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私の眉毛はとてもイカつい。

もよ

眉毛は、その人の印象を決める1番大切な部分だと思う。

でも、そんな大切な眉毛を隠さざるを得ない人がここにいる。


私の眉毛はとてもイカつい。そんな眉毛とは裏腹に、私は物心のついた頃から「癒やし系」や「天然」というカテゴリーに分類されてきたので、皆様の期待に応えるためにも眉毛を隠さなければならないような気がしていたのだ。


私はここ1年くらい、黒髪マッシュヘアの前髪あり、というヘアスタイルだ。

もし前髪なしにしたとしたら、こんな感じになる。かなり強そうな人に見えるだろう。



眉毛を見せるか見せないかで、まるで違う人のようになるのだ。



前髪で隠している限り眉毛は見えない。けれども、風が吹いたときや自転車に乗ったときやプールに入ったときなどに見えてしまう私のイカつい眉毛に、誰かがびっくりしてしまってはいけないので、見えてしまってもある程度印象が変わらないようにしておかなければならない。


私は、まっすぐで女性らしいやさしい雰囲気の眉毛に憧れていた。大学生くらいからは「自分の力で眉毛の形を変える」という技を身につけ、今でもこの方法を使っている。


これなら見えてもイカつくないので、おでこの見えるヘアスタイルに挑戦してみたりもした。でもやっぱり長年隠してきた眉毛をあらわにするのはなんとなく落ちつかないのだ。結局いつもの前髪に戻ってしまう。



どうして神様は、私の眉毛をこの形にしたのだろうかと疑問に思っていた。性格や雰囲気に合っていないじゃないかと。


それとも私は、本当はこの眉毛みたいに、どしっと肝がすわっていて、頼りになって、強い人なのだろうか。


顔を見たら、だいたいその人がどんな人なのかがわかるような気がするのは私だけだろうか。そう感じているからこそ、自分の眉毛にとまどう。自分が本当はどんな人なのかわからなくなる。


数年前、なんだか眉毛の形を変えることで、自分を偽っているような気持ちになったことがあった。「どんなに違和感があったとしても慣れるだろう。これからは本来の眉毛で生きていこう」と決心して、1ヶ月くらい眉毛を整えないで元の形に戻してみたことがあった。大きな覚悟をしたつもりだったのに、耐えられなくなって、すぐに眉毛の形をいそいそと元の好みの形に整えてしまった。


もうきっと一生、本来の眉毛の形に戻すことはないだろう。そう思った。



今では、あまり眉毛に意識を向けることもなくなった。主張しすぎる眉毛と仲良くなるまでにすごく時間がかかったけれど、31歳にしてようやく和解できたのかもしれない。



私の眉毛のように、だれもが自分の体の「気に入っていない部分」があると思う。

思春期の頃くらいから大人になるまで、その部分を隠したり、変化させようとがんばったりして、なんとか好きになろうとする。一生付き合っていく自分の体の一部を受け入れようとする。


そんな時期を経て大人になるにつれて、あんなに気になっていた自分の体の気に入らなかった部分が、あまり気にならなくなる瞬間がある。


いろいろあったけれど、これからは私のこの形でできることをしよう。私のこの形で役に立てることはなんだろうか。私はこの形でどうやって楽しもうか。

それはある意味「あきらめ」という気持ちなのかもしれないし、「自分をまるごと受け入れる」ということなのかもしれない。


自分の小さな体の一部を気にして、人からどう見られたいか、どう思われたいかという気持ちが大きくなる思春期を通り、自分に自分にと向いていた気持ちが、外に外に向いていく。

そのとき、きっと私たちは大人になる。そこからはじまる何かがある。




最近、公園で話しかけられた小学生の男の子に、なんの違和感もなく「おばちゃんね・・・」と話している自分に気づいた。


私は31歳で、おばちゃんかどうかは際どい。まだまだお姉さんでいたいという気持ちだってある。

でも、髪の毛をふりみだしてチャリをこぎ、家族に安くておいしいものを食べてもらおうとスーパーの激安セールという戦いに挑んで、両手いっぱいの袋を手に家に帰るような、そんな大阪のおばちゃんにちょっぴり近づいている感覚は否めない。


眉毛に向いていた意識が、子供や家族に向くようになった私は、大人になったのだ。

母になった。
そしておばちゃんになっていく。 
そしておばあちゃんになっていく。


そして私の眉毛は、これからもきっとイカつくあり続けることだろう。

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