百万人の智をまとめて国益を講じれば、下々の黄金争いもいくさ心もおさまることだろう。
既存の男女観の見直しは当然のことだ。孔子は、女子と小人を一方的に見くだしていたが、男女の差は、『古事記』の国生みの場面でイザナギとイザナミが発見しあっているような、余分な部分(男根)と足りない部分(女陰)という身体的特徴だけだ。確かに身体レベルでは、男は勝ち、女は負けと決まっているのだろう(真葛はそう書いている。「余分」と「足りない」は優劣の問題ではなく、補い合えばよいものだとは考えられていない)。だが、男女が心をつきあわせる「あい逢うわざ」(性行為)が関わってくると、勝負はわからなくなる。
「心の本の争い」には、現実の力関係をも変えてしまう力がそなわっているからだ。ロシアには両性の合意により配偶者を定める習慣さえあるという。むしろ、最初は劣位に置かれた者のほうが、当初の優者以上に新しい道を洞察する力をひめているのかもしれない。
この真葛の理路は、10年前にヘーゲルが『精神現象学』でのべていた、「主人と奴隷の弁証法」とも平仄を合わせているようにみえる。
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