見出し画像

食べログの裁判例から考えるアルゴリズムの透明性と公正性(特にBtoCプラットフォーム)

先週、大手グルメサイト「食べログ」を運営する「カカクコム」に対し、チェーン店であることを理由に不当に食べログ上の評価点を下げられたとして、焼き肉・韓国料理チェーン店を展開する「韓流村」が約6億4000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が出た。裁判所は、食べログの独占禁止法違反(優越的地位の濫用)を認め、損害賠償として3840万円の支払いを命じた。一方で、当該アルゴリズム使用の差止請求は認められなかった。

本件は、AI・アルゴリズムによるランキング、レコメンデーションエンジンを有する事業者の実務に少なからぬ影響を及ぼす可能性があるため、その中心となる「アルゴリズムの透明性・公正性」について論点を整理しておきたい。
なお、本件はカカクコムが控訴しており、評価点の算出方法の差止めが認められなかった点については韓流村も控訴する方針を示しており、この判決は本稿執筆時点で確定していない点に留意されたい。また、本件は未だ判決文が明らかになっておらず(食べログのアルゴリズムが開示されているため、判決文にも一定の言及があるものと思料され、当事者が公表を嫌っている可能性?)、事案及び判決の内容は執筆時点での報道に依拠する点もご理解いただきたい。

結論

事案の概要

  • 報道によると2019年5月、韓流村が運営する21店舗の評価点が平均約0.2ポイント、最大で0.45ポイント下落。同社はチェーン店の点数を一律に下げる不当なアルゴリズム変更が行われ、利用客が減少したと主張。

  • 食べログ運営企業のカカクコムに対して、独占禁止法違反(優越的地位の濫用、取引条件の差別的取扱い)を理由とする、①約6億4000万円の損害賠償請求と、②評価点の算出方法(アルゴリズム)の差止めを請求(②は追加的に請求)。

争点

  1. 食べログは、韓流村(原告)にとって「優越的地位」にあるのか

  2. 食べログの点数・評価付けは、独禁法が対象とする「取引」にあたるのか

  3. 食べログのアルゴリズムの変更が「取引」にあたるとして、優越的地位の「濫用」にあたるのか

  4. 損害額の算定

  5. 評価点の算出方法の差止めは認められるのか

当事者の主張

  1. 食べログは、韓流村(原告)にとって「優越的地位」にあるのか

  2. 食べログの点数・評価付けは、独禁法が対象とする「取引」にあたるのか

    1. 原告の主張:あたる

    2. 被告の主張:食べログ掲載店舗81万件のうち会員契約を結んでいない67万件以上の店にも点数はついているため、「取引」にはあたらない。

    3. 公取委:点数評価を上げるために有料会員になる店もあり、「取引」に該当すると意見書を提出(後述)

  3. 食べログのアルゴリズムの変更が「取引」にあたるとして、優越的地位の「濫用」にあたるのか

    1. 原告の主張:チェーン店の点数が下げられた

    2. 被告の主張:算出方法の変更は、継続的なアップデートの一環。非会員など食べログと取引をしていない店舗にも用いられる指標で、韓流村との取引のみに当たるものではない。

  4. 損害額の算定

    1. 原告の主張:各店の評価点は平均で0.17点、最大で0.45点下落し、来客数は月6000人減少、売り上げは月2500万円減少したため、約2年で6億4000万円の損が生じた。

  5. 評価点の算出方法の差止めは認められるのか

裁判所の判断

  1. 判決は、「店の地位継続が困難になると経営上大きな支障を来すため、不利益な要請でも受け入れざるを得ない」、すなわち原告(韓流村)にとって食べログは事業経営に大きな影響力があり、著しく不利益な要請をされても受け入れざるをえない「優越的地位」にあると位置づけた。

  2. 食べログの点数・評価付けは、独禁法が対象とする「取引」にあたる。

  3. そのうえで今回のアルゴリズム変更は「チェーン店である原告に不利益を与える取引」で、公表されていた評価方法に照らして「あらかじめ計算できない不利益」を与えるものだったと認定。アルゴリズム変更は優越的地位の濫用にあたるとした。

  4. 損害額については、評価が下がったことによる21店舗の営業損失について月160万円が相当とし、2年分3840万円の支払いを命じた。(原告の主張する売上ベースでの損害額算定ではなく、営業損失ベースで損害額を算定した)

  5. 評価点の算出方法の差止めは認めず。アルゴリズムの変更によって原告のブランドが損なわれたとまでは認められない。

検討しておくべき論点

  • 優越的地位

    1. そもそも、公正取引委員会が2020年3月18日に公表した「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査について」でも、「飲食店ポータルサイトが,優越的地位にあるとは,飲食店にとって,飲食店ポータルサイトとの取引の継続が困難になることが事業経営上,大きな支障を来すため,飲食店ポータルサイトが飲食店にとって著しく不利益な要請等を行っても,飲食店がこれを受け入れざるを得ないような場合」としており、「アンケート及びヒアリングの結果を踏まえれば,飲食店に対し取引上,優越的地位にあるといえる飲食店ポータルサイトが存在する可能性は高い」としていた。
      すなわち、この調査対象となっている数少ない飲食店ポータルの中でも月間利用者数が延べ8000万人に達する「食べログ」はすでに優越的地位が認められる可能性の高い存在と言える。

    2. 公取委が公表する優越ガイドラインにおいて述べられている考慮要素

      1. 以下がその考慮要素であるが、上記公取委の調査結果及び東京地裁の今回の判決に鑑みると、BtoCプラットフォームの優越的地位を考慮する際には、②市場シェアなどよりも、①いかに中小事業者が当該プラットフォームとの取引に依存しているか、あるいは③当該プラットフォーム以外への取引先変更が可能かを重視しているのではないか。この観点からすれば、食べログ以外にもBtoCプラットフォームで「優越的地位」にあるとみなされる事業者は一定数存在すると思われる(飲食店ポータルサイト以外に、人材紹介ポータル、ニュースポータル等)。

  • 点数表示を行うことは「取引にあたる」との公正取引委員会の意見書(公審第650号)

    1. 優越的地位の濫用行為(独占禁止法2条9項5号イ〜ハ)

      1. ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること

    2. 東京地裁から照会を受けた公正取引委員会は2021年9月、点数表示を行うことも「取引の条件又は実施にあたると考えられる」という意見書を提出。また、アルゴリズムの設定・運営が恣意的になされたか否かについても、裁判の「考慮要素となる」と述べた。 これを受け、食べログ側はアルゴリズム変更の「概要」を2021年末に提出(非公表)。

    3. 利用規約に同意した事業者以外も含めて広く平等にレーティングしていることなどを理由として、取引の条件の設定・変更、または取引の実施にはあたらないとのプラットフォーム側の反論は今後通用しないだろう。

  • アルゴリズムの変更によって「あらかじめ計算できない不利益」を与えてはならないという判旨

    1. そもそも、そもそも、公正取引委員会が2020年3月18日に公表した「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査について」でも、以下のような指摘がすでに行われていた。

      1. 「表示順位を落とすことが直ちに独占禁止法違反となるものではないが,市場において有力な地位を占める飲食店ポータルサイトが,同じ契約プランの飲食店の中で,合理的な理由なく,恣意的なルール(アルゴリズム)の設定・運用等により,特定の飲食店の表示順位を落とすなど,他の飲食店と異なる取扱いをし,特定の飲食店が競争上著しく不利になるなど飲食店間の公正な競争秩序に悪影響を及ぼす場合等には,差別取扱いとなるおそれがある。」

      2. 「優越的地位にある飲食店ポータルサイトが,正当な理由なく,恣意的にルール(アルゴリズム)を設定・運用等し,特定の飲食店の表示順位を落とすことにより,自己にとって都合のよい契約プランに変更させるなど,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合,優越的地位の濫用となるおそれがある。」

      3. したがって、「表示順位を決定する重要な要素等について,飲食店及び消費者に対し,可能な限り明らかにし,透明性を確保することが望ましい。」

本裁判例の意義と今後の日本の議論の行方

私見であるが、以下のように本裁判例の意義と今後の日本の議論の行方を整理する。

  1. 立法府や行政府に先んじて、独禁法を根拠として、プラットフォームによるアルゴリズムの透明性と公正性一般に関する規範を司法府が打ち立てた。(立法府や行政府はまだ一部の業態・規模の事業のみを対象としていた)

  2. 今後、ランキング・推薦システムを活用するプラットフォームは、そのアルゴリズムの変更について、プラットフォームの利用者の予測可能性を担保し(透明性)、同時に、不合理な変更によって計算できない損害を与えることは避けなければならない(公正性)。透明性や公正性のないアルゴリズムには、訴訟リスクが高まる。一方で、説明しすぎると予測ができすぎてしまうため、アルゴリズムをハックし、不正が起こりうる可能性もある。この点は後述する通り、すでにP2B規則が透明性のためのガイドラインを公表しており、大いに参照すべきものがある。

  3. 今後、アルゴリズムのあり方について、第三者によるチェック体制の構築が求められていくのではないか。

    1. 公正取引委員会が2020年3月18日に公表した「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査について」でも、以下のような指摘がすでに行われていた。

      1. 表示順位の取扱いについて第三者のチェック体制を構築するなど公正性を確保することが自由な競争環境を確保する観点から望ましい。」

    2. また公正取引委員会が2021年3月8日に公表した、『デジタル市場における競争政策に関する研究会報告書「アルゴリズム/AIと競争政策」』でも、34頁以下で「アルゴリズムの動作の検証」という項目が独立して置かれ、どのようにアルゴリズムのチェックが可能かが極めて具体的に検討されている。

  4. 今後は、優越的地位にある事業者のアルゴリズム変更によって損害を被る者が訴訟提起を一つのオプションとして持つ可能性がある。それができるのはある程度コストをかけてでも訴訟を行う体力のある事業者であろうから、まずはTo B事業者でランキング、レコメンデーションエンジンを持つプラットフォームが、アルゴリズムの透明性を高めようとしていくのではないか。

おまけ:各国のアルゴリズムの透明性・公正性の規制状況

  • 日本

    1. これまで日本は、デジタルプラットフォーム取引透明化法を中心に、特定の巨大プラットフォーム事業者(現在はApple、Google、Amazon、楽天、ヤフーの5事業者のみ)に対して、アルゴリズムの透明性を確保するための種々の義務が課されている(ランキング決定に用いられる主要な事項やデータ取得等の条件の開示等)。なお、この法律は、後述するEUの各種規制との国際的な協調を目指したものであり、類似する規制が多い。

    2. 一方、その他のコンテンツプラットフォームやSNS事業者などに対しては、アルゴリズムの透明性が直接実務に影響を及ぼす規制は存在していなかった。

  • EU

    1. P2B規則(2020年7月12日施行)

      1. オンライン仲介サービス(事業者と消費者との間の直接取引を促進するプラットフォームサービスで、Amazonや楽天市場などのモールサイトが念頭に置かれている)とオンライン検索エンジンに対する、ビジネスユーザー(事業者)への公平性・透明性促進のための規則。

      2. アルゴリズムの透明性に関する規定が存在(第5条)。

        1. オンライン仲介サービスでは、事業者との契約条項において、人気商品やオススメ商品等を示すランキングを決定する主要な変数(パラメーター)と、その変数が他の変数と比較して相対的に重要である理由を記載しなければならない(5条1項)。

        2. オンライン検索エンジンでは、表示順位などランキングを定めるにあたって最も重要な変数(パラメーター)と、その変数が他の変数と比較して相対的に重要であることについて、平易でわかりやすい表現で公表しなければならない(5条2項)。

        3. ただし、ランキングを外部から操作することによって消費者被害や詐欺的行為が生じるようなアルゴリズムやその他の情報の開示までは求められない(5条6項)。

        4. これらについてはすでに公表されたガイドラインが存在しており、日本の事業者も大いに参照するべき点が多い。

    2. デジタルサービス法(提案段階、未施行)

      1. 電子商取引指令(2000年、日本で言うプロバイダ責任制限法のような法令)であり、これを大幅に改正することで、プラットフォームの責任・義務の規制を抜本的に追加していく内容。P2B規則はオンライン仲介サービス・検索エンジンに限定されているが、こちらは特にそのような限定なし。

      2. サービス内容や規模によって課される義務が異なるが、アルゴリズムの透明性に関する規制(オンライン広告表示者を決定するパラメータのリアルタイム表示やランキングシステムの主要なパラメータのの開示等)が含まれている。

  • US

    1. 2018年のケンブリッジ・アナリティカ問題、2021年のFacebookに対するFrances Haugenの内部告発問題が大きな話題となったこともあり、アルゴリズムの透明性や公正性はSNS事業者やターゲティング広告を中心に議論されている印象を受ける(議会に提案されている法案もそれらが多い)

図書館が無料であるように、自分の記事は無料で全ての方に開放したいと考えています(一部クラウドファンディングのリターン等を除きます)。しかし、価値のある記事だと感じてくださった方が任意でサポートをしてくださることがあり、そのような言論空間があることに頭が上がりません。