いつか絵葉書で見た景色の中へ【オーストリア・ハルシュタット】
今朝は5時半に起きたから、電車に乗ってからすぐに私は寝てしまった。一度途中で電車を乗り換えて、2時間電車に乗ってもまだ9時を少し過ぎたばかり。ハルシュタットまではまだあと1時間半くらいかかる予定だった。
ウィーン中央駅で買ったプレッツェルを一口かじる。プレーン味の横に、まったく名前は読めないけれど、ネギみたいな青く、細かく刻まれた野菜が挟んであるプレッツェルサンドを見つけて、それをひとつと、ガス無しの水を買った。
期待していた以上にそれがとても美味しくて、かじった瞬間にもうひとつ買えばよかった、みたいな後悔に襲われる。帰りもあの駅に寄る。また買おうか、と思うくらいには目が覚めてきた。
水を一口飲む。窓の外には、田んぼのようにどこまでも広がる畑(何の野菜かは私には分からない)と、背丈の高い緑(やっぱり名前は分からない)に囲まれた道を、5人、6人が集団になって自転車で駆け抜けている、みたいな光景が広がっていた。こういうのを、きっと田園風景と呼ぶのだろう。家の壁は黄色や黄緑、水色や青、時折や白が混じって、縞々だったり、1階と2階で別々の色だったりして、濃い山々にとても映える街並みをしていた。
ウィーンには5泊する予定だった。それを過ぎたらチェコのプラハに3時間、バスで移動をしてまた同じくらい滞在しようと思っていた。
昨夜、4泊目を迎えるときになって、「あぁそういえばハルシュタットへは本当に行かなくていいんだっけか」と思った。
私が滞在しているアパートは、運よくと言うか奇しくもと言うか、予期せずウィーン中央駅まで歩いていける距離にあった。ウィーン中央駅は、この街においてハブ的要素を持つ大きなターミナル駅だ。ハルシュタットへ行くまでのお金と時間を出せば、隣国のハンガリーの首都・ブタペストへも、スロバキアのブラチスラヴァへも、もちろん頑張ればスイスにだって、そうもう私は何処へでも行けた。
けれど、国の数を稼ぐように移動しまくる旅も、そろそろ疲れてきたし、何より仕事に追われすぎていて私はちょっと辟易していた。「旅は意図的に休みの時間を作らないと、途中でバテるよ」と、ひとつ目の国・マレーシアで言われたけれど、本当にそうかもしれないな、と思う。
いつも、絵葉書や絶景写真集、みたいな本の中で見ていた景色。世界一美しいと言われることもある湖岸の街、ハルシュタットはウィーンと同じオーストリア国内の土地だった。ここから地続きで、あの景色がある。
ならば、行かなくていいの? 私? と思った。でも、仕事があるし、とちょっと疲れた言い訳をしてみる。近くにいるひととの雑談で、「行きたい場所があるのよね」と言ったら、「君はひとり旅なんでしょう? そして、まだウィーンにはあと数日いるんでしょう? 時間もある。目的もある。分からないな、行きたい場所があるなら行かない手はないだろう」と当たり前のように言い放たれた。それもそうだな、と私は思う。
もしかしたら、オーストリアにはまた一生の中で一度くらいは来るかもしれない、という気持ちが芽生えていた。ミャンマーやインドとは違って、冒険や旅ではなく旅行に近いリズムで過ごされるオーストリアの日々。ううん、そうか、忘れていた。そうだ、行きたい場所にはお金と時間をかけてたどり着かなきゃ。
ネットでチケットを調べて、経路と時刻表、値段を調べる。どうやら直前すぎて、ネットでチケットはとれないようだった。ぼんやりとコーヒーを飲んでいたカフェから、ウィーン中央駅までは電車で1駅の距離だった。ウィーン中央駅に寄って、チケットを買って帰ろう。
決めたとき、時刻はもう21時を過ぎていた。もし明日、7時前の電車にのるなら、あと10時間後にはハルシュタットへ向かう電車の中だ。
晴れてほしいな、と願っていた。翌朝のウィーンは快晴だった。このままハルシュタットも晴れて、と願ったところで、電車で4時間進めば同じ空とは限らない。
でも向かっていることに価値があった。行きたい場所には行かなきゃ。会いたいひとには会いに行かなきゃ。だって私は、いつか死ぬかもしれないんだもの。後悔するかもしれないことは、端から潰しにかかったほうがいい。(結果として、ハルシュタットはよく晴れて気持ちの良い日だった。ありがたいことに)
■思い描いているだけじゃ「いつか」なんて一生来ない|佐野知美|note(ノート)
10時47分、私はハルシュタットの駅に着く。どんな景色が待っているか分からないけれど、とりあえず強行の日帰り旅行を、今日は心から楽しもうと思った。まずはボートに乗って、湖を渡ってハルシュタットの街を目指す。最近どこかで美しい湖を見たな、と思い返したら、クロアチアのプリトヴィツェだった。どうやら、海やら湖やら、水のある景色が好きでどうしようもないらしい。
いつも遊びにきてくださって、ありがとうございます。サポート、とても励まされます。