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ふわり音楽が流れた瞬間、あのとき

ふわり、音楽が流れ出した瞬間に、あの頃あの街で、あの道で出会ったものだ、と記憶も視界もどこかへ飛んでゆく。

世界を歩いていても変わらないものはヒットチャートの順位だと、ある程度の先進国を旅していると、感じる。

H&Mのディスプレイはいつだって、どの国だって変わらなくて、日本で買ったユニクロの薄いUVカットのパーカーは、ゴールドコーストでなくしてしまったあと、ブリスベンで同じものが買えて、なんだ世界って、意外におなじでつながっている、すごい、と私はひとりで思っていた。

マレーシアで出会った「Love Yourself」はその後世界中で流れて、アジアやヨーロッパを経てオーストラリアにたどり着いた頃には、街角のギターの弾き語りがその音色を追っていた。

日本に帰ってきても、おなじ音や色はあふれていて。聞いた音楽、おなじ歌詞、なかには泣きたいくらいになつかしい曲だってある。

この曲はあなたが好きだと言ったものだ、と不要な記憶まで洗いざらい思い出させるから、その時に笑った顔すら鮮明だから、私はもう、あの曲は、聞かない。

どうして音楽はひらり私も記憶も、すぐにどこへでも連れて行ってしまえるんだろう? 本当にすごいと思う。文字より写真より、本当に。と私は人生のいつだって思っている。きっとこれは、羨望で失望で、切望だ。音楽のない暮らしなんて、考えたくない。

もしできるなら、歌声ひとつで世界をめぐるおんなのひとになりたかった。それが難しいとわかった今、けれどそれでも、そろそろギターでも練習し始めようかしらとか。


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