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止まらない走馬灯

「世の中には人が苦しんでいるのを見ると本気で喜ぶ人間がいる。」
 いつかお前言ってたっけ?でもなぁ、まさかおまえ自身がサイコパスだなんて気が付かなかったよ。詰めが甘いんだよなぁ俺ってさ。こうして屋上でタバコ吸ってたぐらいの小さな罪を片手に、俺は落ちていく落ちていく。飛び降りる時って意識失うもんだって何かの番組で言ってたけどアレってウソだったんだなぁ。俺はたぶん10秒と経たないこの時間に襲い掛かってくる走馬灯と悪戦苦闘しておりますよ母上様。
 そうそう、俺って案外肝が小さいんすよ。小学校の頃図画工作が苦手だったのも、ボンドが乾いてるかどうか不安で何度も剥がして確認しちゃうから苦手だったんですよ。お野菜はお腹が痛くなりそうで怖いから食べられなかったし、友達の家でテレビゲームに誘われても帰りが遅いと母上に怒られないか不安で断ってたんですよ。そうそう。俺は肝が小さい。それにさ、風がこうもビュンビュン肌にこすれてくるとどうしても思い出すんだよなぁ公園で遊んでた小学校6年の時だっけアレって。どうだったっけ?
 そうそう。初恋の子がいたんだよ。あのときさ。んでたまたま公園で一緒になった他校の大きい子とブランコに乗って靴をどんだけ遠くに飛ばせるか遊んでたところを好きな子が見ているのに気が付いてさ。その初恋の子はさ、よく笑う男の子だったよ。そうだよ。おれセクシャリティがマイノリティで毎日大変さ。親には絶対言わないし服装も男の子っぽいものをなるべく着るようにしていたいと思ってたし、でもまぁこんな大切な打ち明け話を誰にも言わないまま死んじゃうのかぁ俺。あーあ、情けないなぁ。
 結局さ、あの好きな男子にも俺、好きだって言えなかったんだよ。というか言わなかった。彼を困らせたくなかったし、彼に好きだと言いさえしなければ彼は友人としての愛情を俺に注いでくれた。だから、言わなかったんだよ。だからあの公園でゲームに勝った俺にご褒美として君は変なキャラクターもののキーホルダーをくれた。浮世絵のキーホルダー。誰が喜ぶんだよそんなもん。でも、そういう世間にどう見られているかまったく気にしないような一匹狼の君のことが俺は大好きだったんですよ。
 中学生になって…おおっと俺死ぬとこじゃん。案外走馬灯って便利だなぁ。全然このぐるぐる回る思考回路のおかげで怖くないんだよなぁ落ちていってしまうのが。ビルの17階から落とされてやっと俺は命を絶てるんだなぁ。しかもさ!すごいんだぜ!俺はその初恋の彼が突き落とされるのを知っていたかのようにたまたま希死念慮マックスの彼を屋上でみつけて、もみ合いの末、建物側に君を突き飛ばした反動でこうして落ちているんだ。なんという自己犠牲の精神。俺のこの精神を見たらマザーテレサもビックリするんだろう。
 なんかなぁ、翼でも生えてきて飛んだりできないもんかね。つまんなかったなぁ俺の人生。何にもいいことなかった気がするよ。でも彼を救った代償としてのこの命なら別に惜しくない気もするよなぁ。なぁなぁ、俺の方を覗き込んでる君よ。今、目が合ってるの俺分かってるよ。君の夢は何だったんだろう。それぐらい知りたかったなぁ。恋が叶うとかは俺には恐れ多い宝石だから、せめて君がこの先月々どんな労働をして稼いで飯を食べていきたいかぐらいは知りたかったなぁ。あ、ぶつかる。サヨナラ世界。もうそろそろ目を開けて最後の月でも眺めるとするか・・・。

 凍ったように冷たいビルの上の天体は、君が来るのを待っているかのように、皆既月食が解けていく時間帯でした。天体ショーを屋上で見るために人々は17階の屋上で空を見上げていたのに、君とその彼が巻き起こした希死念慮騒動のせいで、恐る恐る彼を助けた後、ビルの下を覗き込むもの、地上で叫び声をあげる人、あまりの出来事に気が遠のいてしまってへたり込む人、救急車を呼ぶ人、警察を呼ぶ人。いろんな人々の思いが入り乱れ、満月の夜に何かを手放すどころか新しい感情の波に君を、彼を、彼らを飲み込んでいきます。

 なぁ、母さん。俺たぶん今死んだんだ。救急車ってさぁ心臓動いてなくても載せてくれるって知ってた?今母さんに語り掛けたって意味ないんだけど、やっぱり最後に母さんと話したかったなぁ。にしても救急隊員さんもお疲れさまだよ。運んでくれるってことはやっぱり俺生きてんのかなぁ。
 そういやさ、俺さ、再就職ようやく決めたんだ。せめて生きてなきゃダメだなぁって思ってさ。でもさぁ!好きな人が屋上で死のうとしてるの見ちゃって分かっちゃったら、助けようとしちゃった。実際助かったのかなぁアイツ。この先何年か先の未来で今日という日を思い出してトラウマになってて自傷行為の果てに死のうとしたりしちゃうのかな。まぁいいやなんでも。せめてさ、俺ごときの命もきっと、この世界で何かの役に立ってたでしょ。あーあ、キスぐらいしたかったなぁ。大好きな大好きな彼が最後に見せた表情が驚いたように突き飛ばされていく姿何てなぁ。まぁ十分にドラマチックだからいいのかー。病院着いたら母さんたちもいるのかな。死にて―死にて―って言ってた俺が誰かを助けて死ぬなんて意外だよなぁ。あはは。人生最後の一瞬まで分かんないものだねぇ。
 なぁ、母さん。姉たちのうち下の姉ちゃんは元気してる?学校の先生やってんでしょ。無理だよ無理だよ~。俺だって真面目な人だから向いてるとは思う。思うけどさ、真面目過ぎて教室内のトラブルで気をやんじゃうって!上の姉ちゃんは障がい者年金取れなかったんだろう?俺も働いて助けてあげたかったなぁ。あんなひどい目に合わされるなんて腹が立つ腹が立つ腹が立つ。
 アレ?なんで電車の音が聞こえてくるんだ…?あぁ生きてたのか…。

 彼の下の姉が電車でうつらうつらしているところでした。あぁ、夢だったのか、と、俺はナイフで刺される姉ちゃんを冷静に見ていました。大丈夫だよ姉ちゃん。今見ている夢も、起き上がって少年に刺されるのも、全部大丈夫。俺たち兄弟はみんな、悪夢を見ているんだよ。大丈夫。大丈夫。目が覚めれば俺はいつもの部屋で目覚めるし、姉ちゃんはきっと学校へいつも通り出勤するんだろう。

 たくさんの走馬灯を乗せた電車が走っていきます。夢の世界の中で私たちは誰かを殺したり、夢だった死を予行演習してみたり。人の希望って案外世知辛いものですね。と車掌と少しくたびれた黒いスーツの女が語り合っています。スーツの女が車掌に言いました。

「次はだれを乗せるのかしら?」
 車掌は何も答えません。

 車両の後ろの方で緊急ブザーが鳴らされました。あぁ。今宵の終着駅はこんな辺鄙な場所だった。でも、まぁいい。

 三々五々、人々が緊急停止した電車から降りていきます。目の前は砂浜と海と、その海に反射する満月と。
 
 ぬるい海に溶ける月 絡まるタコの足 言葉より確実に俺を活かす。
 
 電車から降りてようやく落ち合えた仲のいい3兄弟がスピッツの曲を口ずさんで月へ向かってボードを漕いでいくところで私は夢から醒めました。

 夢を乗せた電車の車掌はほんの小さな3DKの一室で目を覚ましました。彼が運転する電車は立体的にレールを組んだ豪華絢爛な電車です。プラモデルのビルの上から人を突き落としてみたり、救急車の模型を病院の模型に移動させたり。それを見ながら可愛い可愛い小さな男の子を祖母と母はyoutubeの動画を見ながら、将来は建築家にでもなるんかねぇ、賢いねぇと一人遊びに夢中な男の子を眺めています。
 さて、晩御飯は何にしよう?そう考える母親の耳に男の子の車掌アナウンスのようなイントネーションの声が聞こえてきました。

「終点、渋谷~渋谷~。みんなお片付けしました。お忘れ物の無いようにご注意ください。」

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