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ヒト殺しのセレナーデ①

僕の学科にそれはとびきり可愛い女の子がおりました。
整形にでも失敗したかのようなつぶらで綺麗な瞳。筋の通った鼻。見るもの全てを引き込むような唇。そしてこの世の何よりも柔らかそうなその頬は特に私の気を引きました。ただ世間一般で見ましたたらいささかそういった評価は誤りと言わざるを得ませんでした。学科内外で僕以外からの下馬評があまり良くなかったのです。けれども、そのことが一層僕を虜にさせました。僕だけが彼女の魅力を分かっているんだ。誰にもその価値が見出されていないんだ。彼女は僕だけの宝石なんだ。一目見た時から強く強くそう思っておりました。ですから、他の人にその価値がバレる前に僕はその子を僕だけのものにしなければならないと考えました。いずれ、私が気づいてしまったように、この子の素晴らしさに気がついてしまう輩が現れるかもしれません。もしそういった人が出てきた場合、僕にはそいつに勝てる自信がありませんでした。僕は今まで女の子とデートに出掛けたことはおろか、まともに話したことすらなかったからです。
どうすれば僕は彼女とずっと一緒にいられるだろう。そんなことを何日も何日も考えました。僕がこんなに頭を使ったのは大学入試の時以来です。僕は特に数学が好きでした。決められた時間内に、難しい数式を解いていくあの時の感覚を思い出しました。自分の持ちうる知識を総動員して、目の前の問題をより簡略化し、赤子をあやすように丁寧に、計算処理をしていくあの感覚が私は大好きでした。日常に溢れる数多の問題はそのきらいがありましたが、今回ばかりは群を抜いておりました。対象となる問題が一等好きなものであったからかもしれません。
幾晩も考え抜いた結果、私は彼女を殺してしまおうとそう決心致しました。なぜなら、この世界は常に移り変わる不安定なものだからです。私が万が一彼女と結ばれることがあったとしても翌月にはどうなっているかわかりません。それならば、不安定なこの世から彼女を救い出してしまって、彼女のことをずっと私が独り占めしてしまおうとそう考えたのです。そう思い立った私は睡眠不足によって赤く腫れあがった目を擦り、その計画を引き続き考えることにしました。
その間、学校へは行きませんでした。
ただ殺せばいいというものでもありません。そこには芸術的な美しさや人間的な卑らしさが必要です。
殺人ということは、他人の人生をまるっきり私の手で奪ってしまうということは、そういうことであるのです。
当時真面目で優秀な学生であったはずの私の頭はまるっきり下卑た考えに取り憑かれており、ついぞこんなところに押し込まれるまでそんな甚だしい勘違いに気付くことはありませんでした。

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