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白い月

夜、眠るときに数えてもない羊があらわれた。ベッドに座ったまま背中の毛をひと刈りすると、そこから夕暮れが見えた。青空が見える羊もいた。真っ暗な空に星を光らせる羊もいた。

僕は彼らをひと刈りするだけで、それ以上広げて空を覗こうとはしなかった。丸刈りにしてしまうとおそらく、彼らの輪郭はなくなり、空気に溶けて消えてしまうと思ったからだ。

ある夜、背中をひと刈りした後、手が滑って一拍おいた隣も一部刈り取ってしまった。そこからも同じように空が見えた。春の陽が落ち始めたような薄い青空だった。そこに両目をあててみると、春の花粉を感じる風が目に触れた。眼下には川があり、河川敷を少女が歩いているのが見えた。少女はふいにこちらを見上げ、僕と目を合わせた。月がふたつある、そうつぶやいたのがわかった。




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