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雨とカラフル【タイ・チェンマイ】

屋根が雨に打たれる音を聞く。シトシト、でもなくザァァ、でもなく、バケツをひっくり返したような、という状態の擬音が思いつかなくて、やっぱり今日もザァァ、とバカみたいに繰り返す。

もうすぐアジアの各地は雨季に切り替わる季節になる。もう、雨季に入ったところもあるだろう。チェンマイも、つい数日前まで気がおかしくなりそうな暑さだったのに、この2〜3日は過ごしやすく、つい日焼け止めを甘く塗ってしまう時間が続いていた。

夜、雨が降ることが増えた。といっても朝は止むし、「え、ぼく雨なんか降らせました?」みたいな顔をして晴れ渡るものだから、むしろ涼しくしてくれてありがとう、なんてことを爽やかに思いたくなってしまう。

今日の昼間も、少し雨が振った。モン族、という民族の民芸品を売る、市場にいたとき。市場の中心から少し外れた道のはしっこに、3軒の小さな店が連なる場所があった。遠くからそれを見て、なんだろう、と思って近付いたときには、もう何軒かの店が軒先の商品を避難させ始めていた。そういえば今まで通り過ぎてきた店たちも、軒先を片付けていた。てっきり、そろそろ店が閉まる時間なのかと思った。まだ16時なのに、と思っていた。違うんだ。みんな、雨を知っていたんだ。

でもまだ降りそうにないよ、と思って、2〜3軒の店の中に入ったとき、後ろで「ダダダ」と打楽器の音がした。

雨だった。

そんなにいきなり降る? と思いつつ、2〜3軒のその店のひとたちが、片付け切れていない商品を慌ただしく店の中に入れるものだから、私も手伝うよ、と言って60リットルくらいの透明なビニール袋いっぱいに入った、なぞのカラフルなボンボンを両手で運ぶ。

モン族とは、中国南部、ベトナム、ラオス、タイなどの広範囲にわたって居住する、山岳少数民族のことを指すらしい。文字を持たない彼らは刺繍にその歴史や想いやことばを込め、支族ごとに異なる模様を持ったまま、現代を生きているようだ。

ここは、その刺繍が施されたかばんや、クッションカバーや、財布や、ポーチを売る場所だった。

ふとピアスが目に入る。いや違う。ピアスを探していたのだ。私が宿泊している、ここから車で15分くらい行った先の「ニマンヘミン」という通りのしゃれおつなセレクトショップで、同じものを見かけた。750バーツ、と書いてあって、ちょっとためらった。

大体3倍だから、です。2500円くらい。でも、屋台のごはんが1食120円で、私が今宿泊している宿が一泊2000円ということを考えると、ためらってしまう金額だった。前に見かけた時よりも、色違いが多かった。

ねぇ、これいくら? と聞いてみる。距離が近い。小さなコンビニくらい、だったらよかったけれど、小さなコンビニの店員さんが入る、会計スペースの方、くらいにはこの店はコンパクトなつくりをしていた。違う、さっき入れたビニール袋が店の中を占拠しているからか。どうでもいいことを思いながら、刺繍をしている手を止めない女の子を見ていた。

「80バーツ」

と答えが返ってくる。聞き間違いかと思う。「笑っちゃうくらい金額が違いうから、街中と」とは聞いていたけれど、まさかここまでとは。

「ふぅん」と普通に返事をして、別に驚いていない風をなぜか装い、「絶対色違いで何個か買う」と決めた私は、何色を買おうかと思案する。

気が付いたら、雨は止んでいた。正味、5分とか、10分だったのだと思う。

東京にいたら舌打ちをして、重い荷物を持ちながらピンヒールを濡らして歩く私が、ピアスを選びながら雨が通りすぎるのをただ待つのは、別に悪いことじゃないな、と思った。

雨が上がったから、マーケット歩きを続ける。

チェンマイには、マーケットが多い。連日開かれるナイト・バザール。地元のひとも訪れるワロロット市場。日曜日の夜、深夜まで行われるサンデー・マーケット。大学の広場で、夕方以降のショッピングモールの通りで、小さな道で。至るところに屋台があった。

もうだいたい、全部歩いたな、っていうかそもそもモン族市場は2回目だし、と思ってソンテウを捕まえる。「MAYA ショッピングモール」まで。と伝える。「メイヤー?」と聞かれる。「マヤ」だと思い込んでいた場所は、「メイヤー」だったと滞在7日目にして初めて知る。ほうほう。


***


「このあと何か予定はある?」「このあと時間はある?」とたまに聞かれる。一瞬くせで、「えっと……nai」と答えてしまいそうになるけれど、ふとよく考えてみると、私には時間がありあまっているはずだと思い当たる。

もちろん細かい予定はあるけれど、基本的には暇なはずなのだ。決まった予定といえば6月10日にインドからイギリスに飛ぶ、ということと、7月27日にフィンランドから一旦日本に帰る、という便の予定しか、思い当たらない。しかもそれも、まだ変更がきく。

気が付いたら、屋根が雨に打たれる音が小さくなっていた。きっともう少ししたら、また止むのだ、雨は。

今日は、たくさん買い物をしたの。少しの雨とカラフルに囲まれた、タイの夜。


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