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音楽家が映画「蜜蜂と遠雷」を見て冷めたポイント

Unextで「蜜蜂と遠雷」という映画がでていたから見た。原作は「六番目の小夜子」でも知っていた恩田陸で、若きピアニストたちを描いている作品。

職業柄音楽家を描く作品はイラっとしてしまうことが多いのだが、「のだめカンタービレ」だったり「4月は君の嘘」などおもしろい作品も知っているから少し期待して見始めた。

※ネタバレを含みます

文学を映像にするとストーリーをなぞるだけになる

文学的な小説を実写化した作品で原作よりもおもしろいものを見たことがない。文学は激しいストーリー展開をみせるものではなく、情景や心理を文章で表現するもの。

「人間失格」だってあのストーリーを映像にしてみたところで作品の伝えたいこともわからない。重要ではないところだけを抜き出し、一番の魅力をそぎ落としたようなことになるわけだ。

この原作を読んだわけではないのに言うのも反感を買うかもしれないが、映画を見ているとこの作品はピアニストそれぞれの細かな心理を描いているようだから映像では限界があるように感じた。

そして恐らく原作にはなさそうな映画ならではの演出の中で、音楽家としてとても気になってしまい冷めてしまうポイントが後半に頻発した。

ピアノコンクールのオーケストラ

オーケストラの音楽家が音出ししている場面で、トランペットがやたらと目立っていたのは演出なのか偶然なのはわからないが違和感があったのはさておき、笑ってしまったのは

ピアノコンクールの伴奏のオーケストラが何故かブラームスの交響曲第1番をリハーサルしている

というシーン。

これからプロコフィエフのピアノ協奏曲をやりますよ、というのに何故か交響曲を演奏。

全くと言っていいほど意味がわからない。監督はなんでもいいからとりあえずクラシックの曲でも流せばいいかとでも思ったのだろうか。

その日に演奏しない曲を理由もなく演奏することは無論ありえない。

「観客はどうせ聴いたってプロコフィエフかブラームスかなんてわからんだろ」

といったところか。そんなわけない。しかもブラームスの交響曲第一番は超有名な曲。音楽に詳しくなくてものだめを見ていたら知っているレベル。

このシーンが一番冷めてしまった。こんなに大真面目な作品なのに。

そんな飛び方する!?というカット

これはちょっといちゃもんに近いかもしれないが、主人公たちが連弾して遊ぶシーン。ドビュッシーの月の光だったりベートーヴェンの月光に飛んだりとぽろぽろと色んな曲に即興的に飛んでいくのはわりとリアルだ。だが月の光を弾き始めて「え、そこにいきなり飛ぶ!?」みたいな曲中のカットがものすごくすごく不自然だった。

これは映画ならではだがやっぱりなんだか違和感が残ってしまう。あくまでも個人の感想。

超パワハラ指揮者

そのオーケストラの指揮者がソリストに対して超威圧的なのもあまりにも非現実的で冷めてしまう。ミスをした時に「この音が聞こえない」などと嫌味を言ったり、それによってソリストの精神をかき乱すことは許されない。

そんな指揮者がコンクールの指揮などしたら金を払って特定の奏者の時に圧力をかけたり精神的に追い詰めたりということができてしまうし、あり得ない。音楽界の厳しい世界的なことを描いているのかなという感じだが違う。

負け惜しみが非現実的すぎる

2次予選で敗退した女性が長らくコンクールから離れていた主人公に対し「あなたがいなかった7年間めちゃくちゃ練習したのに!フェアじゃない!」

と吐き捨てるシーンがあったが、国際コンクールで常に先に進むような音楽家がここまで幼稚な負け惜しみを言うわけがないし思いもしない。

「自分がこれだけがんばったから認められる」なんてことがあるはずないのを一番わかっているのが音楽家で、こんなに練習したのに!あんたはずっと出ていなかったのに!などという次元のことを思うレベルで国際コンクールの2次進むわけがない。

20年その楽器をやり続けていても、始めて5年の天才に抜かされるというのが音楽家の常なのである。

練習した時間数だけで誰でもうまくなれるなら世の中ランランだらけになってしまう。

サラリーマンで2次に進むのに凡人的な感じ

自分はピアニストではないが、ピアニストの世界の競争率というのは想像を絶する。日本国内も超高レベルな上にとても人数が多い。ましてや国際コンクールになると他の楽器と比較してもとんでもない競争率だ。

そんなピアノの世界で、世界中から巨匠審査員と受験者が集まるほどのコンクールで一次審査を抜けるのは非常に難しい。全員東大生の中でテストしてその上位20人に入るみたいなイメージだ。

そんな中で卒業後は楽器屋に就職し独学でピアノを続けているという松坂桃李演じる高島という人物は一次を通過する。

ピアノは日本で大学院をでてから海外でも院と博士まで進むほどに「天才的な人がかなり長い時間勉強を続けるもの」だ。その中で卒業後に働きながらレッスンも受けずに練習し、国際コンクールの1次を抜けるほどの演奏ができるというのはものすごい人物である。

しかし彼は一貫して「おれは凡人だから」的なスタンスで、若き超天才の主人公たちに羨望の目を向ける。いや、めちゃくちゃすごいんですけど。

本人が主人公たちと自分を比較して、あくまでも自分を高く評価している中での挫折ならわかるのだが、映画だとただの凡人というところにフォーカスが当たりすぎている。全く共感できない。

原作は全く違うのだろうなと感じる作品

ドラマならともかく映画で2時間にまとめるのはかなり無理がある感じがした。なぜか交響曲をオケが演奏したり、ステージマネージャーが「カデンツ入るぞ」と謎のインカムをしたり、原作にはなさそうな演出で変なところが多い。

特に真面目でシリアスに描かれている作品だと小さな違和感も気になってしまう。のだめくらいコメディでぶっとんでくれていたらむしろ楽しめる。

自分の職業にスポットが当たっている作品はどうしても色んなことが気になってしまうものなのだろう。



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齋藤友亨 Tomoyuki Saito
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