35歳からのウソ日記113『ゆずのからっぽの素』
2020年9月18日
帰ってきたら家の中がからっぽになっていた。
今まであったモノがそこにない。
泥棒が入って実際に物がなくなっていたわけではなく、家具などはそのまま定位置にいた。
しかし全ての色味がなくなっている。
そこにあったはずの温かみが色を失い、まだ夏が最後の力を振り絞っている季節なのに冬のピークを思わせた。
彼女が出ていってしまった。
もう戻ってこないと分かる。
部屋がそれを教えてくれている。
からっぽになっているのだから。
今朝仕事に行く前の彼女は、何気ないような顔していつものように笑っていた。
1ついつもと違うなと思ったのが、彼女の目が今日の空のように青く澄んでいたのである。
何かを決意したためにあんなにも澄んでいたのだろう。
からっぽになっている部屋を背にして私は外へ歩き出した。
彼女を探しに行くとかではなく、ただ歩き出さなくてはいけないと思ったからだ。
歩いている間に、いろんな後悔が私の目の前に来ては立ち止まり、私を歯痒くさせる。
あの時ああ言っていれば、こうしていればの大行列だった。
大行列と向き合うには気持ちがからっぽだったので紛らわすために、埋めるために酒を飲み、飯を喰らった。
初めて文字通り浴びるように酒を飲んだ気がする。
当然の結果のように胃の中にあるまだ消化途中の食べ物が逆流して元の世界に戻ってきた。
本来の流れに逆らったために食べ物だった彼らは汚物として扱われることになる。
犯罪者と似ているなと思った。
法律に逆らったために前科という悪のレッテル付きで扱われることになる。
罪な人というのは法律に逆らった人たちだけではない。
私も法律を破ってはいないが、彼女が出ていくことを決心してしまうような罪なことをしたのであろう。
胃の中もからっぽになった。
家はからっぽ、頭の中もからっぽ、胃の中もからっぽ。
何かで埋めなくては正常ではいられなくなる。
法律に逆らい犯罪者になってしまう。
それは避けたい。
私が選んだ正常な埋め方は、自分のありったけのお金でゆずの曲である「からっぽ」のCDを買いまくり、とりあえず部屋を埋めることだった。
正常ではない状態での正常とはこんなものなのである。
えらいもので明日には大量のからっぽのCDが届くみたいだ。
早く私の心と部屋を埋めてほしい。
いつもあるを失うとこんなにも人は今までとは違ってしまうのだな。
いつもを取り戻すために帰りたくはなかったが、いつもの部屋に戻ることにした。
色を失った部屋を見るのはものすごく怖かった。
それでも何が答えかは分からない。
その恐怖を抱えたままドアを開けた。
真っ暗な部屋がそこにある。
電気をつけようと思ったが、なかなか見つからない。
いつもと同じ場所にあるはずなのに。
壁をドンドン叩くようにしていつかスイッチにたどり着けるだろうと思いながら探す。
見つからない。
灯りをつけて、少しの色も部屋につけさせてくれないのかと信じてもいない神様に苛立つ。
ドンドンッ!
気がついたら力強く壁を叩いている。
「うるさいわね!何してるの!?」
部屋の中から声が聞こえてきた。
一瞬で私の風景が無数の色で彩られていく。
彼女がそこにいた。
私の目は節穴だったのだ。
彼女はただ出かけていただけ。
飲んだくれて帰ってきたあげくに、壁を叩きまくっていたので結構な勢いで怒られた。
それは全然苦ではない。
いつもあるが返ってきたのだから。
もう1つ大きな理由がある。
明日もっと怒られると分かっていたからだ。
なぜなら明日には大量のからっぽのCDが家に届き、私の貯金がからっぽになっていることが判明してしまうからである。
明日のウソ日記が更新されなかった場合、私はどこかに埋められているのかもしれない。
完
それでは また あした で終わる今日 ということで。
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