父が死んだ日
早朝5時過ぎ。枕元のスマホのLINE電話が鳴り妹の名前が表示されたのを見て、ああそうか、今朝かと思った。
動揺することなく、ベッドから起き上がりながら「すぐ迎えに行くよ」と妹に応えた。
「行ってくるね」「気をつけてね」と妻と交わして寝室を出、ジーパンとTシャツ姿に着替えて寝起き顔のまま車を出した。
僕も妹も、実家から離れてそれぞれ家庭を持っている。車で10分かからない妹の家を経由して、高速道路を飛ばして父の施設へ向かった。
6時に着いた。
寒い。父の部屋のドアを開けて最初に思ったことだ。
薄暗く冷気に包まれていた。
わずかな期間だったけど週1、2ペースで通った、そして父と2人だけの濃い時間を持てたその部屋はいつも快適な温度だったのに。
ベッドの父を見おろす母と、その後ろで佇んでいる義妹がいた。
父の頬を撫でた。
冷たいがハリのある感触と、顔色も一昨日来たときと変わらない。
まだ時間が経ってないことを実感した。
微動だにしないのだから、死んでいるのには間違いないのだけど。
義妹が「業者の人を呼んであります」と言った。
業者?葬儀屋じゃないの?あとどれぐらいで来るの?でもあれこれ聞きたださず気にはならず、ただ頷いた。
寒さに耐えられなくなった僕は、母と義妹と妹を残して部屋を出た。
同じフロアのテレビのあるコミュニティースペースの椅子に腰かけ、静まった廊下や窓の外をぼんやりと見て過ごした。
誰に注意されるわけでもないのに、こんなときはスマホをいじるもんじゃないと思いただぼんやりと時間を過ごした。
父の部屋に2人の施設スタッフが入って5分ぐらいしてから、葬儀屋はまだかななんて思いながら部屋にもどることにした。
引き戸を開けると、うんこの臭いが鼻を突いた。
清拭というのだろうか、スタッフがもくもくと作業を行ってくれていた。
ベッドに近寄った。
刹那、僕は不思議な気持ちに襲われた。
全裸の父の姿が、ヨーロッパのどこかの美術館で見た宗教画とオーバーラップした。
薄暗いなかに輝いている。
キリストだ。
あっという間に現実に引き戻されると、父の全裸を初めて見たと思った。
葬儀までも、それからも僕は喪失感などに襲われることなく日常を過ごした。
先月、納骨の数日前に、父が夢枕に立った。
僕はいくつか父からの頼まれごとを聞いた。
間違いなく聞いたのに、朝目覚めると覚えていなかった。
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