読書メモ 「増補改訂版 欧文組版 タイポグラフィの基礎とマナー」

「増補改訂版 欧文組版 タイポグラフィの基礎とマナー」
 嘉瑞工房 高岡 昌生
 烏有書林 2019年



嘉瑞(かずい)工房は、東京新宿において本格的な欧文組版を長年手がけてきた由緒ある活版印刷所だ。タイポグラフィが好きな人ならば、一度は聞いたことのある名前ではないだろうか。
タイポグラフィに関するセミナーも開講されており、私自身も数年前にセミナーを受講したことがある。その際に購入したのが本書だ。


広告やパッケージ等の短文ならいざ知らず、書籍やパンフレット、報告書等の長文の欧文を、ネイティヴのチェック無しに自信を持って組むことのできるデザイナーは、一体どれほどいるだろうか。正直一般的な日本人のデザイナーには、なかなか難しいのではないだろうか。私自身も前職で欧文を使ったデザインに関わっていたが、校正はネイティブに頼りきりで、中途半端な知識のままに仕事をしていたと今にして思う。当時このような本を読めていたら。欧文組版に関する本は昨今着実に増えており、若い人はその気になれば勉強するチャンスに事欠かないはずだ。


まず言いたいのは、本書は InDesign や Illustrator での設定値を手軽に教えてくれるマニュアルでは決してないということ。カタチになる以前の「考え方」を学べる本である。
そもそも文字とは「見る」だけではなく「読むもの」であり、読んだ先に「意味」が発生するものであるという、当たり前だが実はデザイナーが忘れがちな重要点を丁寧に解いてくれている。
書体選択一つとっても、何となくとなくイメージに合っているからとか、流行りの書体だからとデザイナーは目先で選びがちだ。しかし、その書体が持つバックグラウンドを知り、さらに誰にどういう状況で使ってもらうデザインなのかを理解すれば、選択肢は絞られてくるだろう。結果他の仕事への応用も効くし、何よりクライアントへの説得力が違ってくるはずだ。


中には本書を多少堅苦しく感じてしまう人もいるかもしれない。また日々の忙しい業務ゆえに、理想通りではない状況がいくらでも発生するだろう。しかし「伝統を知った上で崩すのと、知らずに勝手なことをするのとでは、大きな違いがある」と著者は言う。「言葉」に関わるデザイナーならば、まずは押さえておきたい内容の本であり、むやみに似たようなマニュアルを何冊も買うならば、本書を一冊持っていたほうが余程有益かと思う。デスクの横に置いて仕事を進めれば、安心感が違うような気がする。豊富な実例をあげての解説が何より嬉しい。また、欧文組版よりも実際には機会が多いであろう和欧混植組版について触れられている点も親切だ。


「タイポグラフィとは思いやりである」との言葉に著者の人柄があらわれているように思う。著者はあえて「ルール」とは言わず「マナー」と言っている。マナーとは「思いやり」だったのだ、とふと思った。

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